第8回 情報発信の本質は「エモーション × ストーリー」(1)

こんにちは、荒木洋二です。

現代社会は、膨大な情報がネットを中心に目まぐるしく駆け巡っています。経営者や情報発信に従事する者たちは、企業が発信する情報の本流とは何なのか、どんな情報を組み合わせればいいのか。その最適解を日夜、必死に探しています。

その問いをひもとくためのキーワードが、エモーション(感情)とストーリー(物語)です。どんな情報が人々の心を動かし、行動を変えていくのか。
つまり、ニュースルームでどんな情報を共有し、蓄積していけばいいのか。これから何回かに分けて、明らかにします。

◆多様かつ無数の主体による情報発信

情報革命が社会にもたらした影響と変化は計り知れません。情報通信、情報流通の技術が急速に発達し、情報端末は高度に進化し、スマートフォンとして一般に広く普及しました。
個人と企業・組織を取り巻く「情報環境」は、劇的に変化し、今も刻々と変化を続けています。
企業は日々、インターネットを中心にさまざまな情報を発信しています。広報、ブランディング、マーケティング、採用に携わる人たち、外部からそれらを支援する事業者たちが、現場で試行錯誤を繰り返しています。

今やインターネット上では、多様かつ無数の主体が複数のツール(手段)を駆使して、情報を発信しています。特に近年、個人が利用する代表的な手段が、Facebook、Instagram、X、TikTok、YouTube、ポッドキャストなどです。

企業が利用する手段となると、オウンドメディアが広がりを見せています。Wantedly、note、PR TIMESなどのプラットフォームも認知が広がり、一定規模の広がりを見せています。
ここで発信手段ではなく、情報の中身に焦点を当てます。どんな内容が人々の心を動かしているのかを確認してみましょう。

◆感性、エモーションで差別化する時代

企業社会において、今や機能で差別化することはごく一部の、頭一つ抜けた業界トップ企業にしかできない芸当になっています。あらゆる業界・領域における商品・サービスでコモディティー化(均質化・同一化)が進展しているからです。どれも似たり寄ったりという状況です。

そんな時代では感性で差別化する以外に企業は生き残ることはできません。ゆえに世界のエリートと呼ばれる人たちは、美的意識を鍛え感性を磨くことに注力していル、といわれています。

ブランドとは機能的価値と情緒的価値によって構成されています。今やブランドとは、企業そのものの価値を表現する際に使われています。つまり企業ブランド確立の鍵は、機能ではなく、情緒・感情面、つまり「エモーション」が握っているのです。
なぜ、ヨーロッパのラグジュアリーブランド(有名高級ブランド)は長きにわたり、その地位を維持し続けていられるのか。その理由も感性的価値、情緒的価値の高さにあることが知られています。ブランド4要素(歴史・土地・人物・技術)を伝え続けてきたから現在の地位を確立できた、といいます。

2020年より、新型コロナウイルス感染症が世界中を席巻。そのコロナ禍で、ルイ・ヴィトンを擁するLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)は、2021年12月期の決算で過去最高を記録しました。このことがそのブランド力の高さや強さを証明しています。

◆情熱やこだわりに触れられるエピソードが感情を動かす

このブランド4要素の中で「人物」と「技術」に焦点を当てると、見えてくるものがあります。人物の何がブランドを左右するのかといえば、それはモノづくりに懸ける「情熱」です。その情熱が技術に対する徹底的な「こだわり」を生み出します。
ラグジュアリーブランドの創業者やその歴史に登場するデザイナーや技術者たちは、語り継がれる多くのエピソードを残しています。そのエピソードを通して、人々は彼らの「情熱」や「こだわり」に触れ、心が動かされます。好意、感嘆、憧れ、信頼などの感情が生まれます。
語り継がれるエピソードが多数存在しているのは、他ならぬブランド企業自身が伝え続けてきたからこそ起き得た現象です。エモーションを突き動かす情報を丁寧に地道に発信し続けてきたのです。
この「人物」と「技術」という2要素だけを見てみても、エモーションがどれだけ企業経営に影響を及ぼすかが分かります。

個人(パーソナル)に焦点を当てたエピソードでは、その個人の体験が語られます。そして、その体験に紐づいた思いや気持ちがつづられています。そんなエピソードには、誰かの心に刻まれる要素がいくつも散りばめられているものです。

◆SNS上にあふれかえるパーソナルなエピソード

私たちは、SNSの普及により容易に「パーソナルなエピソード」に触れることができます。ネット上にはそんな情報があふれています。著名人、あるいは知人や友人の些細なエピソードだったとしても、少しでも琴線に響けば、人々は「いいね」を押します。

時に見知らぬ人のそれにも反応します。「いいね」の多くは、共感の表れです。「笑えた」「泣けた」「好きかも」「心が温まった」「ヤバい」「おもしろい」という感情の表れです。
それら感情が起点となり、「応援したい」「助けたい」「自分も何かできないか」という行動を起こさせることもあります。その好例といえるのがクラウドファンディングです。共感が「支援」という行動へとつながることでプロジェクトが成立しています。

近年、といっても約10年前に新たに生まれた言葉があります。今や定着しているともいえるのが「エモい」です。三省堂は「今年の新語」を毎年発表しています。その「今年の新語2016」で「エモい」は2位に選ばれました。
「emotion(感情)」が由来とされています。心、感情が揺さぶられたり、気持ちをストレートに表現できなかったりしたときに使われる若者コトバです。

◆パーソナルなエピソードが「エモーション(感情)」を動かす

新しい言葉・用語が、マスメディアの報道で登場するようになれば、それは一般に広く認められたことを意味します。「エモい」が2016年の新語に選ばれたということは、おそらく若者たちの間で2015年に入った頃から徐々に使われていたのでしょう。

日経テレコンで「エモい」と記事検索してみると、2015年までは1つもヒットしませんでした。それが新語に選ばれた2016年に30記事、2019年には3桁の137記事、さらに2021年に253、2022年には300を超え、それ以降毎年増え続けています。
日経テレコンとは、日本経済新聞社が運営する日本最大級の記事データベースサービスです。 マスコミ4媒体を中心に750を超える情報源からワンストップで記事を検索・収集できます。

ある一人の人が「エモい」と感じた体験や生活のワンシーンを、言葉や画像としてSNSに投稿します。その言葉や画像を「エモい」と共感した人たちが「いいね」を押し、共有・拡散します。

個々のリアルな体験、そこで感じた思いが人々の心を動かし、揺さぶり、その先の行動へと導いていきます。ここでも強調したいことは、同じです。パーソナルなエピソードが人々の「エモーション」を動かす、という事実です。

次回は、先進的な企業の取り組みから「エモーション」を動かす情報の実際を確認します。

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