広報PRコラム#70 パブリシティの未来(4)

こんにちは、荒木洋二です。

パブリシティはさまざまな立場の利害関係者それぞれに対し、総じてプラスの影響を与えます。利害関係者は経営にとって必要不可欠な存在です。希薄な関係や関係悪化は経営に小さくないダメージを与えます。
前回は、企業にとっての利害関係者でもある経営者に対するパブリシティの成果を、筆者が当社クライアントを通して見聞したことや体験談を交えつつ例示しました。

■やる気や働きがいにプラスの影響

今回は、社員や顧客にどんな影響を与えるのかを事例を交えて確認しましょう。まず、社員・スタッフへの影響を見てみましょう。

◆社員・スタッフ

自分が所属する会社や組織のことがニュースで報道されると、社員・スタッフにどんな影響を与えるでしょうか。代表者に始まり、上司・同僚などのインタビュー記事が掲載されたり、自分がかかわった事業や製品・サービスがその名称とともに掲載されたりします。

すると間違いなく、社員・スタッフたちの愛社精神の醸成や、彼らとの信頼関係の構築にプラスの影響を及ぼします。代表者や仲間たちに対する尊敬の念が強まり、自社や自分自身を誇らしく感じられます。やる気や働きがいも増すでしょう。自分の会社が報道されたという経験がある読者であれば、すでに体感済みのことでしょう。

実例を二つ紹介します。

・中堅照明器具メーカーの事例

前回の経営者への影響でも実例とした会社。照明士を擁するビジネスモデル、卓抜した照明デザイナーへのインタビューなど、約1年間、ほぼ毎月1回は日経産業新聞に記事が掲載された。いくつかの記事では社員の写真やコメントが掲載された。上司や同僚たちの活躍する姿が日本経済新聞系列の紙面に掲載されたことは、社員の士気向上や誇りにもつながった。

当時の社長が売上高増加に10%ほど寄与した、という体感の中には社員のこうした変化も織り込まれていることは想像に難くない。

・介護事業者の事例

神奈川県に拠点を置く介護事業者も、熱心な広報活動が功を奏し幾度となく報道された。NHKの首都圏ニュース、tvk(テレビ神奈川)、毎日新聞3面、全国紙地方面、神奈川新聞、介護関連業界紙誌、介護専門誌など、枚挙にいとまがない。報道されることで、職員たちのやる気や働きがいの向上に寄与した。誇りを持って働くことにもつながった。

職員の家族の安心にもつながった。ある若手職員の両親(九州在住)は、息子が介護事業者(社会福祉法人)で働くことに少なからず不安を覚えていた。毎日新聞3面に記事が掲載された際、即座に連絡があった。子どもがしっかりとした職場で働いていることが分かり、安堵したという。

■顧客の「選択」という意思決定を後方支援

次に顧客への影響はどうでしょうか。

顧客

B2Bの顧客で考えてみましょう。

例えば、自社が利用しているサービスが機能拡充したことを知らせる報道があったとします。日本経済新聞や業界紙、専門誌など、複数の媒体がそれぞれの視点で報じています。日本経済新聞では新しい機能とともに複数の顧客企業が評価したり、新機能に期待したりする声が載っていました。業界紙では競合サービスと比較しつつ評価する内容、専門誌では優良顧客企業へのインタビュー記事が所狭しと言わんばかりに紙面を飾っていました。

顧客企業の担当者はそれら報道に触れ、自分の選択が間違っていなかったと安堵します。自社の社長からもお褒めの言葉をもらい、「選んでよかった」と誇らしい気持ちが湧いてきます。経験者なら誰もが共感できることでしょう。

実際に筆者のクライアントで共通する現象がありました。報道を見た顧客から記事を確認したとの知らせが、電話やメールで喜びの声とともに寄せられた、というものです。

つまり「認知不協和」の解消に役立っていることが分かります。「認知不協和」とは心理学の概念で、自分の間違いを認めたくないという心理状態をいいます。この状態が生じた場合、人は不協和を解消するために、自分を正当化できる、自分自身が納得できる材料を無意識に集めようとします。導入を決めた担当者にとって、自身が選んで利用しているサービスを多くの会社が利用し、報道機関も評価していると知ることで、間違いなく認知不協和が緩和されます。

ある会社の実例を紹介します。

・企業向けeラーニング提供会社の事例

同社の主要事業の顧客は多店舗展開する大手企業。新しい機能を拡充したことが日経産業新聞1面に掲載。通常、契約成立までの期間は3カ月程度だった。記事掲載を機に、大手外資系外食チェーンとの契約が1カ月で成立。従来の3分の1の期間しか要さなかった。

サービス導入を決めた顧客企業を主体とした記事が日経産業新聞や日経MJで大きく報じられた。毎回記事を著作権処理したうえで、あらゆる機会を活用して既存顧客、新規顧客候補に伝えた。営業パーソンが訪問時に持参。主催セミナーの会場で参加者に配布。展示会ブースのラックに収納し、配布。これら一連の取り組みを地道に積み重ねた成果として、4年間で同事業の売り上げが2.5倍に達した。

同社の広報戦略で特筆すべきことが2点ありました。

第一に新規顧客に導入が決まるたびに、ある仕掛けを試みたことです。一度報道された既存サービスは、そのままでは報道されません。そこで同社は顧客企業の担当を通して、広報担当者に働き掛けました。同社からすると既存サービスだから新しくありません。しかし、顧客企業からすると、同サービスを利用することは新しい打ち手の一つです。ですから顧客主語のプレスリリースを連名で発信するか、あるいは顧客企業への取材のいずれかを積極的に働きかけました。その結果、顧客企業主体の記事中に同社の社名が明記されました。

第二に(前述したとおり)あらゆる機会を活用し、顧客や新規顧客候補に報道された事実を伝えたことです。記事を見落とすこともあるでしょうし、掲載された媒体を購読していない顧客企業もあるでしょう。そんな状況があることは容易に想像できます。にもかからず何もせずに放置してはいけません。著作権処理という報道機関側のルールを守ったうえで、積極的に自ら伝えればいいのです。

繰り返し述べますが、これら一連の取り組みを地道に積み重ねました。その成果として、既存顧客が契約を継続し、加えて新規顧客が順調に増加したからこそ売り上げが倍増したのです。契約を継続しようという意思決定、他のサービスではなく同サービスを選ぼうという意思決定を後押ししました。

今回は、社員・スタッフや顧客とのエンゲージメント(絆、関与)向上に貢献することを実例とともに示しました。次回は株主や取引先、報道機関などへの影響を確認しつつ、文字数が収まるのであれば、パブリシティの「わな」、プレスリリースの「わな」というテーマにも言及します。

★参考文献『物語戦略』(監修:内田和成、著:岩井琢磨・牧口松二、日経BP社刊、2016年)

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