欧州ラグジュアリーブランド:第2回 歴史はなぜ価値になるのか――時間は「長さ」ではなく、「意味付け」によって資本化する

こんにちは、荒木洋二です。

1.なぜ「歴史がある」ことは、価値になる場合と重荷になる場合があるのか

「歴史がある会社です」。


企業紹介や沿革の冒頭で、よく目にする言葉です。しかし現実には、長い歴史を持ちながら苦戦している企業もあれば、同じく長い時間を生き抜きながら、年を重ねるごとに価値を高めている企業もあります。

この差は、どこから生まれるのでしょうか。

単純に考えれば、「長く続いた」という事実そのものが価値になりそうにも思えます。だが、実際にはそうはなりません。歴史は、ときに誇りとなり、ときに足かせとなります。

ここで問うべきなのは、「歴史があるかどうか」ではなく、「歴史がどのように扱われてきたか」です。

2.「古い」ことは、価値を保証しない――歴史が重荷になる企業に共通する構造

歴史が価値にならない企業には、いくつかの共通点があります。

第一に、過去の実績が「正しさの証明」として使われ始めることです。かつて成功したやり方が、現在の判断を縛り、変化への躊躇を正当化します。歴史は、本来問いを生むはずのものですが、いつの間にか問いを止める理由になっています。

第二に、歴史が内部だけで通じる言葉になっていきます。社内では共有されている価値観や逸話が、外部の人間には翻訳されず、伝わらないのです。その結果、歴史は「説明されない前提」となり、関係を閉じていきます。

第三に、形式だけが残り、意味が抜け落ちる現象が起きます。行事や儀礼、決まりごとは続いています。しかし、なぜそれを守っているのか、何を大切にしているのかが語られなくなります。歴史は、生きた指針ではなく、単なる慣習へと変質します。

こうした状態に陥ったとき、歴史は価値ではなく「重さ」になるのです。

3.歴史資本とは何か――SRCFが捉える「意味付けられた時間」

ここで、SRCFの視点から「歴史」を捉え直しましょう。SRCF理論において、歴史資本とは、単に長い時間が経過したことを指すものではありません。

歴史資本とは、意味付けられた時間が、制度によって保存され、関係と感情を更新し続けている状態です。

重要なのは、三つの要素が同時に存在している点です。

第一に、時間が意味付けられていること。出来事や選択が、物語として解釈され、語られていること。

第二に、その意味が制度として保存されていること。人が入れ替わっても失われないよう、場・仕組み・ルールとして組み込まれていること。

第三に、それが現在の関係や感情に影響を与え続けていること。過去が、懐古ではなく、現在の信頼や共感を支えていること。

この循環が成立したとき、時間は単なる経過ではなく、資本として機能し始めます。

4.歴史は「保存」されるだけでは資本にならない――更新され続けるという条件

歴史を大切にしている企業は多い。沿革をまとめ、創業者の言葉を掲げ、節目ごとに周年行事を行います。しかし、それだけで歴史が価値になるわけではありません。

保存された歴史は、時間の経過とともに「固定化」します。語られる内容が変わらず、解釈も更新されないまま残り続けると、歴史は次第に現在との接点を失っていくのです。重要なのは、歴史が更新され続けているかどうかです。

更新とは、過去を否定することではありません。むしろ、過去の選択や判断を、現在の文脈で問い直し続ける行為です。何を守り、何を変えるのか。不易流行。その線引きが、繰り返し行われているかどうか。

歴史が価値になる企業では、過去は「語るための素材」ではなく、現在の意思決定に影響を与える基準として生き続けています。

5.歴史が価値になる五つの条件――意味・技術・翻訳・更新・良心

ここまで見てきた内容を踏まえると、歴史が価値へと転じるためには、いくつかの条件が必要であることが分かります。

第一に、歴史が意味づけられていること。出来事が単なる事実の羅列ではなく、なぜその選択をしたのか、どんな価値観があったのかという解釈とともに語られている。

第二に、歴史が技術や工程に沈み込んでいること。理念や精神論として掲げられるだけでなく、品質、手触り、工程、判断基準として体現されている。

第三に、歴史が外部に翻訳されていること。内部で共有される物語に留まらず、初めて触れる人にも理解できる言葉や体験として提示されている。

第四に、歴史が更新され続けていること。変えない部分と、変える部分が意識的に選び直されている。

そして第五に、その歴史が「良心」と接続していることです。誰に対して誠実であろうとしてきたのか。何を犠牲にし、何を守ろうとしてきたのか。この問いが失われた瞬間、歴史は権威化し、価値を失っていくのです。

6.欧州ラグジュアリーは、歴史をどのように制度化してきたのか――場・人・工程・記録・儀礼という装置

欧州ラグジュアリーブランドは、歴史を「語り」だけに留めなかったのです。

本店や工房といった「場」は、時間を固定し、体験として共有する装置です。職人制度やアトリエは、技術と判断基準を人から人へと受け渡すための仕組みです。アーカイブは、過去を保存するだけでなく、再解釈し、現在につなぎ直すための編集装置として機能しています。
さらに、顧客体験そのものが儀礼化され、歴史に参加する感覚を生み出しています。これらは偶然の産物ではありません。歴史を資本として機能させるための、極めて意識的な制度設計です。

7.日本の老舗とラグジュアリーは、何が違っていたのか――「続ける時間」と「編集される時間」

日本には、長い歴史を持つ老舗企業が数多く存在します。継続する力、守り抜く力において、世界的に見ても特異な存在です。一方で、欧州ラグジュアリーとの間には、決定的な違いがあるように見えます。

それは、「続けること」に重心を置いてきたのか、「編集し続けること」に重心を置いてきたのか、という違いです。

日本の老舗は、途切れさせないことに強い。
欧州ラグジュアリーは、意味付けを更新し続けることに強い。
この差が、歴史の扱い方、制度の設計、顧客との関係性にどのような違いをもたらしたのか。

その問いは、次回以降であらためて掘り下げていきましょう。

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