#04 「地域という主体」第2回 地域は、何によって動かされているのか

地域という主体 〜「まちまるごとオフィス東伊豆」から見えたもの〜
第2回 地域は、何によって動かされているのか
第1回で、私は正直な葛藤を書きました。
故郷に何か貢献したいと思いながらも、自ら主導する立場には立てていないという現実。その迷いは、覚悟の問題のようでいて、もしかすると構造の問題なのではないか――そんな予感が残っていました。
東伊豆町の取り組みを改めて見つめると、その予感は少し輪郭を持ち始めます。
東伊豆には「雛のつるし飾り」という文化があります。
江戸時代から続く、女性の幸せを祈る手仕事です。
もともとは家庭の中の祈りであり、日常の営みでした。観光資源として設計されたものではありません。ですが、その文化が語られ、共有され、町の物語として外へ開かれたとき、そこに人が集まり始めます。
祈りは、語られた瞬間に物語になります。
キンメマラソンもそうです。
金目鯛という地域の日常が、物語として再編集されることで、走る人々が集まり、応援する人が生まれ、外部との接点が広がります。
熱川バナナワニ園や地域の旅館もまた、SNSを通じて日々の営みを発信しています。その多くを担っているのは女性リーダーたちです。
偶然とは思えません。
雛のつるし飾りもまた、女性の祈りから始まった文化です。地域の生活の中心にいた存在が、物語を語り直し、外へ開く役割を自然に担っているように見えます。
それは「女性活躍」というスローガン以前に、生活と関係の中枢にいた人が、その延長線上で語り手になっている、という現象に近いのではないか。
私も、その場に足を運んだことがあります。
実家に帰省するタイミングと重なり、途中下車して参加したトークイベントでした。
企画とファシリテーターを務めていたのは、高校時代の同級生、市川美和さんです。
東伊豆町長もパネリストとして登壇し、町内外から集まった人で会場は満席でした。決して広くはない空間でしたが、熱気がありました。
誰かが号令をかけているというより、それぞれが自分の言葉で町を語っていたのです。市川さんから意見を求められ、私も発言しました。終了後の懇親会にも参加しました。
その場に立ちながら、私はある種の羨望を感じていました。
自分は構造を考えている。
しかし、ここにはすでに動いている人がいる。
主体が立ち上がるとは、こういうことかもしれないと。
・歴史がある
・その歴史が語られる
・語られた物語が感情を動かす
・感情が関係を広げる
・広がった関係が新しい挑戦を支える
東伊豆で起きていることを、私はそのような循環として見ています。
主体とは、意思だけで立ち上がるものではありません。土壌があり、物語が共有され、感情が循環し、関係が育つとき、人は自然と前に出ることができます。
市川さんが「まちまるごとオフィス東伊豆」の企画立案・イベント運営を手掛けた発想も、その延長線上にあります。
・町全体を一つの場として捉える
・働くことと暮らすことを分断しない
・外から来る人も、内にいる人も、同じ時間軸に立つ
それは大胆な構想でありながら、どこか自然でもある。すでにある歴史と関係の延長線上に置かれているからです。
第1回で私は、自ら主導できない自分の迷いを書きました。
ですが、東伊豆の具体を見つめると、主体とは個人の勇気だけで生まれるものではないと分かります。
・主体を支える見えない循環がある
もしその循環が設計できるのだとすれば、地域活性化は「誰かの号令」ではなく、「構造の成熟」として理解できるのではないでしょうか。
私はまだ、その循環の内側に深く入ってはいないのかもしれません。
次回は、この循環を偶然ではなく持続可能にするために、どのような「制度」が必要なのかを考えたい。
静かに続けます。
