広報PRコラム#34 ブランディングの鍵は「舞台裏」にあり(6)

こんにちは、荒木洋二です。

◆「舞台裏」が体感できる工場見学

前回のコラムでもセミナーに参加した大学生の感想を紹介しましたが、再掲します。

「表舞台と舞台裏の話は面白かったです。現在、選考を受けている中で、表舞台(就活サイト・新聞・CM)で企業の存在を知り、舞台裏(座談会・工場見学・ニュースルーム・交流会)で共感していく流れは実体験として経験しています。事実、オンライン選考の中では特に、舞台裏を多く提供している会社に惹かれていきました」。

就活でも「舞台裏」が鍵を握るということです。「工場見学」はまさしく製造業の「舞台裏」そのものです。どうやって製品が作られているのか。例えば、どんな装置が配備され、どんな原料が使われ、どんな過程を経て、製品となるのか。工場を訪れ、社員の説明を直接聞き、施設内を歩きながら一つ一つを体感していくのです。工場見学で思い出したことがあります。筆者は神奈川県横浜市に20年在住しています。一男二女に恵まれ、子どもたちはいずれも同市内の公立小学校に通っていました。確か小学4年生の時に横浜市鶴見区にある森永製菓の鶴見工場を、授業の一環として社会科見学で3人とも訪れています。同工場では「ハイチュウ」というお菓子を製造しています。筆者の妻が鮮明に覚えていたことがありました。長男が見学に行ってから、すっかり「ハイチュウ」のファンになったのです。どうやって作られているのかを熱心に解説していたそうです。筆者もそんな長男の姿が記憶にあります。当時、しばらくの間、わが家では「ハイチュウ」が常備されていました。人は「舞台裏」に触れるとファンになるということです。

◆森永製菓の工場見学

今回のことを機に改めて、森永製菓のウェブサイトにアクセスしてみたところ、「工場見学」ページが設けられていました。同ページには次のとおり、書かれていました。「お菓子づくりの現場から『ものづくり』を学ぶ森永製菓では、教育活動にもさまざまな支援を行なっています。製造工場の見学は小中学生の課外授業の場に加え、地域の子ども会や親子見学の方々にも幅広くご来場いただいています」(原文のママ)。子どもが楽しみながら理解できるように「バーチャル工場見学」ページも開設されていました。アニメのキャラクター4人がそれぞれ、「キャラメル」「チョコレート」「ビスケット、クッキー」「アイスクリーム」が出来上がるまでを解説しています。さらに次の4分野についても写真とアニメのキャラクターを駆使して、丁寧に説明しています。

・お菓子はなにからつくられる?
・どこでつくってるの?
・働く人たち
・お菓子がお店にならぶまで

子どもたちに「わが社を知ってほしい」「ファンになってほしい」という思いが詰まったウェブサイトです。そのために子どもたちが親しみやすいアニメを使いながら、しっかりと理解できるように工夫しています。原料に始まり、工場、働く人、流通からお店まで「舞台裏」を一つ一つ丁寧に表現しています。世界に向けて販売していることも記されています。

◆工場見学を動画で疑似体験

わが子たちが訪れた鶴見工場はどうかというと、現在工事中のため見学を休止しています。そこで動画がないものかとインターネットで検索したところ、発見しました。「ハイチュウキング」なる、ゆるキャラ(?)が鶴見工場を見学する動画です。

・ハイチュウキング:第5話「ハイチュウキング森永鶴見工場見学前編」の巻(7分20秒)
・ハイチュウキング:第6話「ハイチュウキング森永鶴見工場見学後編」の巻(4分58秒)

いずれも2009年の配信で約12年前の動画でした。視聴したところ、こちらも丁寧に制作されており、テロップの漢字には全てふりがなが振ってありました。
同工場では「1年中、温度・湿度が一定に保たれて出荷まで保管」されます。「ここには全部で約1,300万個のハイチュウが保管できて、1日1個ずつ食べても約3万4,000年分もある」と実際の工場動画とともに説明されていました。「横につなげると北海道から鹿児島まで長さがある」というから、桁外れな膨大な量が保管されていることが容易に想像できます。

