SRCF理論:第11回 五資本の崩壊スパイラルと再生

こんにちは、荒木洋二です。
ステークホルダー関係資本フレームワーク(SRCF)とは、企業とステークホルダーの間に形成される「関係」を資本として捉え、感情・物語・制度・歴史といった無形要素の動的循環を可視化する理論です。企業と社会を長期で読み解くための、新しい「レンズ」です。
Ⅰ.導入|崩れ始めても、日常は続いている
1.形が残っているから、見えにくい
理念は掲げられている。
会議は開かれている。
顧客との取引も、社員の仕事も続いている。
それでも、その内側で何かが失われていることがあります。
会議で意見を求めても、誰も話さない。
顧客の不満は報告されても、対応が変わらない。
取引先は協力してくれるが、以前のような提案はなくなった。
一つ一つを見れば、小さな変化かもしれません。
しかし、それらが重なっているなら、単なる担当者の問題や、一時的な行き違いとして片づけてよいのでしょうか。
形が残っていることと、その働きが保たれていることは違います。
五資本の傷みは、全てがなくなった姿で現れるとは限りません。言葉も、関係も、仕組みも残っているからこそ、変化に気づきにくいのです。
2.一つの傷みが、別の傷みを深くする
説明と実際の対応が食い違う。
不信が生まれる。
不信があるから、率直に話さなくなる。
声が届かなくなると、企業は問題を捉えにくくなります。そのまま判断を重ね、さらに相手を失望させることもあります。
問題が次の問題を生み、その問題によって、最初の問題がいっそう見えにくくなる。
本稿では、こうした悪循環を「五資本の崩壊スパイラル」と捉えます。
五つの資本が、決まった順序で壊れるという意味ではありません。
物語の歪みから始まることもあれば、制度の不備や、一つの関係への不誠実な対応が入口になることもあります。
大切なのは、どれか一つの問題として切り離さず、互いの傷みを深くしていないかを見ることです。
Ⅱ.五資本は、どう傷み合うのか
3.物語が、問いを閉じる言葉になる
例えば、ある企業が「顧客を第一に考える」と掲げているとします。
現場からは、「今の体制では、顧客との約束を守れない」という声が上がる。
それに対して、
「顧客のためなのだから、もう少し頑張ってほしい」
と返す。
同じ「顧客のため」という言葉でも、働きが変わっています。
何を改めるべきかを考える言葉ではなく、現場の問いを止める言葉になっているのです。
第1回で触れた「物語の歪み」は、こうした場面にも現れます。
物語があること自体は、安心材料になりません。
その物語が、現実を見つめるために使われているのか。それとも、現実を見なくて済むように使われているのか。
ここで、物語資本の働きは分かれます。
4.感情は消えず、関わり方が変わる
声を上げた人が、次の会議では何も言わなくなった。
それは、説明に納得したからでしょうか。
「また同じ答えが返ってくる」
「言っても、自分の負担が増えるだけだ」
そう受け止めたのかもしれません。
感情が消えたのではありません。警戒や諦めが、次の関わり方の前提として残っています。
関係にも変化が表れます。
頼まれたことだけをする。
必要な情報だけを伝える。
自分から提案することをやめる。
契約や所属は続いていても、協力しようとする意志まで続いているとは限りません。
取引先が協力したいから応じているのか、それとも断れないから応じているのか。
同じ「関係の継続」でも、その内側は異なります。
5.制度と歴史が、変わらない理由になる
声を受け付ける仕組みがあっても、その声を扱う人に権限がない。
問題を報告するよう求めながら、報告した人の評価が下がる。
こうした食い違いがあるなら、制度は、声を受け止める働きを十分に果たせません。
そこに、過去の成功が重なることもあります。
「このやり方で成長してきた」
「以前の社員は、これで乗り越えた」
「長年の取引先なら、分かってくれる」
歴史が、現在を考える手掛かりではなく、現在の声を退ける理由になる。
制度が変わらず、歴史がそれを正当化し、相手の諦めが深まる。その沈黙を見て、企業は「問題はない」と判断する。
五資本が止まっているだけではありません。
互いに支え合いながら、傷みを見えにくくしてしまうことがあるのです。
Ⅲ.崩壊と、問題の表面化を混同しない
6.批判が増えたから、悪化したとは限らない
反対に、これまで出なかった不満や異論が、表に出始めることもあります。
会議が長くなる。
方針への質問が増える。
以前は聞かなかった経験が語られる。
企業側には、関係が悪くなったように見えるかもしれません。
しかし、「今なら話してもよいかもしれない」と感じた人が、口を開き始めた可能性もあります。
もちろん、批判が増えた理由は、それだけではありません。新たな問題が起きている場合もあります。
だからこそ、声の量だけで判断してはいけません。
何に対する声なのか。
以前からあったのに届かなかったのか。
その声を受けて、何を変える必要があるのか。
怒りや批判があることと、関係が壊れていることは、同じではありません。
静かな状態を取り戻すことだけを目指せば、ようやく届いた声を、再び閉じ込めてしまいます。
7.企業良心は、不都合な問いに向き合うときに試される
第3回では、企業良心を、組織が判断を下す際に最後に立ち戻る基準と捉えました。
その基準が問われるのは、理念に賛同してもらえる場面だけではありません。
