広報PRコラム#32 ブランディングの鍵は「舞台裏」にあり(4)
こんにちは、荒木洋二です。
◆「舞台裏」に光を当てたテレビ番組
毎週日曜日の23時30分、TBS系で放映されている番組をご存じでしょうか。その名も『BACKSTAGE』(CBCテレビ製作)、つまり番組名が「舞台裏」なのです。昨日(6月6日)の放映では、ベーカリープロデューサーの岸本拓也さんに密着していました。
同番組の直前に放映されているのが人気長寿番組『情熱大陸』です。誰もが知るアスリートや有名企業の経営者、芸能人、業界で知る人ぞ知る専門家など、脚光を浴び活躍する人たちに密着し、その素顔やまさしく活躍の「舞台裏」に迫る番組です。
『BACKSTAGE』が始まったのは、2019年4月。今年の4月から3年目に突入しました。始まった時のことはよく覚えています。なぜ、よく覚えているのか。ちょうどその当時、当社は企業・組織の広報において、「舞台裏」を伝えることが最も重要だと、事あるごとに発信していたからです。社内のさまつなことでお恥ずかしい限りですが、同番組が始まることを知った際に少々興奮しながら、やや得意げに「舞台裏を冠した番組が始まるらしい」と伝えたことを鮮明に記憶しています。いつから「舞台裏」を発信してきたのか。メールや社内でのLINEのやり取りを調べたところ、2018年4月ごろだと判明しました。同番組が始まる1年前からでした。
筆者が同番組を最初に視聴したのが、「10分1,000円」で仕上げる美容室QBハウスを取り上げた回(2019年6月2日放映)。正直、驚きました。
「安かろう、悪かろう」の印象しかなかった同社を見る目が180度変わったと言っても過言ではありません。そこには理美容業界の常識を覆す、「10分1,000円で仕上げられる理由」が描かれていました。同社は理美容師(同社では「スタイリスト」と呼称)を育成する独自の研修制度を設けています。専門学校を卒業したばかりの新人だけでなく、カットの未経験者、ブランクのある人にヘアカット技術と接客技術を6カ月間かけて、徹底して教えます。番組では、ヘアカット技術にムラがあった経験者に厳しく基本から鍛え上げる様が映し出されていました。
個人の技術習得だけでは「10分1,000円」は実現できません。店内レイアウトもスタイリストと来店者の動線を研究したうえで設計されています。スタイリストの移動時間を減らすためにシステムユニットを独自開発しています。システムユニットの中にはさまざまな工夫を凝らした道具が収納されています。ネックペーパー、クシ、紫外線消毒器、エアウォッシャー、クローゼット。詳細については同社ウェブサイトに譲りますが、全ての道具に利用者を不快にさせず、スタイリストの時間を短縮できる工夫が施されています。
◆会社の魅力である「こだわり」をいかに伝えるか
同番組のウェブサイトを閲覧すると、番組コンセプトとして「その道のプロならではの『こだわり』や『仕事愛』を描き出す、“お仕事エンターテイメント”番組」と記されています。どんな業界の会社であれ、成長し存続している会社には必ず「こだわり」を持って働く人たちがいます。その会社ならではの「こだわり」を持って経営しています。その「こだわり」は会社にとっての魅力です。「舞台裏」を伝えるということは、「こだわり」を描き出すことです。前述のQBハウスの回でも同社の「こだわり」が存分に描かれていました。
国内最大手の広告代理店・電通。電通の子会社で企業の広報支援を担うのが電通PRです。同社では企業広報戦略研究所を運営しています。同研究所が開発した「魅力度ブランディングモデル」の概要を本コラム第20回と第21回で紹介しました。同モデルでは、企業の魅力を人的魅力、財務的魅力、商品的魅力の三つに分類し、この3要素の複合体が企業の魅力だとしています。生活者が魅力を感じた活動とファクトを各要素12項目合計36項目に分類しています。
同研究所が毎年実施する「魅力度ブランディング調査」では、第4回(2019年9月発表)と第5回(2020年9月発表)はランキングのトップ5は全く同じでした。ここでも「こだわり」がキーワードとして注目されています。第3位が「こだわりをもった社員が品質向上にチャレンジしている」(2019年37.4%、2020年44.1%)、第5位が「イノベーションにこだわる経営をしている」(2019年36.4%、2020年42.39%)でした。いずれも6ポイント以上、上昇しています。
