#19 広報PRの守備範囲を考える

こんにちは、荒木洋二です。

◆広報PRとマーケティング

企業社会では外来語、つまりカタカタ用語や英語の略称が現場で多用されています。コンサルタントなどの各専門領域の人たちは言葉の意味を理解していますが、各企業の現場で働く一般の社員・スタッフたちはどうでしょうか。

例をいくつか挙げてみましょう。

略称だとPRやSP、CSR、IR、CRM、LTV、HR、BCPなどがあります。

カタカタ用語だと、マーケティングは30年前も使われていました。ここ10年弱でブランド、ブランディングは中小企業の間でもよく使われるようになりました。最近ですと、大企業やウェブマーケティング領域の事業者たちがよく使う用語として、ペルソナ、インサイト、オウンドメディア、コンテンツ・マーケティング、リファーラル、ナーチャリングが挙げられます。

経営層ではコンプライアンスやガバナンス、リスクマネジメント、あるいはエンゲージメントなど、枚挙にいとまがありません。

先に挙げた用語がそれぞれどんな意味なのか、皆さん説明できますか。

どれほどの人が理解して使っているでしょうか。なかにはわざわざ英語(外来語)を使わなくてもいいのに、と首を傾げてしまうものも見受けられます。

同一の認識のもと、対話がなされているのであれば、仕事は進むでしょう。しかし、意味を深く理解せずに何となく使っているとしたら、仕事が果たして進むのか、甚だ疑問です。

今回は筆者の専門分野である広報PRと、それに非常に近しいマーケティングを取り上げます。それぞれの「守備範囲」はどこまでなのか、そもそもの言葉の意味は何なのかを問いながら、考察を進めます。当コラムでは、広報PRについては毎回のように解説していますので、今回はまずマーケティングについて掘り下げます。その後、両者の守備範囲や関わりについて整理します。

※ちなみにブランドとブランディングについては、当コラムの第4回で解説しています。ぜひご一読ください。

◆マーケティングとは?

マーケティングは経済の成長や、社会の変化とともに進化を遂げてきました。(ここでは詳細に説明しませんが)比較的有名なマーケティング戦略、思考の枠組み(フレームワーク)として「4P分析」や「STP」などがあります。広告もマーケティングの一環として実施するものです。

では、マーケティングは何のために行うのでしょうか。ごく単純な回答をいえば、顧客獲得のためです。有名な米国の経営学者であるピーター・F・ドラッカー博士(故人)の言葉を借りれば、「顧客創造」です。

その前にマーケティングとはそもそも何を意味するのでしょうか。日本語で一言で説明するとどうなるでしょうか。皆さんはどう説明しますか。筆者の経験では「売れる仕組み」という人もいました。

ここで当社の見解を述べます。言葉を分解して考えると、マーケティングとは「Market(市場)」+「ing(現在進行形)」ですから、「市場と関わるあらゆる行為」と解釈しています。

では、そもそも「市場」とは何でしょうか。市場とは、財(商品)・サービスの需要・供給の関係の全般を指します。もう少し簡単に説明すると、売り手と買い手が特定の商品などを取引する場所です。「売り手」である企業と、「買い手」である顧客(対企業・対消費者)が出会う場、接点を持つ場ということです。

例えば、商品別に挙げてみると、医薬品市場や化粧品市場、食品市場、飲料市場、アパレル市場など、産業(業界)別に多数存在します。

◆未来の利害関係者とは?

「売り手と買い手」といっても単純ではありません。企業を起点に、つまり企業を取り巻く環境に焦点を当てて考察を進めると、明らかになることがあります。

一つは、企業は売り手であると同時に買い手でもあるということです。化粧品メーカーであれば、主要な買い手は女性です。しかし、化粧品メーカーは原材料を原材料メーカーから購入して、商品を製造しています。この場合、企業は買い手であり、原材料メーカーが売り手となるのです。原材料の調達先などを取引先とする、市場が同時に存在しているということです。

次に取引するのは商品ばかりではありません。株式(証券)を取引する「株式(証券)市場」や、それ以外の方法で資金を調達する「金融市場」もあります。人材を獲得するための「採用市場(労働市場)」もあります。

このように企業はそれぞれの市場と向き合って、事業を営んでいることが分かります。各市場には不特定多数の個人や組織が存在しています。各市場で望む相手と出会うため、接点を持つためのあらゆる行為はマーケティングの守備範囲ということです。いずれの市場も厳しい競争環境にあって、企業自らが望む相手から選ばれるために行うのがマーケティングなのです。

