広報PRコラム#40 危機のときにこそ「舞台裏」(1)

こんにちは、荒木洋二です。

当コラムでは、再三再四「舞台裏」の重要性を述べてきました。今回は、危機のときにこそ実は「舞台裏」を伝えることが、より重要になるということを事例を交えながら解説します。

◆意思決定の「舞台裏」

企業が発信する公式情報は2種類に大別できます。「表舞台」と「舞台裏」の情報です。「表舞台」の情報とは主に結果のことであり、「舞台裏」とは過程、プロセスのことです。

例えば、製品性能は、結果として備わった機能です。その機能を搭載させるまでの過程に、開発者たちの並々ならぬこだわりがあり、長年をかけ数多の失敗や苦労などを積み重ねてきた道のりがありました。この道のりこそ「舞台裏」であり、「舞台裏」の情報を明らかにすることで顧客からの好意、愛着、信頼が生まれます。経営戦略は、「表舞台」の情報です。相当量の多種多様な情報をもとにした、経営層たちによる議論や分析の集大成であり、その結果立案されたのが経営戦略です。何段階、何層にもわたる意思決定の積み重ねの上に、戦略は成り立っています。これら意思決定に至る過程の一つ一つが、「舞台裏」です。

経営戦略を決定するまでの意思決定も、もちろん重要です。しかし、実は、危機発生の際にどう判断し、どう行動したのかという意思決定は、もっと重要な意味を持ちます。事故や事件など危機が発生した際に、時間の経過とともに進む意思決定を、時系列で明らかにすることができるかどうかが問われます。さらに危機が発生した原因を究明する姿勢や、その過程で明らかになった事実を包み隠さずに公表できるのかも問われます。再発防止のために何を反省し、どう改善し、どう取り組むのかまで、明示しなければなりません。

ここで肝に銘ずべきことがあります。ゼロリスクはあり得ません。自然災害など、どうあがいても防ぎようのない危機に直面することもあります。組織の歴史が長くなればなるほど、成長とともに関わる人が増えれば増えるほど、わずかなほころびから不正が生まれないとも限りません。業界全体が抱える構造自体に根を下ろした課題もあります。社会の変化とともに、本来の目的を果たせなくなった法制度・ルールにも問題があるかもしれません。また、人間は誰しもミスをするものです。ミスをしないように意識して取り組んだとしても、ときにミスは生まれてしまいます。リスクのマイナス面が顕在化した状態、つまり危機に直面したときにどう振る舞うのかが問われるのです。

◆情報の非対称性を解消できるか

当たり前のことですが、企業・組織など社会を構成する主体と、社会との間には常に情報の格差があります。このことを経済学では「情報の非対称性」といいます。最初に指摘したのは、1963年、米国の理論経済学者であるケネス・アローだといわれています。医者と患者の間にある情報の非対称性を問題視したといいます。社会とはもっと突っ込んでいえば、その主体を取り巻く関係者たち、利害関係者たちのことです。例えば、企業にとっての利害関係者とは、社員、顧客、取引先(提携先パートナー)、株主、(地域)社会、報道機関などを指します。企業規模が大きければ大きいほど、有名であればあるほど、直接の利害関係者だけでなく、社会全体にも間接的な影響を及ぼしています。企業現場では日々の営みとともに、時々刻々と新たな情報が生まれます。ゆえに常に情報を公開し、共有し続けなければなりません。情報の非対称性を解消するために、この姿勢をいついかなる時でも貫かなければなりません。専門用語だと、情報開示と説明責任といいます。分かりやすく説明すると、次のとおりです。

・情報開示(ディスクロージャー):嘘をつかない。隠さない。
・説明責任(アカウンタビリティ):相手に理解できるように伝える。

説明責任とは、ただ説明すればいいという単純なことではありません。軽く見てはなりません。相手に理解できるように、誤解されないように説明しなければなりません。平時、つまり日頃から、どんなリスクがあるのかというリスク情報を開示し、かつ分かりやすく説明するのです。これをリスク・コミュニケーションといいます。危機発生時でも同じ姿勢を崩してはなりません。嘘をつかず情報を隠さず、分かりやすく丁寧に説明するというクライシス・コミュニケーションが問われます。

◆トヨタの不正車検に潜む問題とは

最近、筆者が注視した不祥事と事故がありました。危機発生時にどう振る舞ったのか、どんな情報開示と説明責任を行ったのか、問題の本質はどこにあるのか。2社の事例を挙げ、広報PRの視点でひもといてみます。その2社とは、トヨタ自動車とみずほフィナンシャルグループです。