同調査は生活者1万人を対象に実施しています。半数近い生活者たちが「こだわり」に魅力を感じていることから考えると、同番組が「こだわり」を描くことは理に適っています。視聴者が求めている事実を追いかけ、密着し、放映している、ということです。
ここで、同調査結果を参考にするうえで留意すべき点について触れておきます。調査対象は全国の20~69歳の男女計1万人で、各業種ごとに500人ずつ、全20業種(各業種10社)全200社を挙げています。ここで挙げられた200社はほとんどの人が知っている有名企業ばかりです。有名企業だからこそ、大勢の人たちにすでに小さくない影響を及ぼしている企業だからこそ、さまざまなメディアがその魅力を長い年月を通し繰り返し伝えているだろう、ということが容易に想像できます。でなければ、「こだわりをもった社員が品質向上にチャレンジしている」ことや、「イノベーションにこだわる経営をしている」ことなど、知る由もありません。もちろん仕事でぞれぞれの企業と取引や出合いがあり、その「こだわり」を直接見聞きしたり、体験したりしている人もいるでしょう。しかし、それらは少数派でしょう。大半はメディアでの報道、あるいはSNSでしょう。
◆自ら「舞台裏」を伝えよう
前述のQBハウスを運営するキュービーネットホールディングス株式会社はどうでしょうか。同社ウェブサイトの「トピックス/ニュース」を見てみると、1995年からの712件の報道実績が掲載されています。同番組での放映以降で61件の報道実績があります。
では、世の中の90数パーセントを占める大企業・有名企業以外は、どうやって「こだわり」を伝えればいいのでしょうか。メディアでの報道を狙うべきでしょうか。テレビにしろ、新聞や業界紙にしろ、あるいは専門紙誌やネットニュースなど、全て限りがあります。改めて紹介しますが、企業の「舞台裏」を扱う番組も少なくありません。しかし、時間もスペースも限られているため、その多くは大企業や有名企業、知る人ぞ知るといわれるほど、すでに業界で影響力のある企業や組織ばかりです。
どうすればいいのか。自ら伝えるしかありません。自ら「舞台裏」の情報を発信するのです。
報道は一過性の情報に過ぎません。読者や視聴者であったとしても見過ごす人や気付かない人は相当数存在しています。情報はあふれかえっていますので、やがて記憶は薄れるでしょう。QBハウスがこんなにも報道されているとは、今回調べてみて初めて知りました。筆者も日頃接するメディアは限られているから当然のことです。
では、QBハウスは「こだわり」を自ら伝えているのか。どんな企業も情報量の差こそあれ、会社の機能面である「表舞台」の情報はウェブサイトを代表に採用やマーケティングなど、さまざまな機会で発信しています。QBハウスもそうです。機能面である「表舞台」の情報はウェブサイトに詳細に記載されています。しかし、「表舞台」ばかりに終始しています。残念ながら、肝心の、魅力の宝庫であり、「こだわり」が詰まった「舞台裏」の情報はわずかです。「10分のこだわり」はあっさりとした文章での記載にとどまっています。人材育成の研修制度「ロジスカット」も機能面は詳細に記載されているものの、卒業生のインタビュー記事は3人とさびしい限りです。連結の従業員数は27,000人を超えているのに、です。卒業人数のデータはざっと閲覧してみましたが、公表されていません。ですが、想像するに何千人くらいはいるでしょう。しかも、インタビュー記事になかなかたどり着きません。働く人の声や姿は、さまざまな利害関係者から信頼や共感を得ることができる非常に強いコンテンツです。ブランディングには絶対に欠かせません。にもかかわらず、目立たないページにひっそりと掲載されているだけです。まるで隠すかのように。先に挙げたシステムユニットも同様で機能面に関する記載のみです。相当に考え抜かれた英知の結集であるはずなのに、「開発秘話」など、どこにも見当たりません。
共感が生まれるのは「舞台裏」の情報に触れた時です。「舞台裏」を体験した時です。信頼も機能面だけでは成立しないことは、当コラムでも何度か言及してきました。
「こだわり」を持って仕事をしているならば、経営をしているならば、それらを自ら表し、伝えるための活動にもっと人員や予算などの資源を投資すべきではないでしょうか。