自分たちの判断が、誰かを傷つけていたと分かったときです。
何を守ろうとしていたのか。
そのために、誰に負担を引き受けさせていたのか。
いま守ろうとしているのは、相手との関係なのか、それとも自分たちの面目なのか。
良心を掲げ直すだけでは、この問いへの答えにはなりません。
不都合な事実を知ったあと、何を改めるか。
その判断に、企業良心は表れます。
Ⅳ.再生は、何から始まるのか
8.言葉を整える前に、続いている負担を止める
信頼を失ったとき、企業は説明を見直そうとします。
謝罪の言葉を整える。
新しい方針を示す。
発信を増やす。
説明は必要です。しかし、相手がいまも同じ負担を受けているなら、言葉だけを変えても、経験は変わりません。
返事を待たせたまま、誠実さを語る。
無理な条件を残したまま、対等な関係を掲げる。
現場を変えないまま、再出発を宣言する。
それでは、新しい言葉が、次の失望を生むこともあります。
何が起きているのかを確かめ、いまも続く被害や負担に対応する。
再生を語る前に、変えなければならない現実があります。
9.「次から気をつける」で終わらせない
担当者が謝り、経営者が反省を表明する。
そのことに意味はあります。
しかし、同じ判断を促す仕組みが残っていれば、別の人が同じ問題に直面します。
何が評価されていたのか。
誰が無理を引き受けていたのか。
誰に、立ち止まる権限があったのか。
異論を伝えたあと、何が起きていたのか。
個人の姿勢だけでなく、判断を支えていた条件まで見直す必要があります。
社員に誠実さを求めながら、誠実に対応する時間も権限も与えない。
その矛盾を残したままでは、再生を個人の努力に預けることになります。
制度を改めるとは、手順書を増やすことだけではありません。
これまでと違う判断を、実際に選べるようにすることです。
Ⅴ.関係の再生は、企業だけでは決められない
10.「もう一度信じてほしい」は、要求できない
対応を変えた。
仕組みも改めた。
説明も重ねた。
それでも、相手が戻ってこないことはあります。
企業には「ここまで変えた」という思いがあるかもしれません。
しかし、相手には、そこに至るまでに待ち続けた時間があります。何度も伝え、それでも変わらなかった記憶があります。
企業が改善に着手した時点と、相手が関係を見直せる時点は、同じではありません。
謝罪を受け止めることと、再び取引することも別です。
関係資本は、企業だけが所有するものではありません。相手が関わり直すかどうかを、自ら判断できることが欠かせません。
離れるという選択も含めて、相手の判断を尊重する。
それも、関係に向き合う態度です。
11.失敗を、美しい再生物語で覆わない
企業が立て直しを進めると、「あの危機があったから変われた」と語りたくなることがあります。
しかし、当事者にとって、その経験が同じ意味を持つとは限りません。
会社は変わった。
それでも、失った時間は戻らない。
離れた人との関係も、元には戻っていない。
そうした違いまで、成功の物語にまとめてしまってよいのでしょうか。
何を誤ったのか。
何を変えたのか。
何が、まだ解決していないのか。
それぞれを分けて語る必要があります。
過去を消すのでも、永遠にそこへとどまるのでもありません。
同じことを繰り返さないために、何を受け継ぐのか。
歴史資本の立て直しは、過去を美しくすることではなく、過去への向き合い方を変えることから始まります。
Ⅵ.五資本を、どうつなぎ直すのか
12.五つの資本は、同じ速さでは回復しない
制度を改めても、安心がすぐに戻るとは限りません。
対話が再開しても、以前のように協力できるとは限りません。
新しい方針を語っても、過去の言葉を覚えている人は、しばらく距離を置くかもしれません。
五資本の立て直しは、一斉には進みません。
物語は、行動によって確かめられる必要があります。感情は、その行動を相手がどう経験したかによって変わります。
関係を結び直せるかどうかも、その先にあります。
制度は、そうした対応を一度きりで終わらせないために必要です。そして、変わったことも、変えられなかったことも、次の判断を支える歴史になります。
これは、順番どおりに進む工程ではありません。
行動を変えながら説明を見直し、相手の反応を受けて、仕組みも改める。その途中で、過去への理解が変わることもあります。
大切なのは、どれか一つの改善をもって「再生した」と決めないことです。
企業側の改善報告ではなく、相手が実際に経験する変化を確かめ続ける。
そこから、五資本をつなぎ直していきます。
Ⅶ.結び
13.再生は、元に戻ることではない
五資本の崩壊は、全てが失われて初めて分かるものではありません。
理念が問いを閉じる。
沈黙が安心材料になる。
制度が負担を押し付ける。
歴史が変わらない理由になる。
そうした働きに気づいたとき、何を選ぶのか。
SRCFというレンズは、企業を「良い会社」「悪い会社」に分けるためのものではありません。
どこで関係が傷み、その傷みを何が深くしているのか。そして、自分たちのどの判断から変えるのかを見るためのものです。
再生とは、失った信頼が全て戻ることではありません。
失ったものをなかったことにせず、これからの関わり方を選び直すことです。
相手に変化を求める前に、自分たちの判断と行動を変えられるか。
次回は、連載の最終回です。
「SRCFが描く次の経営思想」として、この1年の問いを、これからの経営へつなぎます。
