広報PRコラム#52 企業経営の成長5段階(1)

こんにちは、荒木洋二です。

次の言葉をご存じでしょうか。

・企業は人なり。

経営の神様と言われた松下幸之助氏の言葉とされています。よく知られた格言で、企業にとって人材こそ財産であるという意味で使われます。筆者はもう一つ、別の意味で解釈しています。

企業などは「法人」とも言われ、法的に人格を認められた存在です。われわれ個人は法的には「自然人」で、それ以外にさまざまな種類の「法人」が存在しています。企業も人です。人間の集合体で形成される企業などの法人も、一人の人間と同じである、という解釈です。つまり企業を理解するために、あるいは企業経営という行動を理解するためには、人間研究の知見が重要な示唆を与えるのではないか、ということです。そう考えると、心理学、脳神経科学、社会学などが経営学や経営そのものに深く影響を及ぼすようになったことも、うなずけるのではないでしょうか。

■マズローの欲求5段階説

心理学に関心のある人であれば、アブラハム・H・マズロー氏をご存じの人も多いのではないでしょうか。「マズローの欲求階層説」といえば、さらに多くの人が聞き覚えがあるかもしれません。あるいは「マズローの欲求5段階説」ともいわれ、ピラミッド構造で示された絵とともに記憶しているのではないでしょうか。余談ですが、一部のマズローの研究者によれば、マズロー自身がピラミッド構造で説明したことはないともいわれています。

マズローの略歴を簡潔に紹介しましょう。1908年、米国のニューヨーク州で生まれ、34年ウィスコンシン大学で心理学のPh.D(Doctor of Philosophy)を取得しています。人間の心の問題を深くとらえた人間主義的な心理学アプローチをとり、「自己実現」「至高体系」などの概念を生み出しました。

マズローは、人間の成長や発達段階に関して論じています。

当コラムでは、ピラミッド構造でいえば、最下層の部分から順に記します。

・第1段階:生理的欲求  生きていくために必要な本能的欲求。食欲・睡眠欲など。

・第2段階:安全欲求   安心・安全な暮らしへの欲求。

・第3段階:社会的欲求  集団への帰属、集団からの愛情を求める欲求。

・第4段階:承認欲求   他者から尊敬されたい、認められたという欲求。

・第5段階:自己実現欲求 「あるべき自分」になりたいと願う、自己実現の欲求。

注)ウェブマーケティングの大衆化を目指す株式会社ベーシック(東京都千代田区)が運営するマーケティング関連の記事が多い『Ferret』の記事(2020年8月27日)から引用(一部筆者による編集あり)しました。

■吸収体、反射体、発光体

人間の成長を「光」に視点を当てて説明すると、この欲求5段階をより理解できるのではないでしょうか。当社が10年ほど前から支援しているNPO法人エンチャイルドのブログに示唆に富んだ記事が掲載されていました。太陽や惑星、月などを例に光を吸収する「吸収体」、光を反射する「反射体」、光を発する「発光体」という視点で分析しています。これを人間の成長に置き換えて説明しています。以下に記事をそのまま紹介します(括弧内、原文のママ/太字も原文)。

『吸収体』…自己中心でなんでも吸収したがる(吸収した方がよい)幼少年期。親や周囲に愛され、言葉や習慣など文化を獲得し、なんでもまねながら成長していく大事な時期。

『反射体』…受動的だが基礎基本をしっかり身に付け、他者からの影響を受けながら、一定のレベルの基準に向かって到達しようと努力するティーンエージャー~青年期(20代前半)。学生期。多種多様な体験を通して心と体と頭を成熟させていく時期。

『発光体』…能動的かつ主体的な態度と利他的な行動をもって生きる20代後半~。自己の個性と能力を生かして他者と共に連携・協力して行動できるようになる。健康的自立、精神的自立、経済的自立、社会的自立の基準を獲得し、共生・共助・共感の共立の人生を生きる。自己実現から超自己実現へと向かう人生の目的世界を生き抜く段階。」

「企業も人なり」という観点で今までの話を振り返ると、企業の成長にも重なる部分があることに気付きます。

■企業の成長5段階

筆者なりにマズローの欲求階層説を企業の成長段階という視点で考察してみました。全ての企業が第1段階から始まるという意味ではありません。経営者の意識や起業の経緯によっては、初めからより上位の段階に達している企業もあるでしょう。

欲求5段階における欲求はいずれも必要なものであり、自己実現欲求を持った人に生理的欲求や安全欲求がないわけではありません。欲求に占めるそれぞれの割合の配分がどうなっているのか、ということと筆者は理解しています。次に示す企業の成長5段階も同様だと認識しています。

企業の成長段階とは、すなわち企業経営の姿勢に焦点を当てています。焦点はもう一つあります。企業を取り巻く関係者のことを「利害関係者=ステークホルダー」といいます。当コラムで何度も主張している通り、企業は利害関係者の存在と協力なしには価値を生み出すことも提供することもできません。彼らに対する欲求や意識にも焦点を当てて、説明します。

・第1段階:生理的欲求  

売上高がないと企業は生存できません。とにかく売上高を上げるために営業中心に経営する段階です。利害関係者のことをほとんど意識できていない状態です。

・第2段階:安全欲求  

業績も上がり、経営が軌道に乗り、営業中心から脱却した経営ができる段階です。社員の職場環境が安全なのか。より安全な製品・サービスを提供できているのか。社員や顧客などとしっかり向き合える状態です。

・第3段階:社会的欲求 

企業とは社会を構成する主体であり、一員です。社会の存続があって初めて企業は存在できます。企業自身が社会的存在であることを意識して経営する段階です。業界の発展や社会に対する責任(CSR)、環境問題にも意識を向けることができる状態です。

・第4段階:承認欲求

社員、顧客、取引先、株主・金融機関、地域社会(住民・行政)など、全ての利害関係者から尊敬され、認められることを目指して経営する段階です。それぞれの利害関係者としっかり向き合うことで彼らの価値を理解し、共に価値を生み出す仲間であるという意識を持った状態です。だからこそ、彼らから尊敬され、認められることを望むのです。利害関係者から選ばれ続けることを意識して経営しているといえます。

・第5段階:自己実現欲求 

企業理念を中心に据え、ビジョンの実現に向けて経営する段階です。利害関係者とも理念を共有し、利害関係者はビジョンを実現する仲間たちであるという意識を持った状態です。これまでの4段階全てを達成できた状態でこそ、迷いなく理念経営、ビジョン経営ができるのではないでしょうか。

こじつけではないかという声も聞こえてくる気もしていますが、感覚的には理解できる読者も少なくないのではないでしょうか。

■各利害関係者との関係性にも注目

今までは企業自身の視点で企業の成長段階を見てきました。ここで視点を変えてみます。利害関係者側からの視点です。その場合、どういうことがいえるのかをひもといてみたいと思います。つまり利害関係者がどのような意識で企業と関係を結んでいるのかということです。関係性に注目すると、興味深いことが分かります。

利害関係者の視点では「顧客」との関係を考察します。当コラムでも何度か紹介した『明日のコミュニケーション 「関与する生活者」に愛される方法』(アスキー新書刊、著者:佐藤尚之)で重要な分析がなされています。顧客をそのまま社員、取引先、株主、地域社会に置き換えてみることもできます。次回詳しく解説します。

※参考文献:『完全なる経営』(日本経済新聞出版刊、著者:アブラハム・H・マズロー、訳者:金井壽宏、大川修二)

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