HANA:第1回 なぜ、 HANAは共感を集めたのか 〜感情資本が生まれる「瞬間」の構造

こんにちは、荒木洋二です。

2026年1月1日、当社ニュースルームで「企業人格×SRCF宣言」を公開。その翌週からは「SRCF(ステークホルダー関係資本フレームワーク)理論」の連載を始めました。
「SRCF理論」は、流行の理論ではありません。 即効性の処方箋でもありません。
しかし、企業と社会を長期で読み解く「レンズ」を提供します。

同時に三つの事例分析の連載を始めています。企業がどのように選ばれ、信頼され、関係を更新し続けていくのか。その過程を、理論と現実の往復の中で考えていく試みです。抽象と具体を往復しながら理論を磨いていきます。

事例の二つ目は、2025年4月にデビューした7人組ガールズ・グループのHANAを取り上げます。

筆者が昨年(2025年)執筆したコラム『ニュースルーム・アカデミー』の中で言及したことがあるので、記憶している読者もいるかもしれません。

本連載はHANAを分析するコラムではありません。
筆者自身が「自分の感情が動いてしまった事実」から理論を立ち上げる試みです。気付いた時には「推してしまった」という身体的認知を起点に置き、書き進めます。

1、なぜ、説明される前に「好き」になっていたのか

HANAを知らない読者のために、その活躍ぶりを先に紹介しておきましょう。
第67回日本レコード大賞(2025年12月30日開催)の最優秀新人賞を受賞。翌日の第76回NHK紅白歌合戦にも、生みの親といえるラッパー・シンガーソングライターのちゃんみなと共に出演し、年末年始の話題の中心にいたのです。

主要な実績(2025年)あh次のとおりです。

・国内女性アーティストとして令和初の「年間売上高20億円超え」を達成

・「オリコン週間ストリーミングランキング」における週間再生数で、女性アーティスト歴代最高記録を樹立(楽曲はデビュー曲『ROSE』)

・2ndシングル『Blue Jeans』はオリコン週間ストリーミングランキング、初登場から9週目で累計再生1億回を突破し、女性グループとして最速記録を更新

上記にとどまらず、枚挙にいとまがありません。

ここで筆者自身のことを振り返ってみます。これらの実績はリアルタイムで知っていたのは事実ですが、私の感情が動いたのは、これらを理解する「前」からだったのです。

HANAへの共感は、理由を理解する前に既に成立していたのです。

楽曲、ビジュアル、物語以前に感情が動いていた、といえます。何かを「評価」したわけではありません。正確に表現すると、気付いたら「巻き込まれ」ていたのです。

2、SRCF理論における感情資本の定義

SRCF理論の中核を構成するのは「五資本」です。筆者が提唱するこの資本は、世界を読み替える新しいレンズです。五資本とは、企業人格を形成する無形資本です。「物語」「感情」「関係」「制度」「歴史」で構成されています。非常に重要なことなので、今回も掲載します。

①物語資本(Narrative Capital)
 意味づけ・理念・価値観・存在理由
②感情資本(Emotional Capital)
 共感・誇り・信頼・愛着・熱量
③関係資本(Relational Capital)
 継続的なつながり・ネットワーク・コミュニティ
④制度資本(Institutional Capital)
 文化・仕組み・ルール・場(ニュースルームなど)
⑤歴史資本(Historical Capital)
 意味づけられた時間の蓄積

資本とは価値を生み続ける能力のことです。これら五資本は並列ではなく、時間軸の中で相互に作用しながら価値を生み続けます。
感情資本とは、(一時的な)共感や好意ではなく、「関係が立ち上がる瞬間」に生成される資本です。感情は結果ではありません。生成される資本です。
感情は決して一時的な反応ではありません。一時的な反応を感情とは呼びません。
筆者はここで感情を再定義します。感情とは蓄積・転移・増幅が可能な「資本」なのです。決して比喩ではありません。それは、行動を生み、関係を持続させ、次の価値創出を可能にするという意味で、明確に「資本」です。

この定義が単なる概念ではなく、HANAという具体的な現象の中で、どのように立ち上がったのかを次に見ていきます。

3、最初の臨界点

HANAは、SKY-HI(スカイハイ=本名:日高光啓)率いる音楽プロダクションのBMSGによる本格オーディションプロジェクトの第2弾『No No Girls』から誕生したのです。同プロジェクトのプロデューサーを務めたのが、ちゃんみなです。
『No No Girls』は、YouTubeでの動画配信ならびにオンライン動画配信サービス「Hulu」で、2024年10月から2025年1月までほぼ毎週、16回にわたり、放送・配信されました。
従来のオーディションと一線を画し、一際異彩を放っていたプロジェクトでした。その特徴は次のとおりです。

