Weekly Essay 伊藤忠、21年度の出生率1.97

私の記憶では、およそ1年前から「人的資本経営」という用語が企業社会で頻繁に使われ、浸透してきました。なぜか。2023年3月期から、上場企業は有価証券報告書で「人的資本」の開示が義務化されたからでしょう。人材をコストと捉えるのではなく、投資する対象として、価値を生み出す資本として捉え直そうとの考えから「人的資本」というようです。

従来はヒト、モノ、カネ、情報という経営資源の一つとして語られることが多かったことはよく知られています。この「資源」という表現が、コストと結びついて理解される傾向があったということなのでしょう。働く人たちが働きやすく、働きがいのある職場とするためにどんなことをしたのか。個々人がより高度で専門的な能力を身に付け、成長できるようにどんなことをしたのか。経営戦略と連動した人材戦略が問われています。

先週の社内ミーティングで、伊藤忠商事の出生率が話題に上がりました。全国平均を上回る数字で、同社の以前の倍近くまで伸びていると聞きました。関心があったのと正しく把握したいとの思いから、定期購読している日本経済新聞・電子版で検索してみました。すると、2021年度の伊藤忠の出生率は1.97。05年度で0.60、10年度で0.94でした。10年で2倍に伸びています。ちなみに21年度の全国平均は1.30でした。

一体、伊藤忠は何をしたのか。社員の立場に立ち、働き方改革に本気で取り組んだのです。10年度に社内託児所を設置、13年度に朝型勤務、20年度には在宅勤務を導入しました。特に朝型勤務の導入は子どもを持つ女性社員だけでなく、独身の女性社員や男性社員にとっても好評で社内全体に浸透するのが速かったようです。例えば、ある女性社員は朝6時に出勤し、子どもの朝の送りなどは夫に任せました。通常出勤の9時までに集中して業務をこなし、子どもの迎えの時間に間に合うように仕事を終わらせたそうです。あくまでも出生率の大幅な伸びは、働き方改革の結果としての副次的指標だ、と説明しています。さらに驚くべきことに10年度と比較して、21年度の労働生産性は5.2倍という成果を上げました。

人を大切にする「人的資本経営」がどこまで日本の企業社会で定着するのか。6月に出そろう各社の開示内容を注視したいと思います。


3月20日(月) 荒木洋二のPRコラム
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