欧州ラグジュアリーブランド:第1回 ラグジュアリーとは何か――「高いモノ」ではなく、「時間と良心が結晶した制度」である

こんにちは、荒木洋二です。

当社ニュースルームで「企業人格×SRCF宣言」を公開しました。その翌週からは「SRCF(ステークホルダー関係資本フレームワーク)理論」の連載を始めました。
「SRCF理論」は、流行の理論ではありません。 即効性の処方箋でもありません。
しかし、企業と社会を長期で読み解く「レンズ」を提供します。

同時に三つの事例分析の連載を始めています。企業がどのように選ばれ、信頼され、関係を更新し続けていくのか。その過程を、理論と現実の往復の中で考えていく試みです。

事例の三つ目は、欧州ラグジュアリーブランド(以下、ラグジュアリー)です。ラグジュアリーの実例としては、エルメス、シャネル、ルイ・ヴィトン、グッチ、カルティエなどが挙げられます。

1、一般に語られる「ラグジュアリー」の誤解

本連載は、ブランド論でも、マーケティング論でもありません。問うのはただ一つです。

・なぜラグジュアリーは、何世代にもわたって選ばれ続けるのか

この1点につきます。その答えをSRCFで読み替えます。ラグジュアリーとは、価値が「価格」に還元されなかった数少ない産業形態です。

ラグジュアリーは、「豪華」「高級」「贅沢」と訳されています。ですからブランドとしてのラグジュアリーも、一般的には「高価格商品」と理解されています。しかし、「富裕層向け=ラグジュアリー」ではありません。
ブランド研究の専門家の間では、ラグジュアリーは長い歴史と伝統に立脚した物語、卓越した職人技術(クラフツマンシップ)、希少性、限定性を有しているとされています。しかし、「希少性」や「限定性」はあくまでも「結果」であって「本質」ではありません。

2、SRCFで定義する「ラグジュアリー」の定義

SRCF理論の中核を構成するのは、「物語」「感情」「関係」「制度」「歴史」の五つの無形資本です。

①物語資本(Narrative Capital)
意味づけ・理念・価値観・存在理由

②感情資本(Emotional Capital)
共感・誇り・信頼・愛着・熱量

③関係資本(Relational Capital)
継続的なつながり・ネットワーク・コミュニティ

④制度資本(Institutional Capital)
文化・仕組み・ルール・場(ニュースルームなど)

⑤歴史資本(Historical Capital)

意味づけられた時間の蓄積

ラグジュアリーとは、五資本が長時間をかけて絡み合った制度体です。SRCFとして暫定的にラグジュアリーを定義します。

ラグジュアリーとは、
歴史資本・物語資本・感情資本・関係資本・制度資本が崩れずに循環し続けている、極めて稀な産業形態である。

ラグジュアリーは、王侯貴族の宮廷文化、ギルド(職人共同体)、キリスト教的美学、都市の記憶と血縁ネットワークが、長い時間をかけて重なり合って形成された「文明的装置」として理解できます。もはや「産業」ではありません。

3、なぜ欧州で生まれ、日本では生まれにくかったのか

ここであらためてラグジュアリーを概観してみましょう。ラグジュアリーは次の四つの要素で構成されています。

・王侯貴族文化
宮廷儀礼と贈答の場で、衣装・宝飾・調度が権威と序列を可視化する「政治装置」として機能した。その様式が近代には富裕市民層に模倣されることで、王侯貴族のライフスタイルを起源とするラグジュアリーの物語が形成された

・ギルド(職人共同体)
中世都市のギルドは、徒弟制度・品質基準・価格統制によって熟練技能と高品質を守り、特定都市の工房に対する信頼と評判を蓄積した。制度としてのギルドは衰退しても、その系譜は「代々の職人技」「アトリエ」のナラティブとしてラグジュアリーに継承されている。

