#23 見聞なくして、情報発信あらず
こんにちは、荒木洋二です。
◆彼を知り己を知れば、百戦殆うからず
前回のコラムでも言及したとおり、企業・組織にとって情報発信は欠かせません。
それはなぜでしょうか。
企業・組織は単独では存在できません。取り巻く関係者たちと共に価値を生み出し続けることによってしか、存在できません。共に価値を生み出したいと思える相手と関係を築くためには、自らの存在そのものを知ってもらわなければなりません。知らなければ、選びようもない、つまり関係が何も始まりません。相手が知らないということは、その相手にとって自らは存在していないに等しいということです。
だから、知ってもらうためには情報を発信しなければなりません。知らせることから、全てが始まるといえるでしょう。知らせること、伝えることがどれほど大切か。企業・組織にとって、情報発信は逃れられない宿命といえます。
しかし、ここで立ち止まって、もう少し掘り下げて考えてみましょう。
古代中国の書物『孫子』に書かれている故事成語を、一つ紹介します。
「彼を知り己を知れば、百戦殆うからず」
相手の状態や情勢と、自らの状態や情勢を知りつくせば、何度戦っても勝てる、という意味です。日本では「彼を」の箇所を「敵を」としていることが多いようです。
何を言いたいかというと、知らせる前、伝える前にすべきことがあります。まず、相手と自らのことをしっかりと知るべきです。知らせる前に知るべきです。
では、「彼」とは誰でしょうか。企業・組織にとって「己」とは何でしょうか。
筆者は前回のコラムで述べた「内外」と同様に捉えています。「彼」とは未来の利害関係者たちです。それぞれが各市場で現存しているが、まだ出会っていない、あるいは出会ったが、まだ関係者になっていない者たちが、「未来の利害関係者」です。利害関係者とは、経営者・社員に始まり、顧客、取引先・パートナー、株主・金融機関、(地域)社会(住民・行政)などのことです。
「己」とは経営者や社員という社内だけでなく、利害関係者を含めます。価値を共に生み出している関係者、仲間たちを含め「己」です。つまり、「内=己」、「外=彼」ということです。
◆コミュニケーションの基本
PRとはパブリック・リレーションズの略です。意訳すると、利害関係者との良好な関係を築くことです。良好な関係を築くためには、コミュニケーションは欠かせません。コミュニケーションとは双方向を前提とした行為であり、その基本は次の四つの要素で成り立っています。
・みる
・きく
・考える
・話す
当社では「みる」と「きく」をあえて平仮名にしています。「話す」とは伝えることであり、情報発信です。「みる」と「きく」は情報収集であり、「考える」は論理的思考に基づく情報整理・分析であり、情報創造も含まれます。知らせないと存在していないも同然ですが、伝える前、情報を発信する前に情報を収集することから始めるべきでしょう。
「彼」と「己」を知ることから始めよう、ということです。知らなければ、何をどうやって伝えればいいのかが見えてきません。自らの真意、思い、実態を正しく伝えられません。伝わるように伝えられないということです。
「彼」と「己」を知るためには情報を収集するしかありません。その姿や振る舞いを、しっかりと「みる」こと、その声を、ときには声に出せない声までをしっかりと「きく」ことが欠かせません。
「みる」と「きく」とは、次のとおりです。
・みる:見る=見学 視る=視察 観る=観察 診る=診断
・きく:聞く=ただ単に「きく」 聴く=注意深く(身を入れて)、あるいは進んで耳を傾ける
(NHK放送文化研究所「放送現場の疑問・視聴者の疑問」より)
つまり、自らの「目」と「耳」で「彼」と「己」の事実を確かめることです。
◆虫の目、鳥の目、魚の目
目で事実を確かめるために、どんなことに取り組めばいいのでしょうか。
マーケティング担当者であれば、よく耳にする言葉があります。マーケティングには三つの目、「虫の目、鳥の目、魚の目」が必要だ、ということです。三つの目とは次のとおりです。
・虫の目:「ミクロ=現場・現物・現実」を見学・視察する
細かく複眼で観察する(行動観察)
・鳥の目:「マクロ=全体」を鳥瞰する
