#16 無形資本は見える化できるのか

こんにちは、荒木洋二です。

◆無形資本とは

近年、世界でも日本でも「見えない資本」が注目を浴びています。モノではなく、見えない資本が成長や価値の源泉となっています。目に見えない資本のことを「無形資本」といいます。会計用語では有形資産との比較から無形資産としています。有形資産とは土地や建物、機械、設備、貨幣などの形がある資産のことです。

ソニーの資産構成を2000年と2018年で比較すると、有形資産の伸び率は0.5倍、対して無形資産は3.6倍(日本経済新聞電子版/2019年12月1日)でした。経済産業省や新聞の報道でも、無形資産の方を使っています。会計用語では資産と資本を明確に分けています。

ただし、本コラムでは無形資本に統一します。欧州では知的資本(intellectual capital)といわれ、1980年代から90年代前半にかけて確立されました。「無形資本=知的資本」として話を進めます。

「資産」ではなく「資本」を使う理由にもう少し触れます。

広報PRは経営に直結する重要な機能の一つです。企業経営の文脈で理由を二つ示します。

1)ソーシャル・キャピタル

世界の経営学の一大潮流として、経営学者から注目を浴びているのがソーシャル・キャピタル(社会関係資本)です。

2)統合報告書

欧米からの流れで、統合報告書(従来のアニュアルレポートとCSR報告書を統合した報告書)を発行する企業が日本でも増えています。同書を作成する際の原則などのフレームワーク(枠組み)を国際統合報告評議会(International Integrated Reporting Council、略称IIRC)が2013年12月に発行しています。同フレームワークでは価値創造のあり方を検討するための概念として、「六つの資本」を提示しました(混乱を避けるため、各資本の詳細については別の機会に説明します)。

このように企業経営の文脈から「資本」としています。そのため、本コラムでは会計用語を基準とした資本と資産の違いには触れません。いったん脇に置いて、読み進めてください。

◆三つの資本

本題に入ります。知的資本とは人的資本、組織資本、関係資本の三つに類型化できます。それぞれについて簡単に説明します。

・人的資本

組織内の個人にひも付く知的資本。組織内の個人が持つ知識、備える技術・能力、行動様式。

組織が提供する人材教育プログラムやキャリア形成システムなどにより、後発的に個人が習得する知識・能力・行動様式を含む。

・組織資本

(個人ではなく)組織が所有する知的資本。組織の変革能力。独自の価値創造メカニズム。コア・コンピタンス(競争優位の源泉)。ソフトウェアや特許などの知的財産。独自の業務プロセス、人材教育プログラム、キャリア形成システム、情報システム。組織文化(風土)。

・関係資本

企業の価値創造のプロセスに関わる知的資本。組織外の利害関係者(ステークホルダー)、つまり顧客、取引先(供給網・販売網)、提携先(企業・大学・研究機関)、株主・金融機関、地域社会、報道機関が持つ能力。相互間の結びつきの強度。長期的利益を生み出す関係。

人的資本を軸、土台として三つの知的資本は相互に影響を与えています。密接に関わっています。例えば、次のとおりです。

・ベテラン技術者の行動様式や成果(人的資本)
  → システムやソフトウェア(組織資本)として普遍化する

・自社の技術・システム(組織資本)と取引先の技術・システム(関係資本)と融合した製品(物的資本)
  → 優良な顧客獲得(関係資本)につながる

◆広報PRで見える化する

今、明らかにしたように知的資本は無形で目に見えません。見えないので何もしなければ、価値があっても誰も明確に認知できません。体験すれば、もちろん価値を感じたり価値が備わったりしますが、それは(組織を含む)個々に内在するもので他者、外部からはうかがいしれません。何も「知らない」ということは、すなわち「存在していない」に等しいといえます。存在していないから、当然見えるはずがありません。

では、どうすればいいのか。

見えるようにするためには、知らせるしかありません。広報PRで無形資本を見える化するのです。それぞれの資本をどう見える化するのか。一つ一つひも解いてみましょう。

広報PRの本質は、表舞台と舞台裏の情報を自ら伝えることです。表舞台の情報とは組織に関わる客観的な事実です。成果であり実績です。舞台裏の情報とは各現場での日々の営みや息遣い、取り巻く関係者の姿や振る舞い、声などです。

・人的資本

表舞台
各専門分野の資格保有者の分布・人数。経営陣、社員の略歴など紹介。

舞台裏
経営者メッセージ。幹部社員のインタビュー・対談。技術者インタビュー。資格取得までの奮闘記。

・組織資本

表舞台
特許などの取得数。人材教育プログラムやキャリア形成システムの概要解説。

舞台裏
独自技術の解説。開発秘話・失敗談。各部署責任者インタビュー。社員研修レポート。社内イベントレポート。

・関係資本

表舞台
実績(顧客数・取引先数・株主数など)。各利害関係者の属性・特長。報道実績。

舞台裏
顧客体験(インタビュー)。取引先インタビュー(対談)。有識者との対談。

これらの情報をまとめて整理して、広報媒体を作ります。印刷媒体や電子媒体、文章や音声、映像(動画)などを駆使して、表現を工夫して、全ての関係者に丁寧に伝え続けるのです。誰にでも、いつでもどこでもはっきりと見えるように、価値を浮かび上がらせるのが広報PRの役割です。

表舞台と舞台裏を伝え続けなければ、情報の渦にあっという間にのみ込まれ、見えなくなってしまいます。魅力や価値が埋もれ、誰にも気付かれなくなります。

そもそもわが組織の無形資本とは何なのか。各利害関係者と真正面から向き合っているのか。組織を取り巻く関係者たちとどんな関係を結んでいるのか。(担当者同士の)個人的な関係で終わっていないのか。自らの魅力や価値はちゃんと伝わっているのか。自らの組織の現状を見つめ直してみてはいかがでしょうか。

米国ではGAFA、日本ではトヨタ自動車が熱心に取り組んでいるのが「ニュースルーム」です。広報専用ウェブサイトのことを一般的に「ニュースルーム」と呼んでいます。ニュースルームこそ、組織の情報、表舞台と舞台裏の全ての情報を集約した場です。その意味で無形資本はニュースルームに現れるといえます。

★参考文献『日本企業の知的資本マネジメント』(中央経済社刊、著:内田恭彦・ヨーラン・ルース)

前の記事へ 次の記事へ