広報の力を示すための大いなる挑戦 資金も協力者もほぼ皆無の状況から、零戦を日本の空に飛ばす

株式会社AGENCY ONE 代表取締役 荒木 洋二(前編)

Q.これまでの「挑戦」で印象に残っているものを教えてください。

起業して約18年間の中で、最も印象に残る大きな挑戦は、「零戦里帰りプロジェクト」です。当時、レストア(修復)して飛行可能な零式艦上戦闘機(以下、零戦)は世界に4機。日本人で唯一所有している社長と知り合ったのがきっかけです。

彼はその零戦を米国の博物館で保管していたのです。日本の空に零戦を飛ばしたい、という願いを持ちながらも十分な支援が得られず苦労していました。そこで、当社(主担当は大久保仁)は広報活動で支援することを決断したのです。

当社にとっては、広報の力だけでどこまでできるのかを示すための挑戦でした。資金も協力者もほぼ皆無の状況から、どれだけ資金調達や協力者を獲得できるのか。零戦を日本の空で飛ばすことができるのか。そんな大いなる挑戦です。無謀な賭けともいえるかもしれません。

2012年9月19日、当プロジェクトの記者発表会(東京都渋谷区)を当社の手弁当で開催、プロジェクトを始める号砲を鳴らしたのです。零戦所有者が持参したのは所有証明書のみです。参加した報道関係者は8人。この発表会を機に航空専門誌、写真週刊誌で報道されたのです。ここから資金や協力者を募るため、広報を武器にやれることは全て実行しました。

さまざまな障壁を乗り越えて、零戦が米国から船舶で日本に「入国」したのが、2014年11月5日。号砲を鳴らした記者発表会から2年の月日が経過していました。そして、入国と同日に3カ月にわたるクラウドファンディングを2000万円の目標を掲げ、開始したのです。

入国後、同月21日から24日までの4日間、さいたまスーパーアリーナ(埼玉県さいたま市)の1F展示ホールで、3分割(主翼・操縦席部分、機体・尾翼部分、エンジン2台)した状態で展示するイベントを敢行。初日、一般公開前に報道関係者向けに先行公開。ビデオカメラやスチールカメラを手に70人近い記者たちが大挙して詰めかけたのです。

入国後は一気にマスメディアの関心が高まり、何度も報道されることで認知が急速に広まります。クラウドファンディングのサイト、SNSなどで、とにかく毎日継続して細やかな情報発信に徹することで、共感者たちの輪も徐々に広がりました。さらに、直接的なコミュニケーション活動を通じ、信頼関係が深まったことで、支援者が増えていったのです。

特に注目すべきことは、支援者が自発的に活動に参加し、チラシの配布やポスティングを行ったことです。広告に頼らずに、継続して情報を発信し続ける活動が共感を生み、賛同者が集まる。そして、信頼関係へと発展する。

結果的に3カ月間で支援者は1,000人を超え、目標を超える2300万円の支援金が集まったのです。(1週間であっさり抜かれましたが)過去最高額、日本一の記録でした。これこそが本来の広報力だと体感できました。

 この取り組みは、最終的に6000万円の支援を集め、所有者の願いをかなえることができました。同時に、私たちにとっても広報の力を示す貴重な実体験となっています。

ステークホルダーと信頼関係を築くため、ニュースルームでのありのままの情報共有・発信が重要

Q.「挑戦」の先に見えたもの、その先に見たいもの(確信しているもの)はどのようなものですか?

広報で成果を上げるには、重要なことが2点あります。一つは丁寧なコミュニケーションの必要性です。全ての対象者に丁寧かつ細かいコミュニケーションを続けることで、その力が発揮され、結果に結びつきます。

もう一つは、広報というより報道の成果についてです。発信者の認知度や、商品・サービス自体に備わっている価値が世間一般的に高ければ、マスメディアを引きつけるのは比較的に容易である、ということです。これは大手企業が持つ影響力や、強力なコンテンツを持つ場合に当てはまります。

つまり、報道関係者を集めたり、マスメディアで報道されたりするには、それらの潜在能力による影響がかなり大きいということです。必ずしも広報担当者自身、あるいはPR会社自体の実力だけによるものではないのです。このことを理解しないと、自分の力を過信してしまうことにつながります。

「零戦里帰りプロジェクト」も同じです。零戦自体のそもそもの認知度や価値が多分に影響したことは間違いがありません。

私の経験した実例をもう一つ紹介します。私が担当した仕事に日本の国技・相撲に関わる案件があります。2016年秋のことです。川崎市に唯一あった相撲部屋が存続の危機に直面していました。地元の有力者らで構成される後援会の会長から相談を受け、対応に当たりました。

急を要する案件で相談を受けたのが、確か同年10月14日(金)のことです。ある事情があったため、同月18日(火)にどうしても記者発表会を開きたいとの要望だったのです。当社のスタッフたちは、他の案件で全く身動きがとれなかったため、私1人で全てやらざるを得ない状況でした。

急ピッチで準備を進め、開催日前日に記者クラブ(相撲・地元など)に案内状を投函したのです。記者たちは多忙ですから、2週間前には案内するのが通常です。しかし、ふたを開けてみると、たった1日で30人の記者が集まったのです。各テレビ局も取材に来ました。相撲は国技であるため、人々の関心も高く、マスメディアも容易に集めることができたのです。

事例から分かるように、もともと認知度が高く、卓越した魅力があれば、マスメディアの注目を集めるのは難しくありません。企業にとってマスメディアを活用した報道効果は、小さくない影響を経営に及ぼします。他方、報道には限界もあります。

報道関係者は、国民の知る権利に応えるために正確に情報を伝えることに努めています。ですが、マスメディア各社は事業の一環として報道しています。特にテレビは「公共の電波」を使用していますが、ビジネスの影響が色濃く現れ、公正な報道を貫けないことが現実として起こっています。実際の体験から、そんな構造的な課題も感じています。

例えば、トヨタ自動車がニュースルームで情報を発信するのは、自社の思い、考えをステークホルダーに迅速かつ正確に伝えるためです。報道による間接的な伝達では、意図が正確に伝わらないことがあります。報道機関は第三者目線なので当たり前のことです。

ここまでインターネットが普及しているので、企業は自らの言葉で、ありのままの姿、等身大の情報を発信することが重要です。ステークホルダーと信頼関係を築くためには、情報の背後にある真実を伝えることが決定的に重要です。ニュースルームでのありのままの情報共有・発信が求められています。

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