MLB:第3回 ファンはどこで生まれるのか

こんにちは、荒木洋二です。
第1回では、MLBを「関係資本産業」として捉えました。 第2回では、その関係を壊さないための「制度資本」としてのスポーツマンシップを読み解きました。
では、その制度の上で、感情はどのように生まれるのでしょうか。
今回は、「ファンはどこで生まれるのか」という問いから始めます。
1、ファンはマーケティングで生まれるのか
多くの企業は「ファンづくり」に取り組んでいます。SNS施策、キャンペーン、イベント、広告投下。接触回数を増やし、好意を醸成し、購買へつなげる。
しかし、問い直してみましょう。
本当にファンは、施策の結果として生まれているのでしょうか。
割引や特典で集まった人は、条件が変われば離れます。 一時的な話題で集まった人も、熱が冷めれば去ります。
それは「顧客」であって、まだ「ファン」ではありません。
2、ファンが生まれる瞬間
ファンが生まれる瞬間には、ある共通点があります。
それは、他者の物語を、自分の人生の時間として引き受けた瞬間です。
・球場で観た一試合
・家族と観たワールドシリーズ
・逆転負けの悔しさ
・初観戦で感じた高揚
それらは単なる娯楽体験ではありません。自分の人生の記憶と結びついた瞬間です。
MLBは、この瞬間を150年にわたり生み続けてきました。
例えば、ある父親が子どもを初めてボールパークへ連れて行く。
その日の試合の勝敗よりも、一緒にスタンドで立ち上がった瞬間や、ホームランが出たときの歓声、夜風と芝の匂いが記憶に残ります。
その子どもが大人になり、今度は自分の子どもを球場へ連れて行く。こうして感情は、娯楽ではなく「家族の時間」として保存されていきます。
2016年、シカゴ・カブスは108年ぶりにワールドシリーズを制しました。歓喜とあふれた涙は、100年以上にわたり積み重なった物語と制度の上で、一気に噴き出したのです。
ここで生まれた感情は、マーケティング施策ではなく、制度の上に立った体験から生まれています。
3、制度があるから感情は深くなる
ここで第2回を思い出してください。
もし判定が恣意的で、ルールが曖昧で、権限が不透明であれば、怒りや疑念は蓄積され、不信へと変わります。
感情は生まれません。正確には、信頼に支えられた良質な感情は育ちません。
スポーツマンシップという制度資本があるからこそ、ファンは安心して感情を預けることができます。
安心して怒り、安心して喜び、安心して悔しがれる。
この「安心」が、感情資本の土台です。
4、感情資本は「蓄積」される
感情は瞬間で消えるものではありません。MLBでは、感情は蓄積されます。
・球場という「場」
・歴史という「時間」
・記録という「保存装置」
・メディアという「伝播装置」
これらが組み合わさることで、感情は個人の記憶を超え、世代を超えて引き継がれます。
親から子へ。
地域から地域へ。
ここで感情資本は、関係資本へと転化します。
5、五資本で読み替えるファン生成
SRCFの五資本で読み替えると次のようになります。
・制度資本:安心して感情を預けられる環境
・感情資本:喜怒哀楽の共有
・物語資本:勝敗や歴史の語り
・関係資本:ファン同士、親子、地域のつながり
・歴史資本:時間とともに意味づけられた記憶
ファンは、単なる好意ではありません。五資本が交差する点で生まれます。
6、企業経営への示唆
多くの企業が「ファンづくり」に悩みます。
しかし、感情を生もうとする前に、感情を預けられる制度があるかを問う必要があります。
・評価は一貫しているか
・ルールは透明か
・判断は説明可能か
・物語は保存されているか
制度資本がなければ、感情資本は育ちません。
そして、感情資本がなければ、関係資本は継続しません。
7、ファンは「選ばせる」のではなく「生まれる」
ファンは獲得するものではありません。
ファンは、制度と体験の交差点で自然に生まれる存在です。
MLBは、制度を整え、場を設計し、物語を保存してきました。
その結果として、感情資本が世代を超えて増幅しているのです。
8、次回予告
次回は、「感情資本が世代を超える仕組み」をさらに深掘りします。
なぜ、ある球団の敗北が、何十年後にも語り継がれるのか。
感情資本は、どのように歴史資本へと昇華するのか。
MLBという事例を通じて、企業が目指すべき「関係資本経営」の核心に迫ります。
