SRCF理論:第9回 ステークホルダー重層構造の時代

こんにちは、荒木洋二です。

SRCF(ステークホルダー関係資本フレームワーク)とは、企業とステークホルダーの間に形成される「関係」を資本として捉え、感情・物語・制度・歴史といった無形要素の動的循環を可視化する理論です。企業と社会を長期で読み解くための、新しい「レンズ」です。

Ⅰ.導入|ステークホルダーは、本当に分けられるのか

1.顧客は顧客、社員は社員なのか

企業は、ステークホルダーを分類します。

顧客。
社員。
株主。
取引先。
地域社会。
メディア。

経営や広報を考えるうえで、分類すること自体に問題はありません。

誰に、何を伝えるのか。
誰と、どのような関係を築くのか。

整理するためには、分類が必要です。

しかし現実の人間は、それほどきれいに分けられません。

社員が、自社の商品を買うことがあります。
顧客が、その企業の株主になることがあります。
取引先の社員が、その企業の商品を愛用していることがあります。
地域住民が、社員や顧客でもあることがあります。

一人の人が、同時に複数の立場を持っている。

これが、現在のステークホルダーの姿です。

2.一つの関係で生まれた感情は、そこで止まらない

例えば、一人の社員が自社の商品を愛用しているとします。

その人は、社員であると同時に顧客です。

会社の判断に誇りを感じれば、その感情は社員としての関係だけに残るとは限りません。

商品への愛着が強くなるかもしれない。
家族や知人に薦めるかもしれない。
株式を購入するかもしれない。

反対に、会社の判断に強い失望を感じれば、その感情が顧客としての行動にも影響することがあります。

一つの関係で生まれた感情が、別の関係へ移る。

ステークホルダーを一つの種別だけで捉えていると、この動きが見えません。

Ⅱ.「企業対ステークホルダー」だけでは捉えきれない

3.企業を中心に置いた関係図の限界

従来、企業とステークホルダーの関係は、企業を中心に描かれることが多くありました。

中心に企業がある。

その周囲に、

顧客。
社員。
株主。
取引先。
地域社会。

それぞれが配置され、企業と線で結ばれる。

分かりやすい図です。

しかし、この図では、ステークホルダー同士の関係が見えません。

顧客と社員が話す。
社員と地域住民がつながる。
取引先と顧客が同じ場に参加する。
株主がSNSで社員の発信を読む。

実際の社会では、企業を介さず、ステークホルダー同士が直接つながっています。

企業だけが、関係の中心ではないのです。

4.企業が知らない場所でも、関係は動いている

企業が把握していない場所でも、ステークホルダーは企業について話しています。

職場で。
家庭で。
地域で。
SNSで。
コミュニティで。

そこで、

「あの会社は、こういう会社らしい」
「あの対応はよかった」
「あの出来事は少し引っかかった」

といった感情や意味づけが共有されます。

企業から直接発信された情報だけで、企業の意味が決まるわけではありません。

ステークホルダー同士の相互作用の中でも、企業の意味はつくられていきます。

企業が発信していない場所でも、企業との関係は動いているのです。

Ⅲ.SRCFが捉える「ステークホルダー重層構造」

5.重層構造とは何か

SRCFでは、一人の人が複数のステークホルダーとしての立場を持ち、それぞれの関係が相互に影響し合う状態を「ステークホルダー重層構造」と捉えます。

単に、ステークホルダーの種類が増えたという意味ではありません。

一人の中に、複数の関係が重なっている。

さらに、その一人が別の人とつながることで、関係が横にも広がっていく。

縦にも、横にも、関係が重なります。

その中を、感情や意味が移動します。

これが、ステークホルダー重層構造です。

6.関係の「経路」が増えている

企業と顧客だけの関係であれば、関係の経路は比較的単純です。

企業から顧客へ。
顧客から企業へ。

しかし、重層構造では違います。

企業から社員へ。
社員から顧客へ。
顧客から地域へ。
地域から別の社員へ。
そこから再び企業へ。

関係の経路が増えます。

しかも、その経路を企業がすべて設計しているわけではありません。

誰と誰がつながるのか。
どこで感情が共有されるのか。
どの意味が広がるのか。

企業には予測できない動きも生まれます。

だからこそ、企業がすべてを管理しようとする発想では足りなくなります。

Ⅳ.感情と意味は、種別を越えて動く

7.一人の経験が、別のステークホルダーを動かす

ある顧客が、企業から丁寧な対応を受けた。

その出来事は、その顧客だけの経験に見えます。

しかし、その顧客が経験を語れば、別の人の感情が動きます。

その人は、まだ顧客ではないかもしれません。

採用候補者かもしれない。
取引先候補かもしれない。