トヨタ自動車は、公式情報の発信基地としてグローバルニュースルームを運営しています。同サイトでは、誰でもメールアドレスだけを登録すれば、トヨタ自動車から直接ニュースが送られてきます。しかも報道関係者と同じタイミングで、情報を受信できるという画期的な仕組みです。筆者も2年弱前から登録していますので、テレビや新聞、Yahoo!ニュースでの報道よりも早く同社のニュースを知ることができます。「Toyota Global Newsroom」の名称で1日に3、4通のメールが送信されてきます。これは、今までの情報公開、情報共有のあり方を変える、「メディア・ファースト」から「ステークホルダー・ファースト」への大転換だと筆者は理解し、高く評価しています。「自ら直接伝える」という、インターネット時代にふさわしい企業姿勢であり、情報共有・公開のあり方です。

2021年7月20日(火)14時、1通のメールを受信しました。件名には「レクサス高輪における不正車検について」とありました。メールからリンクされている同社ニュースルームの記事にアクセスして、内容を確認しました。不正を行ったのは、全額出資の子会社であるトヨタモビリティ東京です。トヨタ自動車とトヨタモビリティ東京の連名での発表でした。トヨタモビリティ東京は、100%子会社だったトヨタ東京販売ホールディングスと、その子会社4社が「融合」し、2019年4月に設立された会社です。「融合」の背景や戦略、狙いなど、詳しくはニュースルームの記事(2018年4月2日付け)でご覧いただきたい。資本金181億円、従業員数約7,800人を擁し、TOYOTA店舗197カ所とレクサス店舗24カ所を展開する、立派な大企業です。

同記事によると、「指定整備の一部の検査において、基準を満たす値への書き換えや、一部の検査を実施しなかった事実が認められ」たとのことです。台数は565台、全て無償で再検査を実施することも明記されています。

◆問題の本質は組織風土にあるのか

同日、NHKのニュース、共同通信と時事通信、日本経済新聞電子版でも一斉に速報が流れ、一部ネットニュースでも掲載されました。翌21日には大手新聞各社が報じたほか、通信社発信のニュースの転載もあってか、多くの地方紙でも掲載されました。報道で知ったのですが、20日にオンラインで謝罪の記者会見を行ったようです。記者会見を行ったこともあり、ニュースルーム掲載の記事より詳しいことまで、報じられています。ニュースルームの記事ではなく、報道によって明らかになったことをまとめると、次の四つが挙げられます。

・2021年4月以降に行った自主調査では見つからなかった
・同年6月、国土交通省の監査により不正が発覚した
・565台は2019年6月以降で確認できた件数で、それ以外にも不正があった可能性がある
・トヨタは、全国の販売店で不正の有無を調べる

今回の報道で知ったことですが、3月にネッツトヨタ愛知で、同じく車検の不正で豊橋店が行政処分を受けています。2020年12月、不正車検が発覚、2年間でその数は5185台にも及んだとしています。同社は1963年創業、トヨタの正規販売店(ディーラー)です。資本金5,000万円、社員574人(2021年6月現在)の老舗ディーラーです。

今回は100%子会社、しかも首都東京での主要販売会社で起きた不正です。トヨタ本社の信頼が揺るぎかねない重大な事案です。報道によると、トヨタ本社側の人間として、国内販売事業本部・本部長の佐藤康彦氏が記者会見に出席していたようです。報道関係者からの質問に関してもトヨタが真摯に対応していることは、各記事から理解できます。情報開示と説明責任を果たそうとする姿勢は、十分に垣間見えます。

前回のコラムでも取り上げたリクルートの江副浩正氏の言葉で、「制度より風土」というものがありました。制度やルールが重要なことは言うまでもありません。制度・ルールは「表舞台」です。風土が「舞台裏」です。いずれも重要です。組織風土は重要ですが、そこだけに依存してはなりません。広報により組織風土は醸成されます。一方、組織風土自体が広報の在り方にも影響を与えます。時間の経過や組織規模の増大により、いつしか組織風土も変節していく可能性も否定できません。次回で触れる、みずほフィナンシャルグループでも組織風土の問題が取り上げられています。危機のときにこそ日常では気付かなかった、組織風土の本質があらわになるものです。

ここまで不正が続いて発生したとなると、どうしても看過できないことがあります。トヨタグループ全体としての組織風土に、いやが応でも注目せざるを得ません。今後の同社の取り組みや情報公開・共有の姿勢を注視したいと思います。

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