広報PRコラム#80 ステークホルダー考(1)

こんにちは、荒木洋二です。

先週6月2日、八芳園(2階 サンライトの間)で開催された「第26回 創新ネットシティ大定例会」に参加しました。基調講演のテーマは「渋沢栄一の『論語と算盤』に学ぶ 〜これからの日本の経済社会と企業経営〜」。講師は、シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役の渋澤健氏でした。「日本の資本主義の父」といわれる渋沢栄一の5代目子孫(玄孫)です。

筆者は今から12年前、創新ワールドが主催する「創新塾 革新コース」を受講しました。同塾は少人数制の経営塾。筆者は第62期生で同期は6人、1年間にわたり月1回、通いました。今も毎朝唱える当社の行動規範は、塾の課題の一環として定めたものです。卒塾後、異業種経営者交流会「創新ネットシティ」に入会、現在も会員として関わっています。

■今、世界で注目される「ステークホルダー資本主義」

仕事の関係で30分ほど遅れて、渋澤氏の基調講演を傾聴しました。

・ステークホルダー・キャピタリズム

席に座るやスクリーンに投影された、この言葉が目に飛び込んできました。静かな口調ながら強く確信を持って、ステークホルダー・キャピタリズム、つまり「ステークホルダー資本主義」の到来を強調していました。
続いて、渋澤氏は「倫理的資本主義」にも言及しました。当コラム年始の抱負で、世界で注目されるドイツの哲学者のマルクス・ガブリエル氏について触れました。ガブリエル氏は著書『つながり過ぎた世界の先に』(PHP新書/2021年)の中で、倫理的価値と経済的価値は両立すると説き、「倫理資本主義」を唱えています。「的」が入るかどうかの表現の違いだけで、渋澤氏の主張も同様です。講演タイトルの「論語と算盤」とは、すなわち「道徳と経済」の両立を唱えたものです。現代における気鋭の哲学者と、「日本の資本主義の父」が約100年前に伝えたことが通底しているのです。実に興味深いことではありませんか。

今回から数回にわたり、「ステークホルダー考」と題して、ステークホルダーの重要性を解き明かします。

広報とPRは同意語です。PRとはパブリック・リレーションズの略であり、意訳すると「利害関係者との良好な関係構築」という概念である、と当コラムで繰り返し述べてきました。ステークホルダーの日本語訳が、「利害関係者」です。利害関係者とは、企業と利益も損失も共有する、相互に影響を与え合う関係者たちです。筆者にとってPRとの出合いが、「ステークホルダー」という言葉、概念との出合いでした。

第1回の今回と次回の第2回で、岸田文雄首相が掲げる「新しい資本主義」に対する理解を深めつつ、今、世界で注目される「ステークホルダー資本主義」も掘り下げ、その本質を探ります。

■岸田首相が掲げる「新しい資本主義」とは

2021年10月4日、第100代の総理大臣に自民党の岸田総裁が就任されました。岸田首相は同日夜の記者会見で「新しい資本主義実現会議を立ち上げる」と宣言、同15日、政府が「新しい資本主義実現本部」を設置しました。

同日、山際大志郎経済再生相は「実現会議」の有識者メンバー15人を発表しました。女性がほぼ半数を占めたことが話題になり、各局各紙が報道していました。15人の顔ぶれを見ますと、主要経済3団体である、日本経済団体連合会(経団連)、経済同友会、日本商工会議所のトップ3人がそろい踏みしています。前述の基調講演講師を務めた、渋澤健氏も名を連ねています。
起用された7人の女性は、次のとおりです。扇百合氏(日本総合研究所理事長)、沢田拓子氏(塩野義製薬取締役副社長)、諏訪貴子氏(ダイヤ精機社長)、平野未来氏(シナモン社長)、村上由美子氏(元経済協力開発機構東京センター所長)、米良はるか氏(レディフォー代表取締役)、芳野友子氏(連合会長)。世代も30代と60代が二人ずつ、50代が3人でした。

では、「新しい資本主義」とは何でしょうか。

岸田首相が突然思いつき、勢いで掲げたことではありません。実は以前より自らが先頭に立って主張していることです。首相就任以前の同年6月11日、派閥横断型の「新たな資本主義を創る議員連盟」を発足、会長に就任しています。自由民主党の総裁選での所見表明演説会でも「新しい資本主義」と「日本型の資本主義」について語っています。2020年9月の同演説でも「人に優しい、公益に資する、持続可能な資本主義」について言及しています。

さらにそれ以前、2018年1月、「公益資本主義議員連盟」を設立した際にも岸田首相は会長に就任しています。「公益資本主義」の提唱者は、米国で活躍するベンチャーキャピタリストの原丈人(はら・じょうじ)氏です。原氏は、2014年1月設立の「一般社団法人公益資本主義推進協議会」の最高顧問を務めています。同氏著書『「公益」資本主義 英米型資本主義の終焉』(文春新書)によれば、日本政府は、2013年11月1日、世界で初めて「『会社は従業員、経営陣、顧客、株主、地域社会、地球全体すべてのものである』という定義を政府として採択した」といいます。ちなみに京都大学大学院の藤井聡教授(工学研究科)も数年前から公益資本主義を提唱しています。
まさに会社にとって、従業員、経営陣、顧客、株主、地域社会、地球全体は利害関係者、ステークホルダーそのものです。つまり公益資本主義とはステークホルダー資本主義でもあるのです。

■ステークホルダー資本主義とは公益を重視する持続可能な資本主義

昨年、第205回国会の開会にあたり、岸田文雄首相が所信表明演説をしました。ここで掲げた三つの政策が「新型コロナ対策」「新しい資本主義の実現」「国民を守り抜く、外交、安全保障」です。岸田首相は、新しい資本主義実現のために成長と分配の好循環が必要だと主張しました。注目すべきは、分配戦略の第1の柱として挙げた「働く人への分配機能の強化」です。「企業が、長期的な視点に立って、株主だけではなく、従業員も、取引先も恩恵を受けられる『三方良し』の経営を行うことが重要です。非財務情報開示の充実、四半期開示の見直しなど、そのための環境整備を進めます。政府として、下請け取引に対する監督体制を強化し、大企業と中小企業の共存共栄を目指します」(原文のママ)と力強く述べています。

持続可能な資本主義とは、元鎌倉投資信託のファンドマネジャーだった新井和宏氏なども近年主張していることです。新井氏は近江商人の「三方よし」を発展させ、「八方よし」を説いています。藻谷ゆかり氏は、著書『六方よし経営 日本を元気にするビジネスのかたち』(日経BP社)の中で「六方よし」を唱えています。この三つを整理すると、次のとおりです。

・三方よし:売り手 買い手 世間
・六方よし:売り手 作り手 買い手 世間 地球 未来
・八方よし:社員 取引先・債権者 株主 顧客 地域 社会 国 経営者

経団連も2021年6月、「サステイナブルな資本主義」を目指すと宣言しています。ここでも前述の公益資本主義と同様に、まさに会社にとっての六方、八方とは利害関係者そのものです。つまり持続可能な資本主義とはステークホルダー資本主義でもあるのです。

ここまでの話を整理しますと、新しい資本主義とは日本型資本主義であり、公益資本主義であり、持続可能な資本主義です。そして、これらはステークホルダー資本主義とも同意語です。すなわちステークホルダー資本主義とは、公益を重視する持続可能な資本主義のことなのです。

次回は最近の報道と照らし合わせつつ、世界におけるステークホルダー資本主義の動向を整理します。

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