#18 なぜ、日本の企業社会に広報PRは根付かないのか

こんにちは、荒木 洋二です。

◆企業社会における広報PRの現状

広報とPRは同意語、同義語です。PRはパブリック・リレーションズの略であり、意訳すると、「利害関係者と良好な関係を築く」ことです。

大企業には広報PRを担う部署が設置されています。利害関係者ごとにいくつかの部門に分かれています。報道関係者に対応する部門だけでなく、株主向け広報(IR)や社内報、顧客に対応する部門もあります。総勢100人を超える規模で広報PRに取り組んでいる企業もあります。

では、大企業以外の中小企業や中堅企業ではどうでしょうか。

2016年の「経済センサス活動調査」によると、個人事業主を含む中小企業は全企業数、約385万社の99.7%を占めています。法人格を持った中小企業数となると、個人事業主を除いた48.1%、約185万社あります。さらに従業員数が製造業その他で20人以下、商業・サービス業で5人以下の小規模企業を除くと、14.6%、約56万社となります。

これら中小企業で広報PRの部署を設置している企業はどのくらいあるでしょうか。設置していない企業が大半というのが現状です。比較的歴史の浅いベンチャー企業などでは広報担当者を置いていますが、その場合、担当者一人という場合が多いのではないでしょうか。

中小企業庁が毎年発行する『中小企業白書』を見ても、「広報」という用語は本文中に一切出てきません。つまり、日本の企業社会では広報PRは「市民権」を得ていないということでしょう。

中堅企業でも状況はあまり変わりません。新興市場の上場企業ではIR(株主向け広報)を担う部署は必ずあります。義務だからです。企業規模が大きくなると社内報を発行している会社もあるでしょう。しかし、報道関係者向けに情報を発信していない企業は少なくありません。発信する対象、向き合っている対象(利害関係者)が偏っているのが現状です。

行政機関に目を向けますと、都道府県のみならず市町村など基礎自治体に至るまで「広報課」(あるいは「広報・広聴課」)が設置されています。歴史をひも解いてみると、日本に民主主義を定着させるために連合国総司令部(GHQ)が「PRオフィス」を全国の自治体に設置させたのが、その始まりといわれています。自治体では広報は当たり前のこととして、機能しています。

NPOなどの非営利組織は会員向けに会報誌を定期的に発行しています。NPOは事業報告、決算報告、事業計画の3点を期初に必ず発行しています。法律でも発行することが義務付けられています。

◆なぜ、広報PR担当者がいないのか

なぜ、企業社会では広報PRは根付いていないのでしょうか。

考えられる理由を二つ挙げます。

一つは戦後の産業構造に起因しているとみています。

日本の企業経営は第二次世界大戦後から新たな時代が始まりました。高度経済成長により大量生産・大量消費の時代に入り、主要業界における「ケイレツ(系列)」が競争力の源泉になりました。財閥系商社、銀行、自動車、電機、建設など、各業界で大企業と中小企業の間に日本型の下請け構造が確立したのです。大多数の中小企業は系列の配下にいるだけで成長が約束されていました。社員を家族のように思い、結束していたかもしれませんが、「利害関係者」という概念はなく、自らの価値を、媒体などで文章に起こし、自ら伝える必要性は一切感じていなかったと推測できます。実施していた広報活動があるとすれば、社員数が増えてきた段階で社内報を発行するくらいだったでしょう。

平成に入り、経営の在り方を根底から変えた出来事がありました。「冷戦終えん」と「バブル崩壊」です。平和の配当として、インターネットが登場し、同時にグローバル競争時代へと突入、日本型「ケイレツ」は崩壊しました。

大企業は大企業へと成長していく過程で広報PRに取り組んできました。その大企業のもとで、事業を営んできた中小企業は、全てを大企業に依存するような状態でしたから、自ら広報PRには取り組むことはありませんでした。ケイレツ崩壊後は自ら広報PRに取り組まなければ、競争に勝ち抜くこともできませんし、成長も望めません。

しかし、一切、取り組んできませんでしたので、広報PRという概念を、そもそも何なのかということすら知りません。当然、目的や実務を知る由もなかったのです。知らなければ、実行に移せるはずがありません。

