広報PRコラム#41 危機のときにこそ「舞台裏」(2)

こんにちは、荒木洋二です。

危機のときにこそ「舞台裏」を伝えることが、どれほど重要なのか。前回から続くテーマです。前回は、トヨタモビリティ東京とネッツトヨタ愛知の不正点検について言及しました。今回も引き続き、もう少し掘り下げてみます。

◆コミュニケーションの在り方に影響を与える組織風土

トヨタモビリティ東京とネッツトヨタ愛知、両社のウェブサイトのトップページにアクセスしてみました。すると、大きく目立つように「弊社レクサス高輪での不正車検につきまして」、「弊社店舗(プラザ豊橋)に対する行政処分について」と表示されていました。顧客や利害関係者に対して、決して隠そうとはしていません。何が起こったのか、なぜ起こったのか、再発防止のためにどうするのか。基本として必要な情報はいずれも明記されています。死者などの重大な事故が発生したわけではないので、あえて明らかにする必要がなかったからなのでしょう。何が起こったのかは、時系列では示されていませんでした。

両社の発表資料の中で筆者の目に留まったのが、「コミュニケーション強化」という言葉です。PRとはパブリック・リレーションズの略です。意訳すると、利害関係者との良好な関係を築くことです。良好な関係を築くには、日常からの不断なコミュニケーションが不可欠です。企業不祥事の原因として、毎回挙げられることの一つが、「コミュニケーション不全」です。社員に限らず、取引先とのコミュニケーションも含まれます。

両社の公表内容の一部を次に転載します。

・トヨタモビリティ東京

(4)コミュニケーション強化
検査員の悩み事や疑問を受け付けるための新たな相談窓口「検査員ヘルプライン」を本社に設置しました。そして、役員および幹部が積極的に現場に足を運び、広く困りごとに耳を傾け、課題に対して真正面に向き合ってまいります。

・ネッツトヨタ愛知

(3)経営トップ、役員によるコミュニケーション強化
経営トップ含む役員と店舗スタッフとの職場面談に基づいた課題の掌握と対策の実行 など

ネッツトヨタ愛知は、残念ながら極めて抽象的な記載にとどまっています。トヨタモビリティ東京では、もう1点目に留まった一文がありました。「全員が目指すべきものに向けて一つになれる環境とお互いが話し合える風土を作り上げ」るとしています。前回のコラムでもトヨタグループ全体の組織風土に触れました。広報により組織風土は醸成されます。一方、組織風土自体が広報の在り方、コミュニケーションの在り方にも影響を与えます。風土はその組織の歴史を通して、年月を重ねながら醸成されていくものです。それはコミュニケーションの在り方そのものに色濃く表れます。

◆日本組織の心理的安全性

ネッツトヨタ愛知は記載された内容だけを見ると、失礼ながら、このままでは変わらないだろうと推測せざるを得ません。トヨタモビリティ東京も、現時点では「お互いに話し合える風土」ができていないことを認めています。風土を変えることは簡単ではありません。

近年、日本の企業社会でも「心理的安全性」が注目されています。米国Googleが2012年に立ち上げたプロジェクトの中で、4年にわたる調査と分析の結果、「心理的安全性」が重要であることが判明しました。心理的に安全な組織は、チームの離職率が低く、収益性が高いと結論づけています。
日本ではZEN Techという会社が、心理的安全性のリーディングカンパニーを標榜し、事業を展開しています。同社取締役の石井遼介氏が著した『心理的安全性のつくりかた』(日本能率協会マネジメントセンター刊、2020年9月初版発行)はご存じだろうか。月並みな表現だが、広報やコミュニケーションの在り方を考える上でも、非常に示唆に富んでいます。

同社は、組織の心理的安全性を計測する組織診断サーベイを開発し、6,000人500チームの「日本のチームの心理的安全性」を計測したそうです。日本と米国の違いを考慮して、慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科の前野隆司教授と共に、日本版の設問を開発したといいます。その研究とビジネスの現場の計測から見えてきた、ということをここで紹介します。

心理的安全性が感じられるには、四つの因子が必要だとしています。その因子とは次の四つです。

①話しやすさ ②助け合い ③挑戦 ④新奇歓迎

組織風土を変革する道のりは、険しいと予想されます。同書では、変革には3段階があると解説しています。変革をもたらす3段階とは、四つの因子の向上を阻害する環境要因ともいえるそうです。変革しやすい順に3段階を示します。

