広報PRコラム#33 ブランディングの鍵は「舞台裏」にあり(5)

こんにちは、荒木洋二です。

◆就活でも「舞台裏」

さる5月28日、現役大学生を対象としたオンラインでのセミナーに講師として登壇しました。テーマは「広報とPR。ホントの、現場の話。」(主催:CheerCareer)で、今週の金曜日に「第2回 メディア・リレーションズを知る」が開催されます。第1回は、「そもそも論」を問い、会社や広報の本質を深く考える機会としました。当日の模様は当ニュースルームのレポート記事をご覧いただきたい。

印象深かったのは、参加した大学生たちが一様に熱心に受講してくれたことです。セミナー終了後の感想もしっかりと書かれており、気付きや発見などが少なからずあったようで何よりでした。セミナーではそもそも広報とは何か、という本質的な問いを発しました。その答えが「表舞台と舞台裏を見える化し、内外に自ら伝える」ことであると解説しました。この意味するところは、当コラムの第22回をご参照いただきたい。大学生にとって果たして理解できるのか。少々憂慮していましたが、参加した男子大学生の感想を読んで杞憂だったことが分かり、安堵しました。レポート記事にも記載しましたが、改めてこの場で紹介します。

「表舞台と舞台裏の話は面白かったです。現在、選考を受けている中で、表舞台(就活サイト・新聞・CM)で企業の存在を知り、舞台裏(座談会・工場見学・ニュースルーム・交流会)で共感していく流れは実体験として経験しています。事実、オンライン選考の中では特に、舞台裏を多く提供している会社に惹かれていきました」。

大学生たちは就職活動をするなかで、表舞台と舞台裏の関係やそれぞれの役割を、実体験として捉えることができていたのです。これは筆者にとっても新しい発見でした。実は筆者は大学在学時にまともに就職活動をした経験がありません。だからこそ、なおさら彼の感想は新鮮でした。「舞台裏を多く提供している会社に惹かれ」るのは、年齢や立場に関係なく、人間の心理として共通していることなのです。

実体験を通して会社の魅力により多く触れ、共感してから働き始めるのと、そうでないのとではその後の離職率に大きな差が生まれるのではないでしょうか。現在はコロナ禍でほとんど実施できていないであろうインターンも、現場での仕事を体験するのですから、まさしく「舞台裏」を知るための活動といえます。就活でも「舞台裏」が鍵を握るということです。

◆ウェブ社内報で内定者のモチベーション向上

就活と「舞台裏」で思い起こしたことが二つあります。一つは転職支援会社エン・ジャパンのウェブ社内報の「en soku!」(えんそく)。

「en soku!」は「社内報アワード2018」(主催:ウィズワークス株式会社)において、ウェブ社内報部門でゴールド賞を受賞しています。同サイトを閲覧すると分かるように「社内報」と言いつつも、誰でも自由に閲覧できるように一般公開されています。

同サイトはエン・ジャパンの広報部の発案だといいます。広報部以外の他部署社員、約200人を「レポーター」として任命し、社内のさまざまな出来事をレポーターたちがつぶさに取材し、そのエピソードを毎日アップしています。「ライター」と呼ぶと少々荷が重くなるだろうということで、「レポーター」としたそうです。さじ加減が絶妙だと感心しました。しかもウェブサイトには200人の写真などが「レポーター一覧」に掲載されています。

受賞理由に関する詳細を見ると、内定者が入社前から組織文化や社風に触れることができ、モチベーションが向上したと記されていました。そのほかにも先輩社員をロールモデルとする後輩社員が現れたり、退職した社員が復職したり、新聞記者から社員が取材されたりするなど、その波及効果には目が見張るものがあります。

今年の初めにエン・ジャパンの新規事業責任者とオンラインで面談する機会に恵まれました。その打ち合わせの最後にウエブ社内報を話題にしたところ、「手前味噌だが」とことわりつつも「みんな、会社のことが大好きだからできるんですよ」と誇らしげに語っていました。同サイトを閲覧した際、会社や仲間たちを思う組織風土や、ワクワクして仕事をしているのだろうという雰囲気がにじみあふれていました。感じたそのままが彼らの言葉で返ってきたので、妙に納得したのを覚えています。

