#22 表・裏を内外に伝える

こんにちは、荒木洋二です。

◆平賀源内と「土用の丑の日」

筆者が広報PRに携わるようになってから、来月で丸24年。当時所属していたPR会社に新しい社長が就任したのが、確か21年前。彼は大手広告代理店の元営業部長。営業一筋で歩んできた彼から聞いた話で、今も鮮明に覚えていることが一つあります。

日本で初めての広告は何だったのか。それはうなぎ屋の「本日、土用の丑の日」という看板だった、という話です。幕末、うなぎ屋が夏場にうなぎが売れないことを悩み、平賀源内に相談しました。彼は有名な江戸時代の蘭学者。打開策として提案したのが土用の丑の日の看板だった、と言われています。

まだマスメディアが発達していない時代。看板を使って往来する人々にうなぎ屋の存在を伝え、秀逸な企画で人々の記憶に残るような告知を行ったのです。

最も古い、この告知方法は今もなお続いています。現在ではアウトドアメディア(屋外)広告といわれています。街に出かければ、駅では駅看板広告、駅貼りポスターが、電車の中では中吊りやドア横・ドア上、窓上、ビジョン(液晶・デジタルサイネージ)が広告スペースとして活躍しています。街を歩けば大型ビジョン、各店舗の入り口や壁など、道路を走ればビルの屋上やビル看板など、企業を中心とした広告があふれています。

広告代理店の博報堂DYメディアパートナーズが運営するメディア環境研究所は、「メディア定点調査」を毎年実施しています。同調査を見ると、インターネット全盛の現代でもアウトドアメディア広告は一定の効果を上げています。広告の主な役割は認知の獲得です。まず、知ってもらわないと話になりませんので、とにかくありとあらゆる機会に、いつでもどこででも人々の目にとまるよう、記憶に残るように広告を出しています。

◆情報発信は組織の宿命

人生は選択の連続です。人々はどんな立場であれ、どんな状況であれ、常にさまざまな可能性があるであろう、数多くの選択肢の中で何かを選びながら生きています。日常生活のほんの些細なことから、就活や転職、結婚など、これからの人生を決める重要なことに至るまで何かを選択しながら生きています。

例えば、きょうのランチをどうするかでも選択肢を挙げ、そこから選んでいます。誰と食べるのか、定食屋に入るのか、コンビニに行くのか。コンビニを選んだとして、そこで何を買うのか。飲み物はコーヒーにするのか、水にするのか。水にしたとして、アルプスの天然水、エビアン、いろはす、どれにするのか。主食は、弁当、おにぎり、パン、サンドウィッチなど、どれにするのか。常に何かを選んでいます。

知らないということは選択肢にさえ挙がらない、という厳然たる事実があります。だから知ってもらうために、認知を獲得するために企業・組織は情報を発信します。ありとあらゆる方法を駆使して情報を発信し続けます。

ここで当たり前のことを確認しましょう。どんな企業や組織も、あるいはどんな商品やサービスも、それを知らない人たちにとっては存在していないに等しいといえます。

つまり、「知らない = 存在していない」ということです。

どんな人も知らない企業は選びませんし、知らない商品も選びません。存在そのものを知らないのですから、選ばれるはずがありません。だから、企業・組織はすべからく情報を発信します。優秀な社員を採用できるように、優良顧客を獲得できるように、安定した株主に出会えるように情報を発信し続けています。情報発信は経営の根幹を担う重要な機能なのです。

情報発信は組織にとって逃れようのない宿命だということです。

◆表舞台と舞台裏

では、企業や組織は何を、どんな情報を発信すればいいのでしょうか。答えは、当コラムの第15回で詳説した、表舞台と舞台裏の情報です。この2種類の情報です。表舞台の情報とは次の通りです。

【表舞台
企業の基本情報(社名・設立・所在地・代表者・事業内容・拠点・沿革)
経営者のあいさつ/理念・ビジョン/事業・製品・サービスの詳細情報/業績
実績経営戦略/各種経営施策 など

表舞台の情報を発信することで、企業そのものにしろ商品にしろ、その存在を知らせることはできます。さまざまな場面で何度も表舞台の情報に接することで、記憶に残り、認知されます。

例えば、毎日、電車内の広告で目にする商品があったとします。何度も情報に接する中で記憶に残り、あることをきっかけにインターネットで企業名や商品名を検索します。そこで企業のコーポレートサイトや商品サイトにアクセスし、より多くの情報に触れる中で企業や商品に対する理解が進むでしょう。

