第38回 「蓄える」場と「流す」場(12)

こんにちは、荒木洋二です。
今回が当連載「『蓄える』場と『流す』場」の最終回です。
ニュースルームは
広報を、いや経営そのものを変革させる力がある。
その可能性や本質を明らかにしたい。
そんな思いで
当カテゴリー『ニュースルーム・アカデミー』を立ち上げたのが
2025年4月でした。
今回はカテゴリー全体の最終回でもあります。
◆情報発信は、どこへ向かってきたのか
本連載では、「蓄える」場と「流す」場という視点から、企業の情報発信をあらためて捉え直してきました。
振り返れば、情報発信の歴史は紙媒体からウェブへ、そしていま、ニュースルームという考え方へと進化しています。
この変化は、単なる技術革新ではありません。情報の役割そのものが変わったという変化です。
かつて情報は、「知らせるもの」でした。いま情報は、「関係をつくり、育て、蓄積するもの」になっています。
その変化の本質を捉えるために、当連載では以下の観点を順に整理してきました。
・情報発信には「蓄える場」と「流す場」があること
・情報戦略は「目的・対象・内容・手段」の4要素で設計されること
・内容とは、事実・感情・文脈からなる「関係資本の素材」であること
・内容にも「蓄える内容」と「流す内容」の二層があること
最終回となる今回は、これら全てを一つの統合マップとして束ね、経営の視点から情報戦略の正体を明らかにします。
◆情報戦略を「設計図」として捉える
結論から述べましょう。
情報戦略とは、ステークホルダー関係資本をどう設計し、増やしていくかの営みです。
情報戦略を、
「SNSをどう使うか」
「どんなコンテンツを出すか」
といった手段論で捉えた瞬間、その本質は見えなくなります。
必要なのは、構造としての理解です。
ここで、頭の中に一つの図を思い浮かべてほしいのです。
◆統合マップの言語化
まず、中心にあるのが
ニュースルームです。
ニュースルームとは、
単なるオウンドメディアではありません。
企業とステークホルダーの間で生まれた
事実・感情・文脈を蓄積する「母艦」なのです。

ここには、社員の体験、顧客の声、
パートナーとの共創、地域との関係性といった
「関係の記録」 が集まってくるのです。
次に、その周囲に配置されるのが
SNS、メルマガ、広告、プレスリリースなどの
「流す場」です。
これらは、ニュースルームに蓄積された内容を
切り出し、要約し、外へ届けるための装置です。
流す場は、価値を「つくる」場所ではありません。
価値を接続し、循環させるための場です。
さらにその外側に、
五角形として配置されるのが
ステークホルダーです。
社員、顧客、取引先・パートナー、株主、地域社会。
企業は、これらの存在と切り離されては存在できません。
そして、この全体構造を包み込む円として存在するのが、
SRCF(ステークホルダー関係資本フレームワーク)です。
SRCFは、
関係が生まれ、深まり、循環し、資本として蓄積されていく
そのダイナミクス全体を示す枠組みなのです。
この円の中で、
ニュースルームと流す場、
ステークホルダーとの関係性が循環し続けます。
最後に、このマップの各所には
「目的・対象・内容・手段」という
情報戦略の4要素が重ねられています。
目的:選ばれ続ける関係を築くこと
対象:ステークホルダー(現在と未来)
内容:関係資本の素材(事実・感情・文脈)
手段:蓄える場と流す場
この4要素が、
場ごと・役割ごとに一貫して設計されているかどうか。
それが、情報戦略の成否を分けます。
◆広報DXとは何か──技術ではなく、関係の再設計
ここで、あらためて問い直したいことがあります。
広報DXとは何か。
それは、
新しいツールを導入することでも、
SNS運用を高度化することでもありません。
広報DXの本質は、
ステークホルダーとの関係性を可視化し、再設計することにあるのです。
誰と、どんな関係を築いてきたのか。
どんな感情が蓄積されているのか。
どこに断絶や歪みがあるのか。
それらを見える形で残し、
次の関係づくりに生かしていくのです。
ニュースルームは、
そのための制度資本であり、
企業の記憶装置であり、
未来への設計図でもあります。
制度資本とは、
価値を生み出す仕組み、装置のことです。
◆経営者へのメッセージ
情報戦略を、
「広報部門の仕事」として切り離した瞬間、
企業は長期的な価値創造の機会を失います。
情報戦略は、経営戦略そのものです。
なぜなら、
企業価値とは、
ステークホルダーとの関係の総和にほかならないからです。
信頼と共感の総量のことです。
どの関係を、
どのように育て、
どのように次世代へ引き継ぐのか。
その設計を担うのが、情報戦略なのです。
◆次の地平へ
本連載は、ここで一区切りとします。
しかし、問いは終わりません。
関係資本が蓄積されたとき、
企業はどのような「人格」を持ち始めるのでしょうか。
次に探求すべきテーマは、
「企業の人格」かもしれません。
情報が関係をつくり、
関係が人格を形づくる。
その先にある世界を、
また別の形で掘り下げていきたいと考えています。
