初級講座 Ⅰ.理論・基礎知識 「選ばれ続ける」をひもとく(1)

こんにちは。荒木洋二です。

前回までで、広報とは利害関係者との良好な関係を築くことであり、そのためにはコミュニケーションが絶対に欠かせない、という話をしました。コミュニケーションとは、すなわち利害関係者との間で「みる·きく·考える·話す」を繰り返すことです。存在を知らせて、価値を伝えて、そして、その利害関係者から選ばれ続けることによって、企業·組織は存続できます。

今回からは2回にわたって、「選ばれ続ける」という言葉をテーマにします。「選ばれ続ける」にはどうしたらいいのかを、ひもといていきます。どうすれば、利害関係者から選ばれ続けるのでしょうか。彼らが、その製品やサービス、会社自体を選ぶ理由、あるいは選ばれるための方法を、今から解説します。大切なのは、自分自身に当てはめて考えてみることです。

私たちは私生活においても、仕事においても、常に何かを選んでいます。人生は、仕事も私生活も選択の連続です。自らの立場と照らし合わせながら、一つ一つを聞いてみてください。

結論的なことを先に述べます。

選ばれるまでの過程を主に四つに挙げています。概ね、こういうステップを踏んで、人は選び続けるようになります。

1.認知  2.理解  3.信頼  4.共感 

一つずつ確認していきましょう。

まず、認知と理解からです。

コミュニケーションの4要素でも述べたとおり、存在そのものを認知してもらうこと、つまり知らせること、接点を持つことが起点、始まりです。しかし、存在の認知だけでは選ばれません。

次にどういうステップ踏むかというと、その会社、製品やサービスが「一体何者なのか?」「一体何なのか?」を理解してもらうことです。理解してもらうためには、価値を伝えていく必要があります。ということは、1回の接点で終わらせずに接触機会を増やし、理解を深めてもらうようにする、ということです。

ここで「認知」をより深く理解するために、有名な購買決定のプロセスを確認しましょう(下図参照)。

上は、「AIDMA(アイドマ)」と言います。下は「AISAS(アイサス)」です。AISASというのは、大手広告代理店の電通さんが提唱した、インターネット時代の、新しい購買決定のプロセスです。

まず、「AIDMA」から説明しましょう。

「AIDMA」も「AISAS」も、「A」と「I」は一緒です。これは「Attention(アテンション)」と「Interest(インタレスト)」です。アテンションは、注意を引くということです。つまりこれは「認知」なんですね。注意を引いて、知ってもらう、目を向けてもらう。これは認知の獲得です。

注意を引いて、認知を獲得した次の段階として、インタレスト、つまり関心、興味を持つようになる。興味を抱いたら、「Desire(デザイア)」、欲求が生まれる。欲求が生まれると、もっといろいろなことを知りたくなる、情報収集する中でしっかりとその商品·サービスなどを記憶する。これが「Memory(メモリー)」です。

そして、最後に「Action(アクション)」、実際に購買するという行動に至ります。これが購買決定のプロセスです。

インターネットが発達した現代における、新しい購買決定プロセスが「AISAS」です。認知獲得、注意を引き興味を持つ、ここまでは人間の行動心理は変わりません。

次からが変わります。「Search(サーチ)」、検索します。インターネットで検索し、調べます。その情報をたくさん得てから、「Action(アクション)」、つまり購買行動へと移ります。購買後に「Share(シェア)」します。

良くも悪くもSNS(ネット交流サービス)で共有します。

これが現代の購買決定プロセスです。

その始まりはアテンション、認知からです。認知に始まって、理解、信頼、共感と進み、選ばれるようになります。

しかし、人間心理は難しく、複雑なのです。選ぶ理由は、必ずしも合理的でないことが多いんです。合理的なようでいて、実は情緒的に判断することが多いかもしれません。あるいは、たった何か一つの理由だけでもありません。何か最後の一押しはあったかもしれませんが、いろんな理由が重なり合って最終的に購買、という行動に移ったといえます。皆さんも自分自身の購買行動における心理を冷静に見つめてみると、しっくりくることがあるのではないでしょうか。

合理的でなかったかもしれませんし、さまざまな理由があったかも知れませんし、そういう状況で選んだとします。しかし、一度選ばれただけでは意味がないんです。人々の意識は変わり続けます。社会もずっと変わり続けています。われわれが置かれた自然環境や経済·労働環境を含め、どんどん環境や社会は変わっていく。時代も変わっていきます。

そんな変化の中で、どうすれば利害関係者から選ばれ続けることができるのか。どうすれば共に価値を生み出す仲間としてあり続けることができるのか。ですから、利害関係者との関係を続ける中で、時間経過とともにどれだけ彼らが自分たちのことを理解できるようになるのか。そして、本当に信頼できるという判断をどうやって彼らは下すのか。さらにはその先、どうやったら共感を醸成できるのか。

