MLB:第1回 MLBはなぜ世界最大の関係資本産業なのか

こんにちは、荒木洋二です。

2026年1月1日、当社ニュースルームで「企業人格×SRCF宣言」を公開。続いて先週からは「SRCF(ステークホルダー関係資本フレームワーク)理論」の連載を始めました。
「SRCF理論」は、流行の理論ではありません。即効性の処方箋でもありません。
しかし、企業と社会を長期で読み解く「レンズ」を提供します。

同時に三つの事例分析の連載を始めます。企業がどのように選ばれ、信頼され、関係を更新し続けていくのか。その過程を、理論と現実の往復の中で考えていく試みです。
抽象と具体を往復しながら理論を磨いていきます。

事例の一つ目は、MLB(メジャーリーグベースボール)です。MLBとは、米国(29球団)とカナダ(1球団)に本拠地を置く30球団で構成されるプロ野球リーグです。

1、 なぜ「MLB」なのか

MLBといえば、大谷翔平さん(ロサンジェルス・ドジャース)。今や日本国内でその名前を知らない人はいません。彼の活躍は、多くの人々の記憶に刻まれているでしょう。


SRCFによる分析対象として、なぜMLBを取り上げるのか。


理由があります。

MLBは、2026年4月で発足から150年を迎えます。長い歴史の中で視聴率が上下しても、スター選手が移籍しても、地域人口が減ったとしても、崩壊せずに今も続いています。
米国は言わずと知れた世界一のビジネス大国です。MLBは、リーグ全体収入が年間約120億ドル(約1.8兆円)に及ぶ「巨大ビジネス」です。2025年シーズンは前年を超えて過去最高になるとみられています。

なぜ巨大な産業構造でありながら、短期成果主義に走らずに永続的な成長を遂げているのか。
筆者は、MLBは「競技(スポーツ)産業」ではなく「関係資本産業」であることがその理由だと分析しています。

2、関係資本産業とは何か

筆者が提唱する「五資本」は、世界を読み替える新しいレンズです。
五資本とは、企業価値を生み続ける無形資本です。「物語」「感情」「関係」「資本」「歴史」で構成されています。次のとおりです。

①物語資本(Narrative Capital)
意味づけ・理念・価値観・存在理由

②感情資本(Emotional Capital)
共感・誇り・信頼・愛着・熱量

③関係資本(Relational Capital)
継続的なつながり・ネットワーク・コミュニティ

④制度資本(Institutional Capital
文化・仕組み・ルール・場(ニュースルームなど)

⑤歴史資本(Historical Capital)

意味づけられた時間の蓄積

これらは並列ではなく、時間軸の中で相互に作用しながら価値を生み続けます。関係資本とは、ステークホルダーとの継続的なつながり、ネットワークのことです。

ここで関係資本産業を定義します。
関係資本産業とは、利害関係を超えて、感情・意味・時間を媒介に関係が自己増殖する産業です。

典型的な産業は、商品価値や顧客体験を中心としています。
それに対して、関係資本産業は、関係が継続することに価値をおいています。
関係価値継続が中心なのです。ここが決定的な違いです。


MLBはこの条件を全て満たしています。

3、MLBの正体は「スポーツ」ではなく「制度の束」

MLBの150年の歴史を概観します。
地域の興行業に始まり、1920年代には全国的な大衆娯楽産業へと発展します。
1960年代からテレビ主導の巨大メディア産業へと成長し、現在はデジタルを含む複合コンテンツ産業です。
このような段階的なスケールアップを遂げたことが一般的に知られています。

MLBという巨大産業を構成する要素は何か。次の六つが挙げられます。

①ルール

統一された競技規則、ロースター規定、ドラフト、FA(フリーエージェント)などの選手制度が充実。
ゲーム性だけでなく、戦力均衡や契約交渉の枠組みを通じて、リーグ全体の競争性とビジネスの予見可能性を支える制度。

②球団

30球団は、それぞれが地域市場・スタジアム・ブランドを持つ事業主体。
各球団は、メディア権収入、チケット、スポンサー、MD(マーチャンダイズ)売上高などの収益力と、スタジアム開発や都市との関係性を通じて価値向上。

③選手

労使協定、FA、年俸仲裁などの制度により、選手の市場価値を可視化。
それ自体がMLBビジネスのダイナミクスの一部を構成。
スター選手は、リーグ価値を押し上げるコンテンツの役割。

