第3回 トヨタ自動車のニュースルームが示す未来の情報発信の在り方(2)

こんにちは、荒木洋二です。
国内外の各社が展開するニュースルームの中で、最も注目しているのはトヨタ自動車のグローバルニュースルームです。
筆者は英語が得意ではないため、米国企業のニュースルームを事細かく調べて確認したわけではありません。そのため、バイアスがあることは間違いありません。それでも、トヨタ自動車のグローバルニュースルームは先駆けて始めた米国企業よりも何歩も先を歩んでいる、とみています。
新しい時代、その近未来における情報発信の在り方としては理想的な取り組みをしています。あらゆる企業・組織がお手本とすべき仕組みと取り組みに注目しています。筆者がお手本と断言する理由として、特に次の3点が挙げられます。
(1)重要情報の即時(リアルタイム)配信
(2)ステークホルダーファーストの徹底
(3)透明性の飛躍的な向上
今回は(2)について詳説します。
(2)ステークホルダーファーストの徹底
・株主至上主義、売上高至上主義の終焉
2点目として、トヨタはニュースルームの運用においてステークホルダーファーストの姿勢に徹しています。ステークホルダーファーストとは、企業がステークホルダーを第一に考慮して行動する考え方です。デジタル化の進展がこの考え方を強烈に後押ししています。
ステークホルダーとは日本語で利害関係者といいます。具体として社員、顧客、取引先・パートナー、株主・金融機関、地域社会(行政機関・住民)のことを指しています。利益も損害も共有する、影響し合う関係者のことです。ある意味、運命共同体といえます。
現代はステークホルダー資本主義の時代を迎えています。株主至上主義、売上高至上主義は終焉を告げました。これら主義のもとでは企業は持続的な成長を果たすことは不可能です。社会や市場から退場する運命しか待ち受けていません。
・YouTubeチャンネルの「緊急生放送」で社長交代を発表
トヨタにおいて、最も特筆すべき出来事が起こったのは、2023年1月26日のことです。『トヨタイムズ』のYouTube動画チャンネルにおいて、「緊急生放送」として驚くべき発表を行ったのです。
豊田章男社長(当時)が会長に就き、佐藤恒治執行役員(当時)が次期社長に就任する人事を発表しました。従来、大企業・上場企業において社長交代などの重大な発表は、多勢の報道関係者を会場に集めて行うのが常識だったのです。
当然、記者会見に参加できるのは報道関係者だけです。会社の代表が何を語ったのか、生の声をリアルタイムで直接聞くことができるのは報道関係者だけが享受できる特権でもありました。社員を含む、そのほかのステークホルダーはニュースで第一報を知るしかありませんでした。そんな常識を根底から覆してしまったのです。
豊田社長(現会長)は第一声として、「ステークホルダーの皆さまにできるだけ早く正しくお伝えするために急遽こうした場を設定しました」と緊急生放送の趣旨を述べています。
・全てのステークホルダーが記者会見のリアルタイム視聴可能
一部報道や、筆者が属する広報PR界隈では「トヨタがマスメディアの中抜きを始めた」とか、「トヨタが自分たちでメディアを本気で運営する気だ」などと、かなり的外れな見解や意見が飛び交っていました。時代を読み違えています。本質が見えていないのでしょう。
報道関係者を軽んじているわけではないことの証左として、豊田氏のあいさつの直後に、豊田・佐藤・内田(当時会長)の3人が並んだ写真を画面全体に映し、「報道関係者の皆さま、スクリーンショットなどで保存していただけると幸いです」と司会が述べ、30秒間の時間を設けました。
さらに後日(2月13日)、改めて新体制発表の記者会見を大きな会場でのリアルな場を設けて開催したのです。記者たちからの数多くの質問にも真摯に対応していました。このことも報道関係者を軽視していないことの表れだった、といえます。
実はステークホルダーファーストの姿勢は、この記者会見でも明らかでした。メールアラート登録者には予めこの記者会見をリアルタイムで配信することを告知していたのです。事実、筆者もこの会見をリアルタイムで視聴しました。記者との質疑応答まで全てオープンにしていたのです。
・メディアファーストからの転換
先述したとおり、従来は報道関係者しか知り得ない特別な場が記者会見でした。それを包み隠すことなく、(編集されていない)ありのままを見せたのです。
しかもこれが初めてはありません。2020年3月24日、トヨタとNTTの業務資本提携に関する共同記者会見も同様の形式で全てオープンにしていました。筆者はこの時初めて、リアルタイムで記者会見を視聴したのです。新しい時代の到来、未来における理想的な情報発信の在り方を体感できた瞬間でもありました。
情報とは人々の意識・判断・行動に影響を与え、変容を促すものです。企業経営にとって情報がどれほど重要であるのか。それは大多数の経営者が腹落ちしていることです。
その情報発信の領域において、「メディア(プレス)ファーストからステークホルダーファーストへ」と転換する場を体験できたことは、筆者にとっての財産だと誇りに思っています。
次回は、(3)透明性の飛躍的な向上について解説します。