広報PRコラム#53 企業経営の成長5段階(2)

こんにちは、荒木洋二です。

前回のコラムではマズローの欲求5段階説を紹介し、それを企業経営と照らし合わせてみました。企業は「法人」とも呼ばれるように、人間と同様の行動や成長をすると捉えているからです。マズローになぞらえて、「企業経営の成長5段階」と名付けて考察しました。

企業経営の本質とは何か。利害関係者に焦点を当てることで、その本質に対する理解が深まります。同時に広報PRの本質も見えてきます。

PRとはパブリック・リレーションズの略です。企業にとってのパブリックとは何でしょうか。パブリックを構成する主体とは何か、と問い直すと明らかになります。一言で言えば、利害関係者であり、具体的には経営者・社員、顧客、取引先、株主・金融機関、地域社会(住民・行政)のことです。パブリック・リレーションズとは、利害関係者との良好な関係構築という概念です。

利害関係者の存在なくして、企業経営は成り立ちません。持続的な成長もなしえません。ゆえに企業自身の利害関係者に対する意識や向き合い方をもとに成長段階を分析しました。前回の内容を要約すると次の通りです。

・第1段階:生理的欲求  利害関係者のことをほとんど意識できていない状態

・第2段階:安全欲求   社員や顧客などとしっかり向き合える状態

・第3段階:社会的欲求  業界の発展、社会的責任、環境問題とも向き合える状態

・第4段階:承認欲求   利害関係者から選ばれ続けることを意識した状態

・第5段階:自己実現欲求 利害関係者はビジョンを実現する仲間という意識を持った状態

次の考察として、利害関係者側の変化に焦点を当てます。利害関係者との関係がどう変化するのか。言い方を変えれば、利害関係者がどう成長するのか、という視点です。

■顧客の成長5段階

ここで当コラムで何度か紹介している、佐藤尚之氏が著書で示した顧客分類を確認しましょう。10年前の書籍だが、その鋭い洞察は、今の時代でも何ら色あせることはない、と筆者は見ています。佐藤氏は広告代理店の電通にてCMやウェブの企画に携わり、その後独立し、コミュニケーション・ディレクターとして活躍しています。特にソーシャルメディアによるコミュニケーションが専門分野です。

どう分類したのか。顧客の企業への関わり方や思いをもとに四つに分類しました。マズローの欲求階層説と同様にピラミッド構造で示しています。上位から示すと、次の4段階です。

・エバンジェリスト(伝道者)

・ロイヤルカスタマー(支援者/優良顧客)

・ファン(応援者)

・パーティシパント(参加者)

5段階には一つ足りません。筆者は「参加者」の下、最底辺に「価格選好者」を位置付けました(筆者の英語に関する語彙力が不足しており、英語で何と表現すればいいのか、適した訳語を見つけられませんでした)。

「価格選好者」という言葉は、新井和宏氏の著書『持続可能な資本主義 100年後も生き残る会社の「八方よし」の経営哲学』(ディスカバリー・トゥエンティワン刊)から着想を得ました。着想を得たというより、そのまま拝借しました。新井氏はファン経済の重要性を説いています。「ファンのもっとも正反対に位置する態度」として、「価格選好」を位置付けました。安ければなんでもいいという意識や態度です。商品・サービスを提供する会社のことなど眼中になく、ただ価格の安さだけで選んでいるのです。会社どころか、商品そのものにも関心がないといえます。新井氏はファンと価格選好という対比で説明しました。佐藤氏はもう少し踏み込んで分析しています。

「価格選好者」の上位である「参加者」は、価格以外の理由に重きをおいて、明確な意思を持って商品やサービスを選んだといえます。もちろん価格も重要な要素であることに違いはないかもしれませんが、価格だけで選んでいない、ということです。

■エバンジェリストは理念・ビジョンを共有する仲間

佐藤氏は著書の中で、ソーシャルメディアに関する調査結果*を示しながらエバンジェリストやロイヤル・カスタマーの重要性をひもといてみせました。
*株式会社電通コミュニケーション・デザイン・センター次世代コミュニケーション開発部

同調査での「企業・ブランド・商品に関するソーシャルネットワークの利用経験」をピラミッドの階層に当てはめています。非常に興味深いので全て紹介します。同書ではピラミッドとグラフを並べ図示していますが、ここでは文章のみでの説明とします。少々分かりづらいが、ご容赦いただきたい。

◆エバンジェリスト

・共感する企業やブランドに関する私的(非公式)な応援サイトやブログを作った(3.3%)

・共感する企業やブランドの競合商品を批判する書き込みをした(4.5%)

・共感する企業やブランドをSNSを通じて他人に薦めた(9.2%)

◆ロイヤルカスタマー

・共感する会社のSNSやTwitterの炎上を目撃して擁護の書き込みをした(2.9%)

・企業のSNSやTwitterアカウントに商品やサービス改善に関する意見を伝えた(6.5%)