・宗教と美学
教会建築や祭具に見られる豪奢な素材と装飾は、「神の栄光」を名目に光・色彩・質感への感受性を洗練させた。一方、贅沢批判や禁欲倫理との緊張関係も生んだ。近代以降、この聖性と罪悪感の二重構造が、ラグジュアリーの崇高さと背徳的快楽という両義的な美学に転写されている。

・血縁・地縁・都市の記憶
メディチ家に象徴される有力家系は、都市空間に宮殿・礼拝堂・芸術を刻み込み、「家系=街の顔」という記憶を形成した。ラグジュアリーは、創業家の物語や歴史的本店、パリやフィレンツェなど都市のイメージを結びつけ、その時間的・空間的蓄積をヘリテージ資本として活用している。

国内におけるラグジュアリー研究の第一人者といえば、早稲田大学ビジネススクールの長沢伸也教授です。拙著でも取り上げたとおり、長沢教授は、前述のラグジュアリーの構成要素を、歴史、土地、人物、技術に分類しました。これらが「ブランド要素」であり、経営資源だとしています。

日本は、長寿企業が世界一多い国として知られています。1700年以前創業の企業が約967社、そのうち約517社が日本ともいわれています。トップ5の残りはドイツ、フランス、イタリアなど欧州勢が占めています。

ここで一つの問いが生まれます。

ラグジュアリーはなぜ欧州で生まれ、日本では生まれにくかったのか。

ラグジュアリーは単なる「技術」ではなく、「時間の使い方」から生まれることが、前述のラグジュアリーの構成要素から明らかになったといえます。時間の長さだけでもないということです。日本老舗企業とラグジュアリーでは、時間構造の違いがあったのです。

4、MLBとHANAとの接続点

これまで事例研究として、前々週にはMLB(メジャーリーグベースボール)、前週はガールズグループのHANAを取り上げました。

MLBは、関係資本が競争優位になる産業です。

150年にわたり崩壊せず、成熟を続けてきました。視聴率の上下、スター選手の移籍、地域人口の変化があっても、「衰退産業」にはならなかったのには理由があります。

MLBをスポーツ産業ではなく、「関係資本産業」として捉え直すことが決定的に重要です。感情・関係・物語・制度・歴史。五つの無形資本が分断されず、時間軸で統合・保存されています。その結果として、短期利益を超えた「耐久性」が制度として設計されているのです。

HANAは、感情資本が生成される瞬間を開示した稀有な存在です。

筆者の経験でいえば、HANAへの共感は、理由を理解する前に成立していました。HANAは、完成形を提示しませんでした。デビュー前から、生成過程そのものを開示し、「評価される存在」ではなく物語に参加する余白を差し出しました。

その結果、ファンは顧客ではなく「伴走者」となり、感情は一時的な反応ではなく、蓄積・増幅される資本へと転じていきます。これはHANA固有の現象ではありません。企業、スポーツ、文化、個人においても、同じ条件がそろったとき、感情資本は立ち上がるのです。

ラグジュアリーは、HANAが産業として成立した世界そのものです。さらにMLBを超え、それが数百年スケールで制度化した世界なのです。

5、ラグジュアリーが絶対に手放さなかったもの

ラグジュアリーの時間の使い方から明らかになったことがあります。ラグジュアリーは、その価値観・精神に基づいて、「選ばない」という判断を続けてきました。
それは

・作らない自由

・売らない勇気

・拡大しない選択
・変えない美学

です。これはラグジュアリーの美学です。筆者はこれを企業の「良心」と解釈しています。企業は人格を持った生命体です。その企業にはその深奥に良心が宿っています。ラグジュアリーは、効率化より「良心」を優先してきたのです。決して「良心」を手放しませんでした。

ラグジュアリーとは、価格を超えたところで、人・時間・意味・美が静かに合意し続けている状態であるといえます。

次回は、なぜ「歴史」は、他の産業では重荷になったのにもかかわらず、ラグジュアリーでは価値へと昇華したのか。その理由を解き明かします。

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