筆者は「舞台裏」に関心があり視聴したので、もともとバイアスがかかっているかもしれませんが、興味深い内容でした。ただ、このハイチュウキングが子どもたちに好かれたり面白がられたりするかどうか。子どもにうけなかったのか、告知自体をあまりしなかったのか、第5話は5,000回弱、第6話も8,000回弱と再生数は芳しくありません。12年前はまだスマホが普及しておらず、今ほど動画視聴が一般に浸透していなかったことも影響しているのでしょう。

ちなみにメディア環境研究所(博報堂DYメディアパートナーズ)の最新調査結果「メディア定点調査2021」によると、2010年のスマホ所有率(東京)はわずか9.8%です。対して2021年は94.7%。10年、早過ぎたのでしょうか。現在、同社の公式YouTubeチャンネルは登録者数が3.52万人です。公式チャンネルを開設したのが、12年前です。同チャンネルを見る限り、ハイチュウキングが登場する実験動画が最も古く、続いて前述の工場見学が続きます。現在でもテレビコマーシャルを中心に週に2~5本程度、新しい動画がアップされています。CMが多いこともあり、ほとんどが20秒以内で収まっています。長くても3分程度です。多いと再生数は70万に達することもありますが、少ないと1万未満もちらほら見受けられます。

工場見学の動画はかなり古いこともあってか、「ハイチュウ」専用ページからはリンクされていません。質やトーンが現在の華やかなページに合わないからでしょうか。何のための工事かは分かりませんが、大幅にリニューアルするのであれば、新たに動画を撮影するかもしれません。工場見学に限らず、動画を駆使しながら、どうやって舞台裏を伝えていくのか。今後に期待して、ひそかにウォッチしておくつもりです。

◆老舗企業はどう伝えたか

工場見学と聞いて思い出したことがもう一つあります。6年前に当時第一生命保険に勤めていた知人の紹介で、横浜市神奈川区に本社がある岩井の胡麻油を訪れたことがあります。同社は1857年、安政4年創業の老舗企業です。なんと創業164年です。同社のウェブサイトによれば、「伝統の技を生かし、手間を惜しまず、じっくりと丁寧に胡麻油を搾って」いるといいます。「胡麻を加熱焙煎したあと、圧搾法で油を搾ります。胡麻油の風味・香味は、焙煎の温度と時間が大きく左右し、とても難しい作業のため、経験豊かな匠がしっかりと見守ります。搾油された胡麻油は、粗濾過された後、不純物を取り除くためにタンクで静置され、綿布のフィルターで綺麗に仕上げ濾過をされてから製品と」なるそうです。伝統の製法その歴史を拝見すると、間違いなく日本が誇る老舗の一つだと感じました。長い年月を通して、どれほど大勢の人たちに愛されてきたのか。同社で働く人、製品を購入する人、流通や小売りで関わる人、実に多くの人たちから選ばれ続けてきたからこそ、今まで存続できたに違いありません。

同社の広報担当にお話をうかがったところ、地元の小学生を招いて工場見学を行っているとうれしそうに語られていました。しかし、残念ながら同社のウェブサイトには工場見学実施の事実が、どこにも記載されていません。特定の小学校のみに公開しているだけかもしれませんし、門戸を広く開いたとして対応できる社員を確保できないのかもしれません。どの中小企業も大企業と違い、人材を含む経営資源が圧倒的に不足しているのでしょう。

そこで、ネットで検索したところ、個人のブログでレポートしている記事を二つ見つけました。一つは2013年、もう一つは2016年に書かれた記事です。一般に門戸を開いていないわけではなさそうです。

・2013年のブログ記事(ameblo)
・2016年のブログ記事

日本の企業数の9割以上を占める中小企業の大半は、広報を担う、つまり情報を発信する部署や専門人材を置いていません。同社も担当者はいるのですが、人手が不足しているのでしょう。当コラムで何度も伝えている「表舞台」の情報は掲載されていますが、「舞台裏」の情報はわずかです。「努力の成果」にも結果しか記載されていません。人の息遣いや、ものづくりの情熱があふれる様子が発信できていません。大手であれば、経営資源が豊富ですから森永製菓のようにバーチャル工場見学を開設し、動画で発信することもできます。

現在はインターネットがあまねく広がり、誰もがスマホを所有し、容易に手のひらの中で欲しい情報を入手できる時代です。中小企業がどのようにして、自社の魅力の宝庫であり、価値の源泉である「舞台裏」の情報を見える化できるのか。当社のミッションはここにあります。

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