第25回 ニュースルームとオウンドメディア(11)

こんにちは、荒木洋二です。
大企業が展開する広報は、ニュースルーム、オウンドメディア、SNSが主流の手段として定着しつつある、と筆者は見ています。これらをいかに組み合わせて情報を発信するのか、日夜試行錯誤しているようです。「情報」を扱っているという点で、前述の三つは共通しています。
「ニュースルームとオウンドメディア」と題した連載を本年7月8日から毎週お届けしてきました。前回(10)から当連載のまとめに入っています。次回が最終回です。
前回は、従来のコミュニケーションの限界として、時間と空間の壁を超えられないことを示しました。その壁があるため、半ば必然的に社員、顧客、取引先など、ステークホルダーごとに分けられたコミュニケーションにとどまります。すると、ステークホルダーも含む会社の全体像が誰も分からない状態に陥ってしまうのです。会社という「人格」を持った存在がなかなか見えてこないのです。
今回は、架空の企業を事例にして解説します。
◆ステークホルダーを横断するコミュニケーション環境
時間と空間の壁は、コミュニケーションを阻み、遮ってきました。リアルのコミュニケーション、紙媒体によるコミュニケーションは、その壁を壊すことも超えることもできませんでした。
ステークホルダーと向き合うためには種類ごとに分けることが大切です。分類することで対象を明確にできます。そうすることでコミュニケーションは促進されます。その反面、閉ざされたコミュニケーションに終始してしまいます。すると全体が見えてきません。ステークホルダーの種類で区切られ、お互いのことがよく分かりません。
ステークホルダーを横断するコミュニケーション環境を整備することは極めて困難だったのです。たとえ大企業であったとしても、要する時間や費用を踏まえると難しいと言わざるを得ません。
そんな企業にとって、広報DX(デジタル・トランスフォーメーション)はまさに福音(Good News)です。デジタル化により、これらの壁があっという間に崩れたのです。そのDXの本拠地、総本山といえるのがニュースルームです。
ニュースルームは、ステークホルダーを横断するコミュニケーション環境そのものです。経営者と社員以外のステークホルダーにとって、普段から交流している、知っている社員は少ない人数に限られています。ある一側面からしか会社のことが分かりませんでした。
◆スタートアップ家電メーカーA社(架空)を事例として解説
しかし、ニュースルームを訪れると、そこには他部署(担当)の社員たちのリアルな姿や声が、文字や写真で掲載されています。動画であれば、現場の熱量も感じられるでしょう。今まで知り得なかった新たな側面を次から次へと知ることができます。
社員の姿や声にとどまらない多様な記事(コンテンツ)が数多く掲載されています。創業者の情熱、顧客の体験エピソード、取引先・パートナーたちとの協働の現場、株主の期待、地域社会との交流などがあふれています。文字だけでなく、写真、動画でも表現しています。
架空のスタートアップ家電メーカーA社を例に挙げて、どんな変化が起こるかを予想してみましょう。
まず、顧客に焦点を当てます。大多数の顧客がその家電を購入した理由がデザイン性、利便性、価格の総合評価だったとします。A社顧客の購入場所が店舗であれば、接点を持てるのはその店舗の店員です。A社の取引先企業のスタッフです。A社はメーカーなので、社員たちは店頭には立ちません。顧客はメーカー社員とは直接コミュニケーションできません。
ネットであれば、メーカーから直接購入できます。しかし、ネットですから顔が見える個人とは接点が持てません。A社の社員とはせいぜい問い合わせメールでのやり取りに限られます。顧客対応窓口を設置していれば、その部署の社員とは電話やメールで交流することは可能です。
◆ポジティブなエネルギーを身にまとった感情が蓄え続けられる
A社は、ニュースルームに次のような記事(コンテンツ)を掲載しているとしましょう。
・創業(経営)者
家電業界に対する変革への熱い思い/創業前後の挑戦・失敗などの物語
創業メンバーによる座談会
・開発技術者のその現場
ものづくりに対する情熱とこだわり/チーム内の白熱した議論
開発に至るまでの挑戦、失敗談などの秘話/技術解説コラム
工場現場の息遣いが伝わる写真。動画
・顧客
年代やライフスタイル(生活様式)別の顧客体験(エピソード)
ロイヤルカスタマー(優良顧客)へのインタビュー
・社員
新入社員の成長エピソード(動機・理由・体験など)/研修リポート
・取引先・パートナー(部品メーカー、販売店)
A社用オリジナル部品開発までの過程/部品メーカーの矜持とこだわり
開発担当社員との対談
・株主・投資家
投資事業に懸ける代表者の思い/投資に対する理念/同社に投資した理由
同社への期待
・(地域)社会
毎朝の工場周辺の清掃活動/地域住民向けの交流イベント・リポート
自治体・町内会主催イベントへの参加など
顧客は、ニュースルームを訪れることでどんな感情が芽生えるでしょうか。前傾のコンテンツをあらためて読み直して見てください。
ステークホルダーそれぞれが、それぞれの立場においてA社との関わりにより生まれたエピソード(体験談)があふれています。一つとして同じものはありません。現場の熱、温度感を伝えるリポートも負けじと並んでいます。
そこにはステークホルダー個々の感情がいきいきと描かれています。内に秘めていた心、気持ちを言葉にして表しています。
A社のニュースルームでは、ポジティブなエネルギーを身にまとった感情が蓄え続けられているのです。
