MLB:第2回 スポーツマンシップという制度資本

こんにちは、荒木洋二です。
なぜMLBは「正しさ」を失わないのでしょうか。
勝敗があり、巨額の利害が動き、感情が激しく交錯する産業において、公正さや信頼を保ち続けることは、決して簡単ではありません。
にもかかわらず、MLBは150年にわたり、ルールと判定への信頼を失うことなく存続してきました。
その背景にあるのが、スポーツマンシップという「理念」ではなく「制度資本」です。
1、スポーツマンシップの誤解
スポーツマンシップと聞くと、どんな印象を抱くだろうか。日本で根付いているスポーツマンシップは、「誠実さ」「公平さ」「犠牲精神」など、道徳の文脈で語られることが大半です。「根性」「我慢」「気合い」といった日本的精神論とも混同されがちです。
特に高校野球や高校サッカーなど、アマチュアスポーツでは指導者の教育的美談とともに報道されることも少なくありません。内面の在り方や態度を強調しがちで、ルール・手続き・権限分担といった制度面の設計が十分に議論されない傾向があります。
しかし、本来のスポーツマンシップは制度設計に根ざした概念であり、ここに決定的な違いがあります。スポーツマンシップが機能するためには、理念だけでなく、①明文化されたルール、②一貫した運用、③それを担保する権限配置が不可欠です。
MLBにおけるスポーツマンシップは情緒ではなく、設計された秩序として定着しています。
2、スポーツマンシップは「制度」である
MLBでは、「やっていいこと/いけないこと」「許容される厳しさの線引き」をルールやガイドラインとして明確化しています。暴力・差別・侮辱行為などを禁止し、違反者を退場・罰金・出場停止にできる明文化されたルールが存在しています。
審判やリーグが介入する権限・手続きを整えることも重視しています。善意や気合いを否定はしませんが、それに頼らずに公正さと安全を担保できるよう競技環境そのものを設計する発想なのです。これが感情の暴走を制度的に抑制する装置になっています。
さらに「ゲームの品位」や「ベースボールの最善の利益」を守るために、コミッショナーが広範な懲戒権限を持っています。重要なのは、権限の強さそのものではなく、それがルールと運用の一貫性を守るために設計されている点です。
コミッショナーがルールの隙間やグレーゾーンにも介入できる構造がある点で、スポーツマンシップは個々人の人格ではなくリーグの制度として組み込まれています。
スポーツマンシップを支えるものは、明文化されたルールとその一貫した運用だ、ということです。決して例外を作らない姿勢を貫いており、違反時には明確な制裁があります。MLBでは、審判・リーグ・選手会がこれらの同じ前提に立っています。スポーツマンシップとは「期待可能性」(=予測できる)を生む制度資本なのです。
3、なぜ理念ではなく制度に落としたのか
MLBは発足当時から「紳士的に戦うべきだ」「野球は国民的娯楽であるべきだ」といった理念は口では語られていました。しかし、現実には賭博や八百長は水面下で横行していたのです。
つまり「正しくあるべきだ」という理念そのものは存在していましたが、それは選手やオーナーの良心に委ねられ、抑止力としては機能していなかったのです。個々人の解釈が分かれることで、権力者に都合よく使われることにも少なくありませんでした。
そこでオーナーたちは、理念を掲げ直すのではなく、ルールと権限の再設計へ舵を切りました。倫理を否定しませんが、そこに依存しないよう、構造としてのスポーツマンシップを設計してきたといえます。制度に落とすことで、個人の善悪に依存せず、次の世代へと継承が可能になります。
球団や選手が増え、地域市場が拡大し、ファンの増加ととともにメディア企業も関わり、市場規模が拡張してもスポーツマンシップという制度は壊れませんでした。MLBは感情を制御するために制度を作ったのです。
4、赤字でも存続できる理由
球団運営、選手の処遇、ファンへの対応を巡り、関係者たちは怒りや不信などの感情を抱くことはあります。しかしスポーツマンシップという制度が感情を暴走させず、制御してきました。スポーツマンシップが機能し続けることで、不満などの感情が分断につながらないのです。
スポーツマンシップが中核基盤として確立することで、MLBは150年という長い歴史の中で壊れずに物語を紡ぐことができたのです。壊れないから投資が未来に向かいます。
