実現手段としてのITと会社 1社目の失敗、2社目の挑戦
ITオーエン合同会社 代表社員 齊藤 睦氏
Q1:これまでの「挑戦」で印象に残っているものを教えてください。
最も印象深い出来事は、初めて起業した会社を畳んだことです。2012年4月に会社を立ち上げましたが、約2年後の2014年3月に会社を閉じることになりました。共に働いていた従業員に対して申し訳ない思いと、支えきれなかった悔しさが今でも心に残っています。
1社目の立ち上げのきっかけは、2010年に私が個人事業主として働き出した頃の客先で、立場のある人から信頼を得て、2012年に「システム発注のために会社を作ってくれ」と誘いを受けたことがきっかけでした。声をかけてくれた彼が、その会社でシステム関係や取引先とのやり取りを一手に担っていました。
後に、彼が会社を去り、そのことを契機に客先内でシステム関連の規律が乱れ始めました。受発注や意思疎通が難しくなり、その結果、資金繰りの問題で会社の継続が難しくなり、結果として会社を清算しました。振り返ると、当時の私は彼の庇護下にいたのです。
その後、個人事業主として再出発し、未払いの給与を少しずつ支払いながら、生活を立て直しに奮闘しました。仕事や取引先も増えてきて改めて「会社」として仕事をしようと思えた2015年9月、現在の会社を立ち上げます。このことが過去の自分を超える決意であり、挑戦とも呼べるものでしょう。
Q2:「挑戦」の先に見えたもの、その先に見たいものはどのようなものですか?
挑戦を通じて得たものは、自らの事業に対する姿勢や決意だと感じます。1社目の立ち上げとは異なり、事業を自分の力で切り開き、推し進める覚悟です。振られた仕事をこなすことを主体にするのではなく、主体的に事業を進めていく強い意志を持つにいたりました。顧客を自ら開拓し、顧客と自社でビジネスを育てていける会社でありたいです。
25歳で出会ったビジネスにおける師匠の教えを今も守り続ける
Q3:今だから話せる・笑える「起業家としての失敗」(大変だったこと)はありますか?
仕事を受注し、開発に取り掛かってから完成までの間に発注者と連絡が取れなくなってしまった事案がありました。システム開発には数カ月程度以上かかることがよくあります。そのため、弊社では開発開始時に開発が完了できるまで会社が維持できるよう、着手金を頂くようにしています。その事案では、着手金を頂いていたため、大きな痛手を被らずに済みました。元々の目的とは違う結果にはなりましたが、安心して仕事をするための環境整備の大切さを改めて痛感しました。
Q4:経営者として出会った「人」と印象に残っている人はいますか?
私が25歳の時、従事した会社の社長(T氏)です。ビジネスの基本や経営哲学は、T氏に叩き込んでもらいました。私にとってT氏は、ビジネスにおける師匠です。
具体的には、市場を作る方法や効率的なコミュニケーション、他人を巻き込むメリットの視点等を教わりました。それが金銭的価値だけでなく、広い意味での投資になるといった視点。さらに、購入者の心理や経営哲学に関する幅広い知見も得ました。
T氏が当時の私に精一杯伝えてくれた社会の仕組みは、その会社に在職中は結実まで至りませんでしたが、その後に内容を理解し、学びを昇華させたことが、現在の仕事の基礎を形作っています。経営者になる決心を固める過程から現在に至るまで、T氏の教えを根付かせて経営しています。
専門業者に発注する前に、ITに関する顧問の立場で困り事に対応
Q5:起業家・経営者として譲れないこだわりは何ですか?
私は、相手に本当に必要なことを相手の中から引き出し、それを提供することにこだわりを持って取り組んでいます。この姿勢が私の譲れない部分です。そのため、最初に来た相談内容から実際の発注の内容が変わることがとても多いです。
その価値に理解が得られない場合、他の選択肢(他社)を考慮していただく姿勢で対応します。当社が受ける仕事においては、お互いが理解し合い、共通の目標を達成する意識を共に持つことが大切だと思っています。
金額はもちろん大切ですが、金額面のみを重視して仕事を決定する相手先とは、価値観の相違が起こり、継続した関係を築くことは困難なことが多かったです。金額を投資と捉えて成長の手段としてシステムを作るという、弊社の価値観を共有できる取引相手を探すことは、私の最も重要な役割だと考えています。
Q6:これからどんな挑戦をしたいですか?(現在の課題やかなえたい目標など)
将来を長期的に見据えた場合の挑戦は、IT(情報通信技術)に関する顧問として新しい市場を開拓することです。具体的には、ITに関する困り事で専門業者に頼る前に、相談を受ける事業です。独立した際に「IT相談(後にIT顧問)」と名付けました。
例えば、法律の相談には弁護士が、税務には税理士がいます。IT関連で困った際にも専門家が必要だと感じたのです。発注者側の立場に立って、アドバイスを行う人があまりにも少ないのが実態です。受発注の関係において健全ではない状況だと認識していて、この領域で支援したい、できればそういった市場自体を作りたいと考えています。
さまざまな方向性を模索していく中で、近年私はAI(人工知能)の分野と併せることで新たな可能性を感じています。AIの分野は幅広く膨大な知識量を持っていることが必要不可欠です。私は、情報中毒と自分で思えるほど、情報への興味・関心を強く持っており、ITの手前で必要になる相談についてもある程度幅広く対応できます。
しかし、これはかなり属人的な行動が基になっており、市場をつくるという観点では多くの人に求められる能力ではないと思いま始めました。しかし、幅広い知識に対応するため、幅広い知識・知見を持ったエージェントのような存在をつくることで、誰もが気軽に「最初に」相談できる環境を整えられると考えました。さらに、そこでは解決が困難な事案に関しては、人が対応する形態です。
