広報PRコラム#93 「情報発信」をひもとく(8)

こんにちは、荒木洋二です。

企業が発信する公式情報は二つに大別できます。「表舞台」の情報と「舞台裏」の情報です。今回も前回に続き、「舞台裏」の情報とは何かを詳説します。

その前に両者の情報にはどんな違いや特徴があるのか。ここで今までの説明を整理しつつ、いくつか加えて比較してみます。

「表舞台」の情報を繰り返し伝えることにより、認知と理解を獲得できます。この段階では選択肢に挙げようと判断することではできますが、まだ「選ぶ」(=購入する/利用する)という行動には移せません。つまり選ばれません。
「舞台裏」の情報を伝えることにより、好意、信頼、共感を醸成できます。多角的かつ多面的な情報に何度も触れることで、「選ぶ理由」が生まれます。ここで初めて行動できるのです。つまり選ばれます。表と裏という両者の情報を組み合わせて積み重ねることにより、企業価値(=企業ブランド)を高めることができるのです。

◾️顧客体験は他者には見えない、感じられない

前回は社員の視点から商品・サービスを捉え直しました。すると失敗談、苦労話、開発秘話などの「舞台裏」の情報を浮き彫りにすることができました。動画撮影やインタビューにより、「見える化」することで熱量、エネルギーが満ちあふれたコンテンツを生み出せることを確認しました。

次に既存顧客の視点から商品・サービスを捉え直してみましょう。どんな「舞台裏」があるでしょうか。

端的にいえば、「顧客体験」です。顧客が企業・法人(BtoB)であれ、個人(BtoC)であれ変わりません。顧客が体験したことは、その本人(法人・個人)しか分からないことです。自分自身の胸の内にあるものですし、体感したことが感覚として残っているに過ぎません。
そのまま何もしなければ、外側からは何も見えません。他者には何も伝わりません。何も感じられません。BtoB企業の多くが実績として、顧客の会社名をコーポレートサイトなどに記載しています。しかし、この情報だけでは人の心は動きません。熱量もエネルギーもない、単なる無機質な情報だからです。
顧客企業が大手の場合、「すごい商品・サービスなのかもしれない」くらいには受け止めたとしても、到底その魅力の数々が伝わるはずがありません。心が大きく動くことはありませんし、結果として行動させるまでには至りません。

◾️唯一無二の体験を「見える化」して蓄積する

では、どうすれば伝わるのか。そんなに難しいことではありません。「見える化」すればいいのです。傾聴力と取材力を引っ提げてインタビューし取材することで、顧客自身の心の内にある、現場に潜んでいる魅力を引き出せばいいのです。文字や写真で、あるいは動画映像として「見える化」します。基本として次の三つの問いを投げかけます。

・どんな課題や悩みを抱えていたのか
・なぜ、当社(の商品・サービス)を選んだのか
・購入(利用)してみて、どんな便益(利点・効果など)があったのか

しっかりと傾聴することで、掘り上げて問い掛けることで今まで気付けなかった新たな魅力を発見できます。顧客体験とはその顧客自身に特有な体験、唯一無二なものです。顧客それぞれは置かれた環境も、そして抱えた事情も異なります。
一括りに顧客といっても最近購入・利用した新規顧客もいれば、長年継続して購入・利用している顧客、いわゆるロイヤル・カスタマーもいるでしょう。ロイヤル・カスタマーには継続する理由があるはずです。そのことも問い掛けてみるのです。

そんな背景や経緯があるからこそ、たとえ小さな差異だったとしても体験したことには明らかな違いがあります。一つとして同じ体験はありません。だからこそ何社でも何人でもインタビューするのです。そうすることでさまざまな魅力をより多く蓄積できます。
熱量を帯びた情報の蓄積量が増えることで、大きな渦を巻き起こすことができます。このようなコンテンツに触れ、出合うことで、さまざまな状況や状態にある周りの人たち(法人・個人)の心は間違いなく魅了されます。

◾️「舞台裏」には前後、左右、上下がある

一つの「表舞台」に対して六つの「舞台裏」がある、と私は理解しています。六つとは前後、左右、上下です。

前回確認した社員の失敗談や開発秘話は「前」です。商品・サービスが世に出る前のことだからです。前述した顧客体験は、実際の商品・サービスが世に出た「後」に初めて生まれる情報です。

では「左右」とは何を指すのでしょうか。(あくまでも私の解釈ですが)取引先やパートナーのことです。

今や企業社会は、世界を舞台にした分業社会です。特に製造業などは、壮大で複雑な分業構造の上に成り立っている業界です。バリューチェーン(価値の連鎖)といわれるように供給網と販売網があってこそ、価値(商品)を提供できるのです。
製造業を例に挙げると「左右」は次のとおりです。

・左:部品・原料、装置の調達先   =供給網
・右:卸・小売り、販売代理店(物流)=販売網

顧客の立場は、商品・サービスを購入・利用することで自社の売り上げに貢献する、いわば価値の最終ランナー、アンカーのような立場です。しかし、そこに至る過程には何人ものランナーがバトンを引き継いでいます。
供給網における、それぞれの取引先にも必ず製造・開発体験があります。それこそ失敗談も秘話もあります。美談もあるかもしれません。販売網では、成約するまでの過程で同様のことがいえるでしょう。
現在、取引先やパートナーと共同で連携して進めていることがあれば、それぞれの現場に足を運び「密着取材」を行うのです。

顧客体験を浮き彫りにしたのと同じように、傾聴力と取材力で「見える化」しましょう。取引先・パートナーの担当者と自社の担当者が対談することで、新たな魅力を発見できるでしょう。代表者同士の対談、あるいは関係の深い有識者を交えた鼎談でもいいかもしれません。埋もれていた魅力が浮き彫りにされるだろう、ということが容易に想像できます。

次回は残りの「上下」について、「表舞台」と対比させながら詳しく解説します。

前の記事へ 次の記事へ