ルールへの信頼があるから、オーナーたちは球団を毎期の損益ではなく、「長期の投資判断」として設計できます。高額な年俸や球場投資で意図的に営業赤字を計上しつつ、ブランド力強化や市場シェア拡大を優先していると報じられています。
これは、スタートアップが赤字でユーザー基盤を取りに行く構図とよく似ています。短期のPL(損益計算)赤字より、フランチャイズ価値の増加という投資判断が優先されます。スポーツマンシップは財務耐性を生む制度ともなっています。
MLBの基盤は揺るぎません。各球団オーナーたちは、赤字になったとしても撤退する理由がありません。スポーツマンシップという制度資本が、他の制度や投資判断を機能させる前提になっています。
5、五資本で読み替えるスポーツマンシップ
SRCF(ステークホルダー関係資本フレームワーク)は、世界を読み替える新しいレンズです。SRCFを構成する五資本は価値を生み続ける無形資本です。MLBのスポーツマンシップを五資本で読み替えると次のとおりです。
・感情資本:怒り・不満・不信を暴走させない
・関係資本:対立しても関係が切れない
・物語資本:正しさが語り継がれる
・制度資本:判断基準が保存される
・歴史資本:「あのときも同じだった」という記憶
MLBのスポーツマンシップはまさしく五資本を束ねる中核制度として機能しています。
6、企業経営への示唆
日本企業は上場・未上場を問わず、企業理念を掲げ、行動指針も制定しています。近年、MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)も幅広く浸透しています。しかし掲げているだけでは、組織の利害や誘惑の前では脆くも崩れてしまいやすいのが現実でしょう。
MLBは「権力者の善意に期待するだけでは、公正さは守れない」という現実を比較的早く制度設計の問題として捉え直したといえます。MLBの歴史は、そこを反転させ、「倫理を否定しないが、依存しない」ガバナンスを組み立てた事例として読むことができます。
日本企業の理念・精神論を重んじる文化では、「トップが良い人なら大丈夫」「みんなが同じ価値観を持てばうまくいく」という前提に立ちやすい。ルール・権限・通報制度・第三者性といった仕組みの設計が後回しになる危うさがあります。多くの企業にはスポーツマンシップに相当する制度がありません。
最も問題なのは理念・行動指針の運用が恣意的になりやすいことです。経営者の一時の感情や一部役職者の自己保身のために乱用されがちです。優先的地位による取引先への不当な行為など、ステークホルダーとの関係も歪ませています。
そのため、組織内やステークホルダーとの間で不信と分断が生まれます。組織内外に負の感情があふれています。価値を生み出し続ける資本としての感情が枯渇しています。経営においてスポーツマンシップに当たる基盤がないため、日本企業は壊れやすい局面が増えるのです。
7、スポーツマンシップを経営に翻訳すると
MLBでは評価の一貫性、ルールの透明性、例外を作らない姿勢、異議申し立て可能性などを制度として整備しました。つまり、これらは「正しさが保存される制度」です。
スポーツマンシップを経営に翻訳すると、何になるでしょうか。
感情を揺らし、関係を歪ます原因は何のか。この課題と向き合い、それを解決するための明確なルール(規則)、属人性を排除した仕組みやシステムをつくることが決定的に重要です。
そして経営者や社員の行動、経験を言語化する仕組みが何よりも重要です。どんな立場の人であれ、行動するときに次の問いが自らの前に立ち上がります。
・私たちは何者なのか
・社会にどんな価値を提供するのか
・何を大切にしているのか
・何を守るのか
・何を選ばないのか
誰もが迷い、悩みながら、決断します。立ち上がった感情、そのプロセスの意味付けを行っています。それらをそのまま放置していては個人の心の中だけでとどまり、誰も知ることができません。
MLBのスポーツマンシップのように「正しさが保存される」ためには言語化と、それを蓄積できる装置が必要です。この可視化と保存・蓄積する装置がニュースルームです。
8、スポーツマンシップは制度資本の核心である
企業も同じです。制度資本がなければ、感情資本は腐ります。関係資本は壊れます。
MLBが150年続いた理由は勝ったからではありません。正しさを制度化したから継続できたのです。スポーツマンシップは制度資本の核心なのです。
次回は感情資本が生成される現場へと入ります。ファンはマーケティングでは生まれません。成果でも生まれません。
生まれるのは「制度×感情×体験」が交差する瞬間なのです。
