#8 「地域という主体」第4回 人はどこに立つのか

地域という主体 〜「まちまるごとオフィス東伊豆」から見えたもの〜
第4回 人はどこに立つのか
1 二つの場所を生きるということ
近年、「二拠点生活」という言葉を耳にする機会が増えました。
都市で仕事をしながら、地方にも拠点を持つ。あるいは、都市と地域を行き来しながら生活する。それは単なるライフスタイルの選択なのでしょうか。
東伊豆での活動を見ていると、それは単なる生活様式ではないように思えます。
むしろそれは、
「どこに立つのか」
という問いに対する、一つの答えの形なのかもしれません。
2 都市か、地域か
これまで長い間、日本社会では
・都市=仕事
・地域=生活
という図式が暗黙の前提として存在してきました。
しかし今、その前提は静かに揺らいでいます。
都市で働きながら地域に関わる人。
地域に住みながら都市の仕事を持つ人。
その姿は、都市か地域かという二項対立では説明できません。むしろ人は複数の場所に立つようになってきているのではないでしょうか。
3 立ち位置が関係を生む
地域というものは、単に「住んでいる場所」によって決まるわけではありません。どこに立ち、どの関係の中に身を置くのか。
その立ち位置によって、見える景色は変わります。
東伊豆で起きていることも、特定の場所だけで成立しているわけではありません。
・都市と地域を行き来する人々
・外部から関わる人々
・そして地域に住み続ける人々
その関係の重なりの中で、新しい循環が生まれています。
4 主体とは立ち位置である
第1回で、私はこう書きました。
主体とは肩書きではない。自分の立ち位置を引き受けることである。
地域に関わるということも、本質的には同じことなのかもしれません。
どこに住んでいるかではなく、どこに立つのか。
その選択が、
関係を生み、
循環を生み、
地域を動かしていくのだと思います。
5 地域という主体
地域とは、一つの主体なのかもしれません。
それは行政でもなく、企業でもなく、特定の個人でもありません。
人々の立ち位置が重なり合い、関係が積み重なることで、地域という主体が立ち上がってくる。
東伊豆で起きていることは、その一つの例なのだと思います。
6 人はどこに立つのか
地域の未来は、制度だけで決まるものではありません。
人がどこに立つのか。
その選択の積み重ねが、地域の時間を形づくっていくのだと思います。
そしてもう一つ、言えることがあります。
社会は制度によって動く。
しかし制度を動かすのは、いつも人の立ち位置です。