◆ファン

・SNSやTwitterなどの企業ページに投稿(写真や動画を含む)した(6.7%)

・SNSやTwitterなどの企業ページを人に教えた(8.7%)

・共感する企業やブランドが運営するコミュニティサイトに会員登録をした(13.4%)

◆パーティシパント

・mixiの「イイネ!」またはFacebook「いいね」を押したことがある(27.4%)

・Twitterで企業アカウントをフォローした(15.4%)

・Facebook Page(ファンページ)を訪問した(6.1%)

上から三つ目の「共感する企業やブランドをSNSを通じて他人に薦めた」が、ネットユーザーの約1割を占めています。エバンジェリストは、「おせっかいにも、わざわざ他人に自分が共感した企業や商品を薦めている」のです。同調査の別項目の結果を示しつつ、「友人・知人からのオススメや共感を読んだ人の、なんと約80%が共感している」といいます。さらに「共感した人の約75%が商品を購入したりサービスを利用したりしている」というのです。

前述した企業経営の成長5段階をここで振り返ります。最上位は、「利害関係者はビジョンを実現する仲間」との意識を持った状態です。一方、エバンジェリストは顧客の成長5段階の最上位です。エバンジェリストは、単なる顧客ではなく、企業にとって理念・ビジョンを共有する仲間といえます。

最初からエバンジェリストの段階で関係を結ぶ顧客もいるでしょう。企業とのコミュニケーションが深まることにより、単なる参加者の段階からファンやロイヤルカスタマー、エバンジェリストへと徐々に成長していく顧客もいるでしょう。もちろん、全ての顧客がエバンジェリストになれるわけではありません。顧客の新陳代謝もあるでしょう。企業としては顧客との関係性に変化をもたらせるように、より上位へと成長できるように経営努力を続けることが大切です。

■利害関係者の成長段階

成長5段階をたどるのは顧客だけではありません。全ての利害関係者に当てはまることです。社員、取引先、株主、地域社会(行政・住民)との関係にもいえることです。改めて5段階を確認してみましょう。

・伝道者

・支援者

・応援者

・参加者

・価格選好者

社員がもし給料だけで企業を選んでいるのであれば、「価格選好者」の段階といえるかもしれません。誰もが希望の会社に入社できるわけではありません。その場合、「参加者」の段階といえます。そんな社員でも教育や体験、人間関係の深化などを通して、「応援者」、「支援者」と段階を経て成長していくこともあるでしょう。理念やビジョンに共感できる社員として成長すれば、「伝道者」としてあらゆる場面で活躍するに違いありません。

株主にも同じことがいえます。株価だけに注目して、短期利益ばかりを追い求める株主は、「価格選好者」です。四半期などの短期での財務業績しか関心がない株主です。投機が目的です。株価が下がれば、いとも簡単に売ってしまうでしょう。理念・ビジョンに共感し、株を長期保有する安定株主は「伝道者」の立場といえるのではないでしょうか。

地域社会との関係も同様です。企業に対して、ただ、税金を納める存在、雇用を生み出す存在という認識しか持っていなければ、単なる「価格選好者」です。地方創生の文脈でいえば、地方においては地元企業の存在はもっと大きなものです。地方から新しい事業を立ち上げた企業や経営者たちを、丹念に取材した良書があります。藻谷ゆかり氏の著書『六方よし経営 日本を元気にする新しいビジネスのかたち』(日経BP社刊)です。同書で紹介された企業は、それぞれが地域社会や地域経済の発展に多大なる影響を及ぼしています。東海大学の河井孝仁教授(文学部広報メディア学科)は、自治体が取り組むシティプロモーションを研究しています。河井教授の著書は、自治体側からの視点を理解できるので大変興味深いし、企業広報担当者にも大いに役立ちます。

企業を取り巻く環境はめまぐるしく変化します。社員、顧客、取引先、株主を取り巻く環境も同様です。その影響を受けて、それぞれの利害関係者との関係も変化せざるを得ません。企業は成長をめざし、企業との関わりの中で利害関係者も成長します。

■経営者の成長5段階

経営者の価値観や手腕により企業経営は左右されます。企業の成長5段階を考察する際に、もう一つの視点があります。経営者自身に光を当てると、もう一つの成長5段階が見えてきます。当社がバイブルでとしている書籍は『ビジョナリーカンパニー② 飛躍の法則』(日経BP社刊、著者:ジェームズ・C・コリンズ、訳者:山岡洋一)です。同書で述べられている「第五水準のリーダーシップ」も示唆に富む内容ですので、次回紹介します。

※参考文献:

『明日のコミュニケーション 「関与する生活者」に愛される方法』(アスキー新書刊、著者:佐藤尚之)

『持続可能な資本主義 100年後も生き残る会社の「八方よし」の経営哲学』(ディスカバリー・トゥエンティワン刊、著者:新井和宏)

前の記事へ 次の記事へ