・魚の目:「トレンド=潮流・動向」を読む
マーケティングとは、市場と関わる行為の全てを指します。市場とは、商品市場だけでなく、株式市場、金融市場、採用(労働)市場などがあります。市場に存在しているのは、「未来の利害関係者」です。市場とは、業界と表現することもあれば、大きくは経済環境、社会環境、自然環境ともいえます。
「虫の目」の活動として、興味深いのが「エスノグラフィ」です。エスノグラフィとは、約10年前に話題になったマーケティング用語です。「行動観察」と訳されました。当時、大阪ガスが大阪ガス行動観察研究所を設立し、松波晴人氏(当時所長)を中心にプロジェクトをいくつか推進していました。
100以上にわたる行動をチェック項目として設定し、個々人の行動をつぶさに観察します。そうすることで本人も気付いていない欲求や要望を洞察していきます。例えば、主婦数人を対象に行動を観察して、共通する欲求や要望をあぶり出し、そこから得られた知見をもとにCMのメッセージを決めたりしました。あるいは書店を訪れる人たちの動きを事細かく観察した成果をもとに、ビジネス誌の配置や見せ方を変え、販売増加につなげた事例もありました。
インターネットの世界でも、日々、多くの企業がGoogleアナリティクスを利用し、ウェブサイトを訪れた人の行動を細かく分析しています。これも「虫の目」の一つです。
「鳥の目」でいいますと、代表的なものは統計でしょう。「政府統計の総合窓口」では、日本全体を鳥瞰できる多種多様なデータがあふれています。それ以外では民間のシンクタンクや調査会社が定期的に実施する調査結果も見るべき点が多くあります。これらの調査結果からは、各業界や市場全体を鳥瞰したり、「魚の目」として将来の動向を知ることもできます。
定量調査では、一定数の質問項目に回答してもらいます。調査とは、問いかけに対する回答を聞くという行為です。グループインタビューでは、数人を集め、モデレーターが質問を投げかけ、参加者の回答に真摯に耳を傾けます。そこから参加者の心理や要望を探り出します。
未来の利害関係をよく知るためには、三つの目と、耳で事実を確かめていかなくてはなりません。
◆自ら見聞することで見える化できる
最も身近な関係者が利害関係者です。共に価値を生み出し続けている仲間といえます。彼らは心理的にはすぐ目の前にいる存在です。
利害関係者の事実、実態を自らの目と耳で確かめるためには、どうしたらいいのでしょうか。
やるべきことは二つです。向き合うことと、取材することです。
・向き合う
向き合うということは、逃げずに目を逸らさずに正面から相対するということです。社員の不満や不安と向き合い、顧客のクレームや要望に向き合うのです。社会からの要請を正面から受け止めることです。
だから、昔でいえば、社員が直接意見できる「目安箱」が設置されていました。今では内部通報窓口を設置する企業も徐々に増えています。
顧客に対しては顧客相談窓口を設けています。逃げずに顧客からの声に、真摯に耳を傾けることで見えてくることがあります。だからクレームは宝の山なのです。ここから気付きが生まれ、新たなアイデアが生まれてくるのです。
・取材する
利害関係者はわが社の物語の重要な登場人物です。彼らの姿と振る舞いを正面から見つめ、その声を、真意を聴き出すのが取材です。各利害関係者が生きている場所こそが、現場・現物・現実です。
その場に出向き、彼らの行動を取材するのです。開発の現場、営業の現場、採用の現場で誰がどんなことに取り組んでいるのか、何を考え、何をしてきたのかを取材するのです。顧客がどんな体験をしているのか、何を思い、何を感じているのかを取材するのです。
そうして見聞した一つ一つのことを文章や写真、動画などを駆使して見える化します。見える化することで、初めて情報発信できる前提、最低限の態勢が整います。
「彼」と「己」を知ることなくして、何も伝えられません。どんな情報を発信したら伝わるのか、その答えが見えてくるはすがありません。
・自ら見聞することなくして、情報発信はあらず。
このことを肝に銘じ、各部署がバラバラに動くのではなく一体となって、軸のぶれないコミュニケーションを推進していくことが肝要なのです。