今から一つ一つ、ひもときます。

理解と信頼を一括りにして、解説します。

社会心理学においては、信頼を獲得するためには二つの要素がかかわっている、といわれています。相手から、どうすれば信頼を獲得できるのか、ということです。

結論は、能力と動機、この二つが鍵です。

相手から見て、自分自身が、その相手の関心を満たす能力を持っているのか。あるいは、相手が抱えている課題を解決できる能力を持っているかどうか。その能力がなければ、信頼はされません。もう一つ重要なのは、動機です。決して、相手を騙さない、誠実であるということです。能力と動機がセットにならなければいけません。

相手にとってみれば、分からないことが多いわけです。これは経済用語で「情報の非対称性」といいます。持っている情報に圧倒的な差があります。その情報の非対称性を解消できるかどうか。自分の関心を満たしてくれる、あるいは課題を解決してくれる能力を間違いなく有している組織と、みなされているか、理解されているかどうか、ということです。相手がそれを理解できるかどうかが重要です。

あるいは「この人は私のことを騙さない。誠実で嘘をつかない」と相手から理解されているかどうか。能力があったとしても、それを発揮せず、手抜きをされて騙されてしまうのであれば、嘘を言っているのであれば、信頼関係が築けません。反対にいくら誠実であったとしても、能力がなければ、やはり信頼関係は築けないんです。

能力と動機、両方とも備えている、という事実があるかどうかなんです。そのことを相手からちゃんと理解されているか、つまりそのことが相手に伝わっているのかどうか。関心を満たし、課題を解決する能力はある。絶対に嘘はつきません、隠しごとをしません、誠実に対応します、そういう姿勢で臨んでいる、取り組んでいることが、相手に伝わっているかどうか。ここが肝です。個人に例えると、能力とは、学力·体力、あるいは学校の成績や仕事の実績です。動機とは、人柄·人格や心持ち、姿勢に当たります。

企業·組織に例えると、能力とは、開発力·組織力·財務力などに当たります。動機とは、企業·組織の人格や組織文化、あるいは理念や価値観に当たります。

ある著名な経営者だった人が、次のように述べています。

·組織の信頼性とはどうやって確保されるのかそれは業績と透明性である

非常に分かりやすいですね。業績、つまり財務情報、決算書です。金融機関や投資家、会計士たちは決算書の数字を見ます。数字で実力を診断します。上場企業はアニュアルレポート(年次報告書)を毎年発行しています。最近では統合報告書を発行する企業も増え、そこでは非財務情報も数字として示しています。

もう一つは透明性です。つまり、情報公開をちゃんとしているのか、情報開示しているのか。何があっても嘘もつかずに、迅速に正確に説明責任を果たしているのか。このことを透明性と言います。

業績と透明性とは、能力と動機ということです。組織の信頼性を確保するためには能力と動機の両方が必要だということです。社会心理学と同じことを言っています。

さらに補足して説明します。少々長くなってしまいますが、組織の「評判」について触れたいと思います。

評判とは英語では「レピュテーション」と言います。企業の評判であれば、コーポレート·レピュテーションとなります。企業社会では10年ほど前からでしょうか、レピュテーション·マネジメントという言葉も使われています。

米国の著名な学者であるフォンブラン·チャールズ·J氏を中心に、評判·レピュテーションについて研究しました。研究結果で分かったことは、評判が良くなるためには次の五つの要素が必要だということです。

・目立つこと:顕示性
際立つこと:独自性
実であること:真実性
・隠さないこと、オープンであること:透明性
ぶれないこと:一貫性

この五つの要素が優れていることで、組織の評判が上がる。評判が上がることで、実際、取引費用も下がるので財務状況も良くなる。財務成績が良いから評判が良くなるのではなく、評判向上が先だ、ということです。

この五つを「能力」と「動機」で分類してみましょう。

目立つこと、際立つこと。これは能力です。目立つこと、顕示性は情報発信力があって実現できすことです。際立つことは、独自性ですから、他社にはない「とんがり」ということですね。コア·コンピタンスとも言います。

次に誠実であること、隠さないこと、オープンであること、ぶれないこと。これらは動機、つまり企業姿勢です。やはり、今まで説明してきたとおり、能力と動機·姿勢。この二つが信頼や評判を築くために必要だということです。つまり、相手が理解できるまで、相手に信頼されるまで、この能力と動機·姿勢を伝え続けることが重要だということです。

最後に今回の「選ばれ続けるをひもとく」の1回目をもう一度振り返ります。

選ばれる過程には、「認知·理解·信頼·共感」という流れがあります。
・存在そのものが「認知」されているかどうか
 接点を何度持てたのか
・何(者)であるかを「理解」されているか

理解されるために
・接触機会をつくって、価値を伝えているか
時間経過の中で「信頼」を獲得できているか
能力と動機が備わっていることが理解されている、伝わっているか

相手が望む、相手の関心を満たし、課題を解決できる能力があるのか。人を騙さない、嘘をつかない、誠実であるという動機や姿勢があるのか。これらが問われます。

・両方の事実を伝え続けているかどうか

以上の流れが大切です。

今回は主に「認知と理解」について説明しました。次回は「信頼と共感」について詳しく説明します。

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