①行動・スキル ②関係性・カルチャー ③構造・環境

「関係性・カルチャー」とは、組織行動の積み重ねにより根付いた、組織としての習慣や行動のパターンです。トヨタの前に立ちはだかるのは、子会社やディーラーなど利害関係者を含めた「関係性・カルチャー」です。しかし、トヨタの不正問題は、「関係性・カルチャー」だけでなく、最も変革が困難な「構造・環境」にも深く関わっているのではないでしょうか。「構造・環境」とは、会社や事業、ビジネスの仕組み自体に起因する、構造的問題としています。

◆自動車業界が抱える構造的問題とは

この視点から分かることがあります。トヨタを取り巻く環境であり、強く影響を受ける自動車業界全体の構造的問題です。その点で今回の不正問題に対する自動車ジャーナリストたちの洞察は、非常に興味深いものでした。元自動車業界紙の編集者である佃義夫氏と、自動車産業ジャーナリストの桃田健史(ももた・けんじ)氏の二人がネットメディアで執筆した記事です。業界に精通しているだけに、その洞察は鋭く、説得力がありました。

佃氏の記事は、『ダイヤモンド・オンライン』(2021年7月22日)に掲載されています。佃氏は、車検制度そのものが抱える問題を要因として指摘しています。桃田氏の記事は、『JBpress』(2021年7月22日)に掲載されています。桃田氏の主張は、長く続く製販分離という自動車業界の基本構造に問題があると指摘しています。民間修理工場の大半が家族経営であり、そのため後継者不在で廃業が増えていることも課題として挙げています。業界を上げて根本的に構造そのものを見直すべき時期を迎えていると、業界に対し警鐘を鳴らしています。

このようにトヨタには、最も変革が難しいとされる第3段階の「構造・環境」の問題も厳然と横たわっています。トヨタグループ全体の組織変革は茨の道といえます。前途多難と言わざるを得ません。

トヨタ本体は、グローバルニュースルームや『トヨタイムズ』で、ありのままの姿を発信し続けています。今後の変革の鍵を握るのは、子会社やディーラー自身による情報公開と共有になると見ています。各社がトヨタ本体同様に、ありのままの姿を発信し続ける取り組みを始めることが、その仕組みを構築することが、変革のための一つのきっかけになるのではないでしょうか。トヨタの動向から目が離せません。

◆リスクマネジメントと組織風土

筆者が注視した事象がもう一つあります。みずほ銀行の大規模システム障害です。2021年6月15日、みずほフィナンシャルグループから同障害に関する「調査報告書」が公表されました。この問題について、あるビジネスパーソンのコラムに目を見張りました。ニュートン・コンサルティングの取締役副社長である勝俣良介氏のコラムです。同社は、筆者が理事長を務める日本リスクマネジャー&コンサルタント協会(略称RMCA)の法人会員として10年以上の付き合いがあります。筆者自身も同社の副島一也社長や勝俣氏とも親交があります。だからといって、ひいき目に見ているわけではありません。同社は、リスクマネジメントのコンサルティングではおそらく日本一の会社です。なぜ、そう言えるのか。実績が群を抜いているからです。同社の「顧客事例」をご覧いただきたい。筆者の見立てにご納得いただけると思います。

話を元に戻します。先述の報告書は全部で167ページとかなりの情報量です。勝俣氏も指摘していたように、専門用語も多く、情報システムに疎い人では到底読み切れません。よほど近しい関係者や、リスクマネジメントに関わる研究職や専門家でなければ、読む気もしないでしょう。そういう分野の人であったとしても、情報システムに明るくなければ、果たして意味を理解しつつ最後までしっかり目を通せるのか。しっかりと情報開示はされています。説明責任を果たそうとする姿勢も十分感じられます。業界特有の専門用語が多くなるのは、ある程度避けられない部分があるでしょう。

勝俣氏が強調したことは、同報告書にはIT関連業界だけでなく、多くの企業にとって学ぶべき内容があり、教訓にあふれているということです。次回はこの教訓として学ぶべき点を紹介します。

一方、勝俣氏はコラムで「『組織風土の問題』で片付けてしまうと、学びの機会が減ってしまうため、あえてその点を取り上げていない」として、組織風土には触れていません。次回は広報PRの視点から、みずほフィナンシャルグループの組織風土についても言及します。

前の記事へ 次の記事へ