つまり、表舞台の情報は認知と理解を獲得するために役立つということです。認知と理解を獲得できたことで、ようやく選択肢に上がるようになります。

しかし、選択肢に上がったとして、数ある企業や商品・サービスの中から選んでもらわなければ、意味がありません。選択という行動をしてもらうためには表舞台の情報だけでは足りません。人々の感情に何らかの影響を与えなければ、行動に結び付きません。情緒が動いてこそ、行動へとつながるのです。

情緒を動かすことができるのが、舞台裏の情報です。

舞台裏の情報とは次の通りです。

【舞台裏】
創業物語/製品などの開発秘話・苦労話/調達・販売など各部門の現場レポート
社員(スタッフ)の失敗談・成長物語/理念・ビジョンを体現したエピソード
顧客体験/取引先やパートナー、株主の声

企業・組織は自らだけで成長することはできません。長期持続、存続、永続できません。経営者・社員に始まり、顧客、取引先、株主、(地域)社会(住民・行政)など、取り巻く関係者たちと共存しています。彼らはわが社、わが組織の物語(ストーリー)に登場する重要な登場人物です。価値を生み出すために欠かせない、仲間たちです。

彼らが何を考え、何を大切にして、何を日々感じているのか。どんな体験をしているのか。彼らのリアルな声、リアルな姿こそ、舞台裏の情報です。これらは人間味あふれる情報です。一つ一つを丁寧に取材し、舞台裏に潜む魅力や価値を、舞台裏にある数々の感情を浮かび上がらせて、伝えるのです。

舞台裏の情報が伝わることで、信頼や共感という情緒が醸成されます。

信頼し共感することで初めて、行動します。選ぶという、行動です。この会社で働きたい、この会社の商品を買いたい、サービスを利用したい、この会社と取引したい、投資したい。さまざまな行動を生み出す原動力が育まれます。

◆内外に伝える

では、表舞台と舞台裏の情報を誰に伝えるのでしょうか。

それは内外に伝えればいいのです。では、内外とは何でしょうか。

「内」とは社内という意味ではありません。価値を共に生み出す関係者たち、すなわち身近にいる、利害関係者たちは「内」です。企業・組織を中心に描いた円内、圏内に入っています。経営者・社員に始まり、顧客、取引先、株主、(地域)社会(住民・行政)は企業そのものと言っても過言ではありません。

「外」とは、当コラムの第19回で言及した「未来の利害関係者」のことです。それぞれの市場に存在している、まだ出会っていない関係者たちです。

トヨタ自動車のニュースルームには、フッターにメールアドレスを登録できる窓口があります。誰でもメールアドレスのみ登録すれば、報道関係者と同じタイミングでトヨタに関する最新のニュースや情報がメールで届きます。筆者は株主でもなければ、トヨタの自動車にも乗っていません。ユーザーではありません。取引先でもありません。にも関わらず、「メールアドレス登録」という、わずかな関係を持っただけで分け隔てなく、同時に全ての情報を受信できます。

昨年4月にはNTTとの資本提携の記者発表会をオンラインでリアルで全て閲覧できました。記者との質疑応答に至るまで全て公開していました。昨年11月の中間決算も、筆者は時間が合わず、閲覧できませんでしたが、公開していました。

テレビCMで有名な『トヨタイムズ』の最新情報もメールで送られてきます。俳優の香川照之氏が出演していることから、商業コーマシャルそのものという認識を持っている人も多いかもしれません。テレビCMは広告の横綱。まさに表舞台の情報を発信しています。そこでは事実を膨らませてイメージを強く訴える手法が用いられています。

しかし、『トヨタイムズ』の情報は舞台裏の情報そのものです。新車ヤリスの発売がなぜ、延期になったのか。最近、地鎮祭が行われたコンパクトシティ構想を立ち上げるまでにどんな経緯があって、豊田社長が工場の社員たちに当時何を語っていたのか。そんな情報があふれています。トヨタはテレビCMを契機に舞台裏の情報を伝えようとしているのだと筆者は理解しています。

今やインターネットの普及によって、情報発信ツールは次から次へと生まれています。私たちは流行に惑わされたり、振り回されたりせずに本質を見極めていく必要があります。

企業・組織は何のために情報を発信するのでしょうか。それは選ばれるためです。選ばれ続けるためです。選ばれ続けるために、自ら伝えるのです。

何を伝えればいいのか。それは表舞台と舞台裏の情報です。

これらの情報を誰に伝えればいいのか。企業・組織の内外に伝えればいいのです。

表・裏を内外に伝える。

非常にシンプルですが、これこそが情報発信の本質です。本質を見失わず、伝える相手に適した情報発信ツールを選択し、組み合わせて伝えていくことが大切なのです。

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