#13 「不正会計と企業統治」第3回 企業の判断は、どこで誤るのか

このノートの考え方については、こちらにまとめています。
ーなぜ私は「社会設計ノート」を書いているのかー
不正会計と企業統治 ― 成長の論理と統治の論理は、なぜ衝突するのか
第3回 企業の判断は、どこで誤るのか
企業不祥事が起きるたびに、私たちは結果として表に出た行為に注目します。
・不適切な会計処理
・開示の遅れ
・説明の不一致
しかし、不正は突然生まれるものではありません。そこに至る手前には、必ず日々の判断の積み重ねがあります。だからこそ今回は、結果としての不正ではなく、その手前にある「判断」に目を向けてみたいと思います。
◆判断はどこで始まるのか
企業の判断というと、私たちはつい、会議室での意思決定や、経営会議の最終判断を思い浮かべます。
けれど実際には、判断はもっと手前から始まっています。
現場の報告をどう受け止めるか。
数字の変化をどう意味づけるか。
異変を問題として共有するか、あるいは様子を見るか。
そうした小さな解釈の連続が、やがて大きな意思決定の方向を形づくっていきます。判断とは、ある瞬間に突然下されるものではなく、日常の中で少しずつ傾いていくものなのだと思います。
◆数字の前にあるもの
企業では、数字が重要です。
売上高、利益、原価、予算、進捗。どれも経営に欠かせない指標です。
しかし、数字はそれ自体で語るわけではありません。
同じ数字でも、ある人は「一時的なズレ」と受け取り、別の人は「深刻な兆候」と受け取るかもしれない。
つまり、数字の前には、必ず人の意味づけがあります。そしてその意味づけは、客観的であるように見えて、実際には組織の空気や、その時々の期待や恐れに大きく影響されます。
企業の判断が誤るとき、数字そのものが原因なのではなく、数字にどのような意味を与えたのかが問われているのではないでしょうか。
◆人は何に引っ張られるのか
企業の判断を動かしているのは、論理だけではありません。
期待があります。
恐れがあります。
前例があります。
評価があります。
上司の意向。
組織の空気。
目標未達への圧力。
「ここで止めてはいけない」という焦り。
人は、こうしたものに引っ張られながら判断しています。
それは必ずしも悪意ではありません。
むしろ多くの場合、
・組織を守りたい
・期待に応えたい
・問題を大きくしたくない
という一見もっともらしい感情の中で起きます。
だからこそ厄介です。明らかな不正よりも、善意や責任感に似た感情の方が、かえって判断を歪めることがあるからです。
◆誤りは突然生まれない
不正は、ある日突然始まるわけではありません。
最初は小さな解釈です。
次に小さな先送りです。
そして、その場を収めるための小さな調整が加わる。
その一つひとつは、単体で見れば大きな問題に見えないかもしれません。しかし、それが積み重なると、やがて引き返しにくい状態になります。
「ここまで来たのだから」
「今さら戻れない」
「次で整えればいい」
こうした感覚が、誤りを固定化していきます。
つまり不正とは、最初から不正として始まるのではなく、修正されない小さな判断の連続として進んでいくのです。
◆正しさが歪む瞬間
ここで難しいのは、判断を歪めるものが、必ずしも露骨な悪意ではないことです。
むしろ、
「会社のため」
「社員のため」
「市場に余計な不安を与えないため」
といった正しさの言葉の中で、判断は少しずつ歪んでいきます。
本来は立ち止まるべき局面で、前に進む理由ばかりが増えていく。そのとき組織の中では、異論を言うことが難しくなり、迷いを言葉にする余地も減っていきます。
判断が誤るとは、知識が足りないことだけではありません。
迷いを出せないこと。
揺れを共有できないこと。
そのこと自体が、大きな誤りの始まりなのかもしれません。
◆判断を支配する空気
企業は制度で動いているように見えます。
けれど現実には、制度だけでは説明できないものがあります。
それが、組織の空気です。
何を言ってよいのか。
何を言いにくいのか。
どこまでが問題として扱われるのか。
誰の言葉が重く、誰の違和感が流されるのか。
こうした空気は規程には書かれません。しかし現場の判断には大きく影響します。制度が整っていても不正が起きるのは、制度の外側に、こうした空気の領域があるからです。そして企業統治を考えるとき、本当に難しいのは、この見えにくい領域にどう向き合うかです。
◆制度の外にある圧力
さらに企業の判断は、組織の内側だけで完結しているわけでもありません。
市場の期待。
株価への意識。
成長の物語。
名経営者という評価。
そうした外からの圧力もまた、組織の判断に入り込んできます。
企業は、社内の制度だけで動いているのではない。市場や報道が作り出す期待の中でも動いています。だから、判断を誤らせる要因は企業内部だけを見ていても十分には見えてきません。
制度の内側と外側、その両方から圧力がかかる中で、企業は日々判断している。その現実を見なければ、不正の手前で何が起きているのかは分からないのだと思います。
◆次に考えるべきこと
企業の判断は、どこで誤るのか。
ここまで考えてきて、私は一つのことを感じています。判断の誤りは、制度の不足だけでは説明できない。かといって、個人の資質だけに還元することもできない。
そこには、制度、空気、期待、評価、感情が重なり合う複雑な構造があります。
では、その構造の外側から、企業に最も強い影響を与えているものは何なのでしょうか。
次回は、市場は企業を正しく評価しているのかという視点から、企業の外側にある圧力について考えてみたいと思います。
評論としてではなく、私自身の迷いと判断の履歴として、ここに残していこうと思います。