多くの小規模企業では、意思決定のための情報収集の手段が限られています。経営者や事業運営者は、直接、業者に依頼していています。その課題に対して、受発注の際、間に入って失敗する確率を下げる・成功する確率を上げるという価値を提示できるサービスを形にしていきたいです。
現在、私の直面している課題であり挑戦は、組織とビジネスモデルの変革です。組織については、業務の進め方や市場の変化により、自社に必要となるスキルを持つメンバーが不足しています。新たにチームを構築したり、必要な人材を集めたりして、案件を進めていく必要があります。このことは急務となっています。
ビジネスモデルについては、お客さまごとに需要が異なり、それに対応できるようにしたいと考えています。AIにどれだけの知識を詰め込めば良いか、どのような応答が望ましいかは、現時点ではまだ定まっていません。
具体的なビジネスモデルとしては、目的に応じたAIを開発するか、サブAIを作り、そのサブAIが別のAIを呼び出すようなシステムなど、実現パターンは複数あります。最近は、複数のAIを連動させて成果を出す方法が注目されています。
AIの知識の詰め込みや、お客さまごとのニーズに応じたサポートを実現するためのビジネスモデルの変革に挑戦しています。課題に直面しながらも、形にし、成果へつなげたいです。
事業を継続することで相手に役に立つ価値を提供
Q7:企業理念を教えてください(事業を推進するうえで一番大切にしていることなど)。
起業から現在まで一貫して大事にしていることは、 お客さまの事業の成長の役に立つことです。お客さまの需要を満たすことが、私たちの仕事であって、そのための手段として、ITを活用した仕事をしています。そのことを最優先し、決して忘れないように意識しています。そのためには、お客さまの状況や課題をしっかりと理解した上で、最適な提案をすることが大切です。
仕事を受注する際、お客さまが真に望んでいることと、当社に依頼する内容にずれが生じることが多くあります。発注者側も初めてのことを進めるため、当然のことです。そこで、初期のすり合わせや意思疎通には特に重きをおいています。お互いが納得して、初めて仕事が成立すると考えているためです。
現時点では私が会社の代表として、自社が担う仕事の判断をするべきだと考えています。そのため、当社にはまだ営業職を設けていません。互いが納得し合える仕事かどうか、そのプロセスを経てこそ、お客さまに対して真に役立つ仕事となるのだ、と捉えています。そこを追求する姿勢が私の企業理念です。
Q8:あなたにとってのビジネス(事業)とは何ですか?
企業理念と重複しますが、相手の役に立つことですね。同時に、役に立つことの見返りとして私たち自身の生活をきちんと支えられることが大事です。
私は現在、協力しているNPO(非営利団体)があります。ですが、そのNPOが、さまざまな事情で寄付が減少し、事業が立ち行かなくなり閉鎖することになりました。NPOでも企業でも同様に事業を続けるためには運営資金が必要となります。助成金や補助金、寄付を含む外部からの資金に依存するだけでは、健全な運営ではないと感じます。もし頼るにしても、そこに継続して資金を投入してもえる価値を提供し、理解を得続けることが必要です。利用者が求めていた価値を提供し続けるためには、事業(活動)を継続させることこそが、最も重要だと思います。
提供者(事業者)と購買者、お互いが価値を感じ合える関係が理想的です。最終的な価値は提供者側がバランスをとって、お互いが自然な流れで選び合える環境で事業をすることが大事だと思っています。
ソフトウェア開発は「モノづくり」 色々なアイデアを形にし、実現できるのがソフトウェアの魅力
Q9:これから進路や将来を考える子どもたちに、あなたの仕事の魅力を教えてください。
私は子どもたちに、ITを使えるようになって欲しいと思っています。IT自体を仕事にしてもよいし、ITを使って別のことをするのもよいです。重要なのは、ITをスキルとして身に付け、活用できるようになることです。
私の中では
ソフトウェア開発は、「モノづくり」と捉えています。色々なアイデアを形にし、実現できるのがソフトウェアの魅力です。ソフトウェア自体は目に見えませんが、何らかのハードウェアを通じて動くので、実際に目に見える形で成果を感じられます。
ITを使うことで、自分のやりたいことを実現できます。お客さまが必要とするものを作ることや、自社のサービス、またはアート的な要素や新しいアイデアを形にすることも可能です。今、目の前にないものを形にできるという点は、何よりITやソフトウェア開発の面白いところだと思っています。
もう一つ別の視点から私の仕事について触れます。私が今やっている仕事は、私が子どもの頃には存在しなかった仕事、あるいは成立しなかった仕事です。なので、子どもたちが大人になる頃には、今まだ存在しない新しい仕事が生まれ、あるいは自身の手でそれを作り出すことができると考えています。その際に手助けをしてくれるのがITです。
2000年頃にはIT事業というのは虚業だとも言われていました。しかし、20年以上経った今、そのようなことを言う人はいません。当時からITを理解して触れている人たちは、それが「モノづくり」だと分かっていたのです。子どもたちには、その手段を自ら備えて将来に役立ててほしいと思います。
今年(2024年)11月に、仕事関係者からの紹介とご縁で、埼玉県の高校で進路ガイダンスを行うという依頼を受けました。その機会に、今話した内容を生徒たちに向けて伝えたいと思っています。
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