地域住民かもしれない。
株主かもしれない。

一人の経験が、まだ企業と直接の関係を持っていない人に届く。

そして、

「こういう会社なら信頼できるかもしれない」

という意味づけが生まれる。

企業と一人の顧客との関係が、別のステークホルダーとの関係の起点になるのです。

8.負の感情も、同じように越境する

もちろん、広がるのは好意だけではありません。

不満。
失望。
怒り。
違和感。

こうした感情も、種別を越えて動きます。

顧客への不誠実な対応を社員が知り、会社への誇りを失うことがあります。

社員への不適切な対応を顧客が知り、商品を買うことをためらうことがあります。

取引先への姿勢が社会に知られ、企業そのものへの評価が変わることもあります。

「それは顧客対応の問題です」
「それは人事の問題です」
「それは取引先との問題です」

企業内部では分けることができても、ステークホルダーの感情は、その境界線どおりには動きません。

一つの関係の傷が、別の関係を傷つけることがあります。

Ⅴ.重層構造の中で、関係資本はどう変わるのか

9.関係資本は、一対一では蓄積されない

第6回では、関係資本を、企業とステークホルダーのあいだに蓄積された、継続・協働・再接続を可能にする関係の力と定義しました。

しかし、重層構造で考えると、関係資本は一対一の関係だけでは完結しません。

ある顧客との良い関係が、社員の誇りになる。
社員の誇りが、採用候補者の共感につながる。
地域との関係が、取引先の信頼につながる。

一つの関係資本が、別の関係資本を支えることがあります。

逆もあります。

一つの関係が崩れ、それまで別の場所で積み上げてきた信頼まで揺らぐ。

関係資本は、それぞれ孤立して蓄積されるものではありません。

重なり合いながら、増幅もすれば、毀損もするのです。

10.「誰と関係があるか」だけでは足りない

これから企業が見るべきなのは、ステークホルダーの数だけではありません。

誰と関係があるのか。

それに加えて、

どのような経路でつながっているのか。
一人が、どのような複数の立場を持っているのか。
どのような関わり方が可能なのか。
その関係が、どのくらいの時間続いているのか。

関係の経路。
関与形態の多様性。
接続可能性。
時間的持続。

こうしたものまで見なければ、現代の関係資本は捉えきれません。

ステークホルダーを分類するだけではなく、関係そのものの構造を見る必要があります。

Ⅵ.ニュースルームと重層構造

11.一つの関係の履歴を、別の関係へ開く

第7回で、ニュースルームは企業とステークホルダーの応答の履歴を残す制度だと述べました。

重層構造の視点から見ると、もう一つ重要な役割が見えてきます。

一つの関係の履歴を、別のステークホルダーへ開くことです。

顧客との対話を、社員が読む。
社員の判断を、取引先が読む。
地域との取り組みを、顧客が読む。
取引先との協働を、採用候補者が読む。

それぞれ本来は別の関係です。

しかしニュースルーム上では、同じ場に蓄積されます。

一つの関係の履歴が、別の関係と出会います。

そこで感情が揺れ、意味がつながります。

12.関係は、重なりながら企業の輪郭をつくる

一つの記事だけでは、企業の全体像は見えません。

しかし、

顧客との関係。
社員との関係。
取引先との関係。
地域との関係。

それぞれの履歴が蓄積されると、少しずつ輪郭が浮かび上がります。

この会社は、顧客だけを大切にしているわけではない。
社員にも、取引先にも、地域にも、同じ態度で向き合っている。

あるいは、関係によって態度が違うことが見えてしまうこともあります。

関係の履歴が重なるほど、企業が何を大切にしているかは隠しにくくなります。

だからニュースルームは、企業が自らを美しく説明する場ではありません。

複数の関係の履歴から、企業の姿が浮かび上がる場なのです。

Ⅶ.結び

ステークホルダーは、もう一つの種別には収まりません。

一人の人が複数の立場を持ち、複数の関係を生きています。

そして、一つの関係で生まれた感情や意味は、別の関係へ移っていきます。

関係は重なり、つながり、影響し合う。

だからこそ、企業はステークホルダーを「分類された相手」として見るだけでは足りません。

誰と誰がつながっているのか。
感情と意味が、どの経路を通って動くのか。
一つの関係が、別の関係に何をもたらしているのか。

その重なりを見る必要があります。

SRCFというレンズで見ると、企業と社会は、一対一の関係の集合ではありません。

関係が幾層にも重なり合うネットワークです。

次回は、そのネットワークの中を感情がどのように伝播し、増幅していくのか。

「デジタルと感情資本ネットワーク」へと進みます。

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