#01 オリンピック誹謗中傷問題と「ファンのガバナンス」

このノートは、2月27日に始めた記録の続きです。
RMCAチャンネル『リスクマネジメント・ジャーナル』
石川慶子(RMCA副理事長)× 荒木洋二(RMCA理事長)対談:2026年2月22日公開分。
(※RMCA=NPO法人日本リスクマネジャー&コンサルタント協会)
オリンピック期間中、選手への誹謗中傷が深刻な社会問題となっていました。法改正や発信者情報開示請求など制度的な対応は進んでいるものの、問題は依然として続いています。
本対談では、日本オリンピック委員会(JOC)の取り組みを踏まえながら、なぜ誹謗中傷は止まらないのか、そして組織的対応の先に何が必要なのかを議論しました。その中で浮かび上がったのが「ファンのガバナンス」という視点です。コミュニティが自ら健全性を守る可能性について考察します。
石川
現在開催中のオリンピックでは、選手への誹謗中傷が深刻化しています。組織としてどう対応できるのか、今日は皆さんと一緒に考えたいと思います。
荒木
今回、改めて感じたのは、ネット空間における誹謗中傷の増幅構造です。
かつてはスタジアムでのヤジのように、その場で消えていくものでした。しかし今は違います。履歴が残り、拡散し、連鎖する。
この「消えない」という性質が、被害の質を変えています。
石川
実際、侮辱罪は2022年の法改正で厳罰化されました。匿名でも発信者情報開示請求により特定されます。それでも止まらない。
なぜなのでしょうか。
荒木
山口真一氏の研究では、極端な書き込みを大量に行うのは、ごく一部の人だとされています。
つまり「みんながやっている」わけではない。
しかし、問題は、少数でも「増幅」されることです。
石川
JOCはホットラインを設置し、削除依頼や法的措置も行っています。これは非常に重要な組織的対応です。
しかし、それだけでは限界があるのではないでしょうか。
荒木
そう思います。
法的ガバナンスや組織的ガバナンスは必要です。しかし、もう一つの層がある。
それが今回、自然に浮かび上がった言葉——
「ファンのガバナンス」です。
ファンが豹変する理由
石川
ファンは本来、支える存在のはずです。しかし期待が高いほど、裏切られたと感じたときに攻撃へ転じる。
これはどう理解すべきでしょうか。
荒木
感情の強さです。
スポーツやエンターテインメントは感情資本の産業です。だからこそ、感情が暴走すると破壊力を持つ。
ただ一方で、健全なコミュニティも存在します。
自浄作用が働くコミュニティ
荒木
私が観察している、あるファンコミュニティでは、こんな現象が起きています。
・ファン同士が注意し合う
・悪意ある投稿はスルーする
・「やめましょう」と言う勇気を持つ
ネガティブな投稿に反応すると増幅する。だからあえて反応しない。
これは非常に成熟した振る舞いです。
石川
それは素晴らしいですね。
荒木
ここで私は思いました。
法でもなく、組織でもなく、コミュニティ自身がガバナンスを働かせているのではないか、と。
ガバナンスの民主化
石川
ガバナンスの民主化、ということですね。
荒木
はい。
中央が取り締まるのではなく、参加者が自律的に健全性を守る。
これは分散型リスクマネジメントの一形態と言えるかもしれません。
「良識」という言葉
石川
結局は人間の良識に頼る部分もあるのではないでしょうか。
荒木
おっしゃる通りです。
ネットは履歴が残ります。ならば、健全な履歴も残せるはずです。
「やめましょう」と言う履歴。「スルーしましょう」と合意する履歴。
それがコミュニティを守る力になる。
今後の課題
荒木
誹謗中傷は今後も続くでしょう。個人で自分を守ることも必要です。
組織的対応も欠かせません。しかし、もう一つの可能性として、
ファンのガバナンス ——参加者による自律的な自己統治——
が広がることを期待したいと思います。
石川
このテーマは、今後も掘り下げていきたいですね。
荒木
ぜひシリーズで。
編集後記
本対談では、オリンピックにおける誹謗中傷問題を起点に、法的対応・組織的対応の限界、そして「ファンのガバナンス」という新たな可能性が提示されました。
リスクマネジメントは、もはや組織だけの課題ではありません。社会が自らをどう統治するか——その実験は、すでに私たちの足元で始まっています。
この記録は、未来の誰かが迷ったときのために残します。
2026年3月2日 荒木洋二
