#09 「不正会計と企業統治」第2回 企業統治は、何を統治しているのか

不正会計と企業統治 ― 成長の論理と統治の論理は、なぜ衝突するのか
第2回 企業統治は、何を統治しているのか
企業統治(コーポレート・ガバナンス)という言葉は、広く使われています。
企業不祥事が起きると
・ガバナンスの強化
・統治体制の見直し
・内部統制の再構築
といった言葉が並びます。しかしここで、一度立ち止まって考えてみたいと思います。
企業統治とは、いったい何を統治している制度なのでしょうか。
◆制度としての企業統治
一般的に企業統治は、企業の意思決定を監督・制御する仕組みとして理解されています。
具体的には
・取締役会
・監査役
・監査法人
・社外取締役
・内部統制
といった制度の集合です。
これらは全て企業の暴走を防ぐための仕組みとして設計されています。つまり企業統治とは、組織の行動をコントロールする制度であると理解されています。
しかし、ここに違和感がある。
もし、企業統治が、組織の行動を正しくコントロールする制度であるならば、制度が整っている企業では、不正は起きないはずです。
しかし現実には
・社外取締役が存在していても
・監査体制が整っていても
・内部統制が機能していても
不正は繰り返されます。この事実は、第1回で見た通りです。では、何が起きているのでしょうか。
◆制度は何を統治できるのか
ここで少し視点を変えてみます。
制度が直接統治できるのは
・行為
・プロセス
・形式
です。
例えば
・承認フローを設ける
・監査を行う
・報告義務を課す
といったものです。
しかし、制度は判断そのものを直接統治することはできません。
◆企業は何によって動いているのか
企業の意思決定は、制度によって行われているように見えます。しかし、実際には制度の中で、人が判断しています。
・この数字をどう扱うか
・この情報を開示するか
・この意思決定を進めるか
最終的に決めているのは人間の判断です。
◆ガバナンスとは何か
ここで改めてガバナンスという言葉の意味を考えてみます。
一般的には
・統治
・管理
・監督
と訳されます。
しかし、企業の現実を見ると、ガバナンスとは単なる管理ではありません。
むしろ、判断に影響を与える仕組み。そう捉えた方が、実態に近いのではないでしょうか。
◆統治されているのは何か
では企業統治は何を統治しているのでしょうか。
組織の構造でしょうか。
プロセスでしょうか。
ルールでしょうか。
それとも人間の判断なのでしょうか。
◆制度と判断の距離
制度は
・行為を制御することはできる
・プロセスを規定することはできる
しかし、判断そのものを完全に規定することはできません。
この距離がある限り、制度と現実のあいだには必ずズレが生まれます。
◆不正はどこで生まれるのか
そのズレの中で、
・都合の良い解釈
・形式的な遵守
・意図的な逸脱
が生まれます。
そして、それが積み重なることで不正という現象になります。つまり不正は、制度の外ではなく
制度と判断のあいだで生まれているのです。
◆企業統治の限界
ここまで見てきたように、企業統治は重要な制度です。しかし、同時に制度だけでは統治しきれない領域が存在しています。それが人間の判断の領域です。
◆次に考えるべきこと
では企業統治を考えるとき、本当に見なければならないのは何でしょうか。
制度の設計でしょうか。
仕組みの強化でしょうか。
それとも判断そのものの構造なのでしょうか。
次回は「企業の判断はどこで誤るのか」という視点から、制度と判断の関係をさらに掘り下げていきます。
企業統治とは何を統治しているのか。その問いに対して、制度だけを見ていては答えにはたどり着きません。制度の中で行われている人間の判断に目を向ける必要があります。
評論としてではなく、私自身の迷いと判断の履歴として、ここに残していこうと思います。