・ちゃんみな自身が、見た目や声に対して「No」をつきつけられ、ガールズグループを志すもデビューできなかった過去の苦い体験

・ちゃんみなが応募に寄せたメッセージは「身長、体重、年齢はいりません。ただ、あなたの声と人生を見せてください」

・彼女と同じように「No」をつきつけられ、自分自身を否定してきたガールズ30人たちが、書類・対面審査を通過

・「NoFAKE –本物であれ–」「NoLAZE –誰よりも一生懸命であれ–」「NoHATE –自分に中指を立てるな–」という3つの「No」を提示

・番組内では毎回、壁にぶち当たっても自分から逃げずに正面から向き合い、過去の自分を乗り越えていく姿を描写

同番組の視聴者たちは、性別を問わず、未就学児から70代の高齢者まで実に幅広い年代にわたっていました。視聴しながら、いつしか彼女たちに対しての見方、向き合い方が変わった瞬間があったのです。それは評価対象から感情投資対象へと変わったのです。HANAは、デビュー前から、見る側が「評価者でいる立場」を失った瞬間を生み出したのです。

もちろん選ばれた人たち、とりわけ最終選考に残った10人は、実力も兼ね備えてはいました。しかし、視聴者の心をつかんだのは、完成度の高さではありません。では、何が心を虜にしたのかといえば、それは未完性の可視化といえます。
現在のファンの大多数は、安全な距離が保てなくなった感覚を抱いています。「応援する理由」を探し始めた時点で、すでに「HANA」の物語に参加しています。

4、なぜ、他者の物語が「自分の感情」になったのか

どんな人でも、生きてきた年数やその体験の中身に差異はあったとしても、他人から「No」を、あるいは自分自身に「No」を突きつけられた経験があるでしょう。

だからこそ「未完」の彼女たちが自分から逃げずに正面から向き合い、過去の自分を乗り越えていく姿に自分を重ねることができたのです。これは自己同一性への接続といえます。


これは同情でも憧れでも、もちろん羨望でもありません。「自分も途中である」という感覚の喚起です。
だから、大勢の人たちが自分事として感情移入してしまいます。YouTubeのコメントを見てみると、中高生から小さい子どもを持つ主婦、中高年に至るまで自分の人生と接続しています。
感情資本は、他者の成功ではなく「自分の未完」と接続したときに生まれます。応援とは代理体験ではありません。ファンは、HANAの物語を生成する場に自らが参加している、ということなのです。

5、HANAはなぜ消費対象にならなかったのか

音楽は「芸術表現」や「感情の表現」であると同時に、市場で取引され、消費される「商品」です。

音楽だけでなく、アーティストそのものが消費対象になっているのが実態です。多くの人々の無意識下において、アーティストも商品として捉えられているのではないでしょうか。

しかし、HANAは完成像を提示せず、デビューするまでの過程そのものを公開してしまったのです。その延長線上でのデビューなので、初期段階で「売るための完成形」を出しませんでした。それゆえ商品化されなかった存在となることができた、と捉えています。

HANAは、アーティストになる生成過程を共有できる場を提供することで、消費対象にはなりませんでした。ファンは顧客にならず、伴走者になった、ということです。伴走者となることで、感情資本が積み上がり始めるのです。

6、MLBの事例との同型性

HANAの実例から判明したことがあります。感情資本が生まれる普遍構造があるのです。HANAとMLB(メジャーリーグベースボール)は分野は違えど、感情資本が生まれる構造は同型です。本質的に同じです。

「MLB 第1回」で述べたとおり、MLBは関係資本産業です。関係資本産業とは、利害関係を超えて、感情・意味・時間を媒介に関係が自己増殖する産業です。
米国では、世代や地域とのつながりから、小さい頃からMLBと関わり始めます。テレビ、ネット、球場でMLBを観戦し続けます。そして、気付いたらいつの間にかチームのファンとなっています。成果や成功の前に「関係への参加権」があった、ということです。

MLBの長い歴史の中で、いつでも途中から関われる余白があります。HANAも同様です。



・街角で音楽が耳に飛び込む

・家族や友人が聴いている場面に同席する

・歌番組で偶然にパフォーマンスを目にする

さまざまな機会から『No No Girls』にたどり着き、「生成過程を共有する」ことで途中から関われます。

SRCF理論が抽象論で終わらない理由がここにあります。SRCFという新しいレンズで読み替えることで、普遍構造が浮き彫りにされています。

7、HANAが共感を集めた理由

HANAが一気にスターダムにのし上がった理由を識者、評論家たちが論じています。筆者の視点はその誰とも異なる視点です。

BMSGやちゃんみなには、明確な戦略があったでしょう。しかし、HANAが共感を集めた理由は、スカイハイの戦略だけが功を奏したわけではありません。少なくとも、事前に設計された戦略だけで説明できる現象ではなかったとみています。オーディション制度もその本質的な理由ではありません。

HANAは、感情資本が生まれる「瞬間」を、隠さずに差し出した存在でした。『No No Girls』は、人格が生成される現場そのものでした。だからこそ、HANAのファンは顧客ではなく、伴走者としてこれからも感情資本を積み上げていくでしょう。ここでいう伴走者とは、観察者でも顧客でもなく、生成過程に時間を差し出す存在を指します。

この構造は、HANAに固有のものではありません。企業、スポーツ、文化、そして個人においても、同じ条件がそろったとき、感情資本は立ち上がるのです。

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