相手を顧客に限れば、近年、見込み客を獲得することを「リードを獲得する」といいます。リード獲得とは、相手が企業・組織であれば名刺などの情報、個人であれば個人情報を取得することを指します。顧客に限らず、各市場において見込み相手の基本情報を獲得することも、マーケティングの守備範囲です。

企業にとってみれば、各市場での見込み相手はまさに「未来の利害関係者」といえます。

ここでもう一度整理してみます。マーケティングとは、各市場において「未来の利害関係者」を探し、見つけ、選ばれる(利害関係者にする)までのあらゆる行為のことをいいます。各市場において望む相手から選ばれることが、マーケティングの目的ということです。

◆広報PRは選ばれ続けるため

広報PRとマーケティングの守備範囲を考えるうえで、鍵を握るのが「未来の利害関係者」です。どこにいるのかがはっきり分からない、未知の、不特定多数の(出会っていない)個人・組織とは、まだ何も関係が結べていません。それとは明らかに違います。ただ、まだ身近とはいえない、少し遠い存在が「未来の利害関係者」です。

「未来の利害関係者」を獲得することは、明らかにマーケティングの守備範囲です。企業社会が発展するなかで、実践と理論で築き上げてきたマーケティングの知見の数々を貪欲に吸収し、吟味し、自らの組織で果敢に挑戦すべきでしょう。

では、「未来の利害関係者」を利害関係者へと引き上げていく、引き寄せていくための行為はマーケティングだけの守備範囲でしょうか。

答えは「否」です。この領域は広報PRの守備範囲でもあるのです。

なぜか。彼らから選ばれるためには「表舞台」の情報だけでは十分ではないからです。企業そのものの存在、業績・実績、製品・サービスの存在や品質・性能などを「表舞台」の情報といいます。「表舞台」の情報は認知を獲得することはできます。実績や性能を理解してもらうこともできるでしょう。しかし、それだけでは厳しい競争環境のもと、なかなか選ばれません。

マーケティングの一環として行う広告は、主として表舞台の情報を発信します。認知を獲得するためには繰り返し何度も同じ情報を発信し続けることが欠かせません。「未来の利害関係者」を獲得するために重要な役割を果たしています。

各市場におけるリードを獲得した後、「未来の利害関係者」に対しても変わらず、製品・サービスの情報、セミナー告知などだけ発信していても、次のステップには進みません。関係はなかなか近くなりません。執拗に追いかければ、遠くへ離れていったり、関係を拒絶されたりするでしょう。

では、どうすれば徐々に関係が近くなるのか、そして選ばれるのか。信頼や共感などの情緒部分まで踏み込まなければ、近くならないし、選ばれもしません。そのためには、企業の魅力に溢れた「舞台裏」の情報を伝える必要があるのです。

「舞台裏」の情報とは、例えば、創業ストーリーや製品の開発秘話、失敗談に始まり、現場で働く社員たちの奮闘記、新入社員の成長物語、改革を実現するまでの内幕、顧客体験、会社を取り巻く関係者たちとのエピソードなどです。企業の代表者と取引先・パートナーとの対談・鼎談や社員座談会などで、わが社が何を考え、どこを目指し、何を大切にしているのかを表してもいいでしょう。ニュースレターなどの広報媒体やニュースルームで「舞台裏」の情報を見える化することで、その企業らしさ、つまり他社にはない魅力が伝わり、選ばれるようになるのです。

しかし、一度選ばれただけでは意味がありません。それはスタート地点に立ったに過ぎないからです。始まりに過ぎないのです。社会や環境が変化し、人々の意識や生活様式が変化したとしても、それぞれの利害関係者から選ばれ続けないと、企業は成長できないし、存続できません。

毎回繰り返し説明していることですが、広報PRとは「利害関係者と良好な関係を築く」ことです。そのためには自らの価値を、自ら利害関係者に直接伝えなければなりません。利害関係者と信頼と共感で結ばれた関係を築くために広報PRを行うのです。さらに利害関係者たちから選ばれ続け、価値を生み出し続けるためにも広報PRを行うのです。

◆成長と存続につながる最適解

「未来の利害関係者」を利害関係者へと導くまでの領域は、広報PRとマーケティングのいずれにとっても守備範囲であり、両者が重なる部分です。

近年、流行しているウェブマーケティングの施策である、コンテンツ・マーケティングやオウンドメディアをどう運用すればいいのか。採用のためのランディングページ(LP)ではどんなコンテンツを発信すればいいのか。SNS(インターネット上の交流サイト)は今のままでいいのか。

さまざまな施策をどう組み合わせ、どう積み重ねるのか。成長と存続につながるための最適解は、広報PRとマーケティングの守備範囲を考えることで見い出すことができるのではないだろうか。

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