④ファン

ファンは、来場・視聴・グッズ購入・デジタルサービス利用を通じて収益を生み出す需要側の中心。
地元コミュニティからグローバルなライト層まで多層のファンベースが存在。
その厚みがリーグの安定収入と長期的ブランド価値を構築。


⑤メディア

全国・地域放映権やストリーミング配信は、収入の中核。
ESPN・FOX・ストリーミング企業などとの契約がリーグ全体のビジネス規模を決める最大要因。


⑥歴史

150年以上の歴史とレジェンドたちの物語が、MLBを「アメリカの国民的娯楽」として独自の文化的資本を確立。
歴史的記録・球場・ライバル関係・ストーリーは、ノスタルジーや物語消費を通じてファンとの感情的な結びつきを強化。世代を超える支持とビジネスの持続性を実現。


筆者は、MLBの本質は単なる「スポーツ(競技)産業」ではないとみています。それは「制度の集合体(束)」といえます。感情を安全に蓄積し、継承できる巨大制度なのです。
それは偶然ではなく、長い時間をかけて設計されてきました。

4、なぜ「最大」なのか 量ではなく「深さ」

SRCFを構成する五資本で、MLBを読み解くと次のとおりです。

①感情資本:応援・悔しさ・誇り・記憶


②関係資本:ファン同士・親子・地域

③物語資本:球団史・名勝負・失敗と再生

④制度資本:ルール・リーグ運営・スポーツマンシップ

⑤歴史資本:「過去が現在を支える」構造

ここまで見てきて、明らかなことがあります。
MLBは五資本が同時に循環する稀有な産業だということです。

MLBは、世界最大の関係資本産業です。何が「世界最大」のか。
それは規模や売上高ではありません。

最大の正体は、世代を超え、地域を超え、人生の節目を超えていることです。
MLBは、関わる人たちそれぞれの人生に組み込まれる関係資本産業なのです。
企業価値の中心は「感情」と「関係」です。MLBにはこれらが長い年月をかけて、蓄積されています。関わる個々人が抱く感情は深く長く続いています。
その関係の深さは世代も超えて紡がれています。

多くの産業では、「赤字=失敗=撤退」となるのが当たり前です。
しかし、MLBでは、赤字球団が存在してもビジネスが壊れないのはなぜなのか。
赤字=即崩壊ではありません。
短期利益を上げられなくても、なぜ淘汰されないのか。
短期利益=即成長ではありません。
なぜ、投資を「回収」するのではなく「継承」につながるのか。
この問いは、スポーツの話ではなく、経営そのものの問いです。

MLBには制度として設計された「耐久性」があるのです。
世界の数多の企業が最も欲しいが、最も作れない資本を有しているのがMLBなのです。

5、企業経営との決定的な違い

一般的に企業を取り巻く関係者(ステークホルダー)は、社員、顧客、パートナー(取引先)、株主、地域社会です。企業はそれぞれのステークホルダーたちと価値を交換しています。
国内外の多くの企業は、確かに多様なステークホルダーとの取引はあります。
リアルとデジタルの両空間におけるマーケティング施策、日々のコミュニケーション活動の中で、それぞれのステークホルダーと接点もあります。しかし、多くの企業は、ステークホルダーとの関係がなかなか続きません。良好な関係、信頼関係を築くことは簡単ではありません。
それを継続することはもっと困難です。
日本国内でも環境変化や企業の経営姿勢にともない、早期退職、顧客離反、取引停止、地域との軋轢などが業界を問わず、頻発しています。そんば報道やSNSなどでの発信が日々飛び交っています。

MLBは、自分が応援する球団が勝っても負けても観戦に行きます。応援を止めることはありません。勝負そのものが球団や選手とともに、語り継がれています。150年経っても、なお成長を続けています。決定的な差はどこから生まれるのか。

それは戦略の巧拙ではありません。その差は、より深い「資本設計」にあります。
MLBは、五資本が分断されず、時間軸で統合され、制度として保存されています。だから衰退しないのではなく、「成熟し続ける」のです。MLBの経営は、「関係資本経営」なのです。

次回は、なぜMLBは「正しさ」を失わないのかを明らかにします。テーマはスポーツマンシップという制度資本です。なぜ、これは日本企業が最も学ぶべき要素なのかをひもときます。

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