◆目的を履き違えた広報PRが浸透

二つ目の理由は、目的を履き違えた広報PRが企業社会に浸透したからです。

多くの企業人は大企業や有名企業が行う目立つ活動にばかり意識を向けがちです。戦後、日本の企業社会に定着したパブリシティがその最たるものです。パブリシティとは、企業・組織がプレスリリースなどを通して報道関係者に情報を提供した結果、ニュースや記事として報道されることを指します。

前回のコラムでも触れたとおり、顧客向け情報誌や社内報の方が歴史は古いのです。にもかかわらず、今や広報といえば、パブリシティのことを指しています。広報を専門とするPR会社でもその事業内容は主にパブリシティです。大企業が自社の広報部門で対応し切れない案件に関して、マーケティング部署が予算を確保し、商品・サービスの広報をPR会社に発注します。あるいは広告代理店がクライアントから委託された広告予算の中から、パブリシティの仕事をPR会社に振ります。最近ではSNS(インターネット上の交流サイト)の運用を任されることもあります。SNSの運用もあくまでもマーケティングの一環として仕事を受けています。

このように「広報=パブリシティ」が企業社会の現場では浸透しました。広報やPRに関する書籍も出版されていますが、大半はパブリシティに関わることばかりです。大企業の広報部門やPR会社で働く人も概念としては、PRとはパブリック・リレーションズの略であり、「利害関係者と良好な関係を築く」ことであると理解しています。言葉としては知っています。しかし、実務はもっぱらパブリシティに絡むことばかりです。

いつしか目的は報道、つまりメディアでの露出獲得になっているのが現状です。露出されるかどうかを発想や行動の軸に据えています。これははっきり言って、本末転倒と言わざるをえません。

もちろん、報道関係者がニュースにする価値がないと判断すれば、報道されません。記者との信頼関係も重要です。よほどの大企業や有名企業でない限り、そう簡単には報道されません。ですから、報道されることに価値はあります。意味がないとは思っていません。報道されることで顧客などからの信頼は増し、評価も上がります。社員のモチベーション向上にもつながります。

ただ、残念なことにマーケティングの延長線上にあるパブリシティであり、商品を売るための手段の一つとして、その位置で定着してしまっているのが偽らざる実態です。

前述のとおり、大企業では広報PRを担う部署が細分化されています。報道関係者と接する、いわゆる「広報部」に所属していた人が、独立や転職でPR業界で仕事をすることも少なくありません。ここでも彼らはパブリシティを主として動くことになります。

まだ広報PRに取り組んでいない企業に焦点を当ててみます。社員を雇うにしろ、PR会社に外部委託するにしろ、期待することは、実際に取り組むことは、パブリシティなのです。なぜなら、ほとんどの社長が期待していることがパブリシティだからです。しかもパブリシティを「魔法の杖」と勘違いしています。ニュースになれば、テレビで取り上げられれば、「わが社の商品が爆発的に売れるようになる」と夢見ています。

しかし、「魔法の杖」などありません。そんな奇跡のようなことは起こりません。起こったように見えても一過性の現象に過ぎません。インターネットを含め、メディアでは毎日情報が溢れかえり、無数の情報が生活者の目の前を通り過ぎていきます。一度や二度、選ばれたとしても、新しい情報に触れれば、すぐに、いとも簡単に乗り換えてしまうでしょう。

◆広報PRの本来の目的

インターネットの隆盛により、情報発信、コミュニケーションのためのさまざまなプラットフォームが生まれています。相対的にマスメディアの影響力は間違いなく低下の一途をたどっています。SNSは広報そのものです。発信やコミュニケーションのツールとして、プラットフォームがあるだけで本質は広報そのものです。しかし、SNSをマーケティングの一環としてだけ捉え、「魔法の杖」として運用すれば、パブリシティと同じ道をたどるだけです。

広報PRの本質を理解することが大切です。言葉だけでなく、実践が重要です。繰り返します。PRとは「利害関係者と良好な関係を築く」ことです。

利害関係者と信頼と共感で結ばれた関係は、あらゆる営みの力の源です。価値を生み出す、源泉です。激変する経済や社会の荒波にさらされながらも、利害関係者たちから選ばれ続け、価値を生み出し続けるために広報PRを行うのです。

広報PRは何のために行うのか。それは利害関係に選ばれ続けるために、信頼と共感で結ばれた関係を築くために行うのです。

そのために自らの価値を、自ら伝え続けるのです。原点に立ち返り、本来の広報PRの目的に向かって、日々の活動に取り組もうではありませんか。

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