(社内報で発した)「舞台裏」をありのままに表したコンテンツには熱量があり、人の心を動かし、行動を喚起することができる力があるのです。

◆25職種64人の社員の声

もう一つ思い起こしたのが、任天堂が採用専用サイトの一環として展開している「仕事を読み解くキーワード」というページです。

3年ほど前、Yahoo!ニュースで同サイトの存在を知りました。ニュースでは、確か学生に一番人気のサイトであり、任天堂の顧客・利用者からも「こんな思いで、こうやって仕事をしているんだ」と話題になり評価を高めた、と書かれていたと記憶しています。

どんな内容なのかを紹介しますと、同社には25の職種があり、同サイトでは1職種につき1~5人程度の社員の声を掲載しています。トップページには「お客様に良い意味で驚いていただくために、任天堂ではたらく社員たちが日々どういうことを考えながら仕事に取り組んでいるのか、みなさんに知っていただくために、現場で働く社員の声をご紹介します」と記されています。同社の思惑どおり、64人の社員の声が並ぶ様に驚きを禁じ得ませんでした。全員、入社年と氏名、顔写真、簡単な略歴も掲載されています。

中小企業やスタートアップの間でも、以前より採用専用サイト(ランディングページ)を積極的に開設する傾向があったとみています。その大多数が、入社して間もない若い社員2、3人あるいは4、5人にインタビューした記事をきれいなデザインでまとめており、そのほかには代表者からの大学生などに対するメッセージが掲載されている程度でした。普段のありのままの姿を発信する、「舞台裏」を知ってもらおうという姿勢ではなく、小ぎれいに着飾った「広告」のようにしか見えませんでした。多数のサイトをじっくり閲覧したわけではないので、あくまでも筆者の印象に過ぎません。そんな印象を抱いていた筆者にとって、大手といえど任天堂のサイトは圧巻としか言いようがない充実したコンテンツでした。

同サイトは職種から探すことができるように、次の六つのカテゴリーに分類されています。
1)理工系(ソフト):5職種20人
2)理工系(ハード):3職種 6人
3)デザイン系   :7職種15人
4)サウンド系   :2職種 3人
5)制作企画系   :1職種 8人
6)事務系     :7職種12人

例えば、6番目の「事務系」。企業社会では裏方の印象が強く、ともすれば「コスト部門」と卑下されがちです。しかし、ここでは次の7職種にわたり、12人の社員の声が掲載されています。
・サービス運営
・販売戦略・プロモーション
・法務
・パブリッシャー支援
・経理
・通訳コーディネート
・購買・生産管理
どれも具体的な記述が多いのが特徴です。どんな姿勢や気持ちでどうやって仕事に取り組んでいるのか。実に分かりやすく臨場感のある内容ばかりです。

同社は海外展開していますので、例えば、法務ではゲーム自体の「おもしろさを損なわない」ように配慮し工夫しながら、さまざまな国の法律に沿うようにデザインを変更したりしているそうです。経理では、オンラインストア開設にあたり、「各国の消費税率などの改正に対応しやすいようにクラウドサービスを使うこと」になり、その支援を担いました。その際に心掛けたことは「とにかく人に聞く」ことだったそうです。米国は州により消費税率が変わるため、米国の税務局のホームページを調べ、自分の知識を高めたことなどが海外子会社とのやり取りで生かされました。今では、数字から会社が見える経理に面白さを感じていると綴られていました。

◆ありのままの姿を伝える

普段は見たり聞いたり、直接体験したりできないのが企業の「舞台裏」です。同じ利害関係者であっても立場が違えば、自分と直接やり取りがない部署のことや、会社組織全体のことは見えていないものです。

エン・ジャパンのウェブ社内報「en soku!」も、任天堂の「仕事を読み解くキーワード」も普段のありのままの姿、働く姿や声が多くの利害関係者から共感を得て、評価されています。広報や広告、採用、営業など情報発信を担当する人たちは、ともすれば気負い過ぎて、着飾り過ぎてしまいがちです。現実との、実際とのギャップがあれば、それはいずれ失望や不満に変わり、結果的に会社に有形無形の損失をもたらすことにつながりかねません。

ありのままの姿を自ら伝える。それこそが情報発信の原点ではないでしょうか。

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