第34回 「蓄える」場と「流す」場(8)

こんにちは、荒木洋二です。

インターネットの普及、それに伴う多様なコミュニケーション手段の出現により、広報領域におけるDX(デジタル・トランスフォーメーション)は進展を続けています。大企業においてはニュースルーム、オウンドメディア、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)という三つのデジタルメディアをどう組み合わせるか、各社が苦心しています。

企業が自社の魅力(情報)を「蓄える」場をニュースルームといいます。その最適な組み合わせとしての「流す」場の代表がSNSなのです。今回は、「『蓄える』場と『流す』場」と題した連載の第8回です。
「蓄える」場と「流す」場は、いずれも情報発信の「手段」であることはすでに述べたとおりです。特に前回までの回で、手段としての「流す」場とは何かを整理してきたわけです。

今回から、いよいよ当連載の最終章(残り5回:第34〜38回)に入ります。情報発信の4要素とは目的・対象・手段・内容です。最後を飾るのは「内容」です。つまり「情報」そのものを扱います。「情報とは?」「情報戦略とは?」という問いをさらに深掘りして、その本質を筆者独自の視点で解き明かします。
当カテゴリー「ニュースルーム・アカデミー」(全38回)の締めくくりでもあります。

◆現場で飛び交う「ネタ探し」の落とし穴

広報の現場において、よく使われる言葉があります。それは「ネタ探し」です。自社メディア(ニュースルーム、オウンドメディア、SNS)のコンテンツ、プレスリリースのテーマを決める際に飛び交っています。どんな「情報」を発信すべきかを探る際の常套句です。
「どんなネタ(=話題・素材)が世間に注目されるのか、受けるのか」という発想は、一見すると他者視点なので正しく見えます。疑問が生じにくいものです。しかし、この発想は「世の中で話題になる」ことが思考の中心を占めてしまいます。やがて、ネタ探しが目的化してしまい、最も重要な視点が抜け落ちてしまいます。

自社メディアのネタ探しは、時流や刹那的な事象に「乗っかる」方向へと流れていきます。当然、その結果も一過性のものですから、真の成果につながりません。SNSが炎上する主因の一つもネタ探しにある、と筆者は捉えています。
プレスリリースのテーマ設定や、報道関係者へのアプローチでも同様です。メディアに何が受けるのか、というネタ探しが常態化しています。しかし、報道関係者が見ているのは「世間」という名の視聴者であり、読者です。メディア側は、明確な視聴者像、読者像を持っています。

何を目的に誰に伝えるための「ネタ探し」なのかを問うてみてください。いつの間にか、目的と対象を見失っているのです。

◆「情報」を深掘りする

情報は4つの経営資源の一つとして知られています。当連載でも何度となく述べているとおり、情報を発信する目的はステークホルダーに「選ばれ続ける」ことです。どんな環境変化や事象に直面したとしても「つながり続ける」状態を築くことです。
そんな強い信頼関係を築くための「素材」が情報(内容)なのです。情報は信頼の礎を担う「資源」だ、ということです。つまり経営者や広報担当者には「何を書くのか」ではなく、「何を資源とみなすのか」という視点が欠かせないのです。

情報は人々の意識・判断・行動に影響を与え、変化を促します。では企業は誰に影響を与え、どんな変化を望むのかといえば、次の2点に集約できます。

・これから関係を築きたい人(未来のステークホルダー)から選ばれる
・既に関係を築いている人(ステークホルダー)から選ばれ続ける

関係を築き、それを継続させられる素材が真の意味での「情報」だということです。そんな「情報」は次の3つが備わる重層構造で成り立っています。

・事実:あらゆる現場で起きた出来事の「ありのまま」
・感情:その現場を体験した人たちの「心の内」にある思い
・文脈:体験そのものと、その前後における事実と感情の「流れ(変遷)」

情報とは、事実と感情の記録なのです。そんな情報が素材となり、ステークホルダーとの関係を育てることができるのです。心理的距離を縮め、深められるのです。

◆情報とは「関係資本」の素材

筆者が実践と研究を続ける中で到達した思想があります。2冊目の著書でも明記したことです。

・企業価値とは、ステークホルダーの信頼と共感の総和(総量)

ステークホルダーとの関係の度合い(深度)が企業価値に影響する、ということです。つまり関係が価値を生み出すのです。これを「関係資本」といいます。ネタ探しとは「関係資本の視点が抜け落ちている状態」です。要は価値を生み出せないのです。
ここまで情報を深掘りしたことで明らかになったことがあります。関係資本の最小単位は、事実と感情の記録ということです。その記録が「情報」であり、企業価値の源泉なのです。その情報を「蓄える」場がニュースルームです。

次回は「誰の物語を資源とみなすのか」をテーマに解説します。

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