新年のごあいさつおよび年始の抱負 〜問われるパブリック・リレーションズの真価

新年明けまして、おめでとうございます。

AGENCY ONE 代表取締役の荒木洋二です。

2022年は、パブリック・リレーションズの真価が問われる年になるでしょう。

なぜかと言えば、「新しい資本主義」がいよいよ動き始める年になる、と見ているからです。
新しい資本主義とは何でしょうか。
それは「公益資本主義」であり、「持続可能な資本主義」であり、そして「ステークホルダー資本主義」です。

2021年10月4日、第100代の総理大臣に自民党の岸田文雄総裁が就任されました。岸田首相は、同月8日、第205回国会の開会にあたり、所信表明演説をしました。

そこで岸田首相が掲げた三つの政策の一つが、「新しい資本主義の実現」でした。当初は、突然何を言い出すのか、と報道も有識者たちも批判的な内容が多かったように記憶しています。

■公益資本主義と持続可能な資本主義

しかし、実は岸田首相は2019年9月の自由民主党総裁選での所見発表演説会で、「人に優しい、公益に資する、持続可能な資本主義」について言及しています。
さらにそれ以前、2018年1月、「公益資本主義議員連盟」を設立した際に会長に就任しています。「公益資本主義」の提唱者は、米国で活躍するベンチャーキャピタリストの原丈人(はら・じょうじ)氏と言われています。
そして、2020年6月11日、派閥横断型の「新たな資本主義を創る議員連盟」を発足、会長にも就任しています。昨年の自由民主党の総裁選での所見発表演説会でも新しい資本主義と日本型の資本主義について語っています。
このように「新しい資本主義」とは、岸田首相が以前より自らが先頭に立って主張していたことなのです。

新しい資本主義とは日本型資本主義であり、公益資本主義のことです。公益資本主義は、原氏のほか、京都大学大学院の藤井聡教授(工学研究科)も数年前から提唱しています。
原氏の著書『「公益」資本主義 英米型資本主義の終焉』(文春新書刊)の中では、「公益」の「公」とは、具体的には「社中」のこととしています。原氏の言う「社中」とは従業員、経営陣、顧客、株主、地域社会、地球全体のことです。同書によれば、日本政府は、2013年11月1日、世界で初めて「『会社は従業員、経営陣、顧客、株主、地域社会、地球全体すべてのものである』という定義を政府として採択した」といいます。

岸田首相の演説でも触れられていたとおり、新しい資本主義とは持続可能な資本主義のことでもあります。
これは元鎌倉投資信託のファンドマネジャーだった新井和宏氏なども近年主張していることです。新井氏は近江商人の「三方よし」を発展させ、「八方よし」を説いています。藻谷ゆかり氏は、著書『六方よし経営 日本を元気にするビジネスのかたち』の中で「六方よし」を唱えています。この三つを整理すると、次のとおりです。

・三方よし:売り手 買い手 世間
・六方よし:売り手 作り手 買い手 世間 地球 未来
・八方よし:社員 取引先・債権者 株主 顧客 地域 社会 国 経営者

経済団体連合会も2021年6月、「サステイナブルな資本主義」を目指すと宣言しています。

■ステークホルダー資本主義とは

国内だけでなく、世界へと視線を広げてみます。

リーマン・ショックを機に「金融資本主義」、「株主資本主義」の失敗が叫ばれる中で登場してきたのが新しい資本主義です。そして、一昨年、昨年と世界を覆った新型コロナウイルスの感染拡大で、その流れに拍車がかかりました。

世界経済フォーラムは、2020年1月14日、年次総会の場で「ステークホルダー資本主義:持続可能で団結力ある世界を築くための宣言」を発表しました。年次総会のテーマは、「ステークホルダーがつくる、持続可能で結束した世界」でした。株主(ストックホルダー)資本主義の限界に直面し、ステークホルダー資本主義への移行を宣言した内容です。
つまり、新しい資本主義とはステークホルダー資本主義だというわけです。世界経済フォーラムでは、同年9月21日、ステークホルダー資本主義の進捗を測定する必要性を訴えました。さらに2021年1月22日、世界経済フォーラムと国際ビジネス評議会(IBC)のメンバーを含む61人のグローバル企業のリーダーは、同日発表した中核指標である「ステークホルダー資本主義指標」に基づいた報告に取り組むことを誓約しました。

私の専門分野はパブリック・リレーションズです。パブリック・リレーションズ、リスクマネジメント、CSR(企業の社会的責任)、いずれもステークホルダーの存在の重要性を説いています。

ステークホルダーは日本語で「利害関係者」と言います。企業・組織を取り巻く関係者のことであり、利益も損害も共有し、相互に影響を与え合う関係です。企業でいえば、経営者・社員、顧客、取引先・パートナー、株主、地域社会(行政・住民)のことです。前述した公益資本主義、持続可能な資本主義で明示したことと一致、符合します。
そもそも企業・組織は、利害関係者との関わりなくして、価値を生み出すことができません。その存在なくして、成長も存続もあり得ません。利害関係者とは価値を共に生み出す仲間・チームといえます。利害関係者とは、突き詰めると経営資源そのものといえます。

■社会的かつ持続的で最適な利益とは何かを問う

日本の有識者の中で欧米が唱えるステークホルダー資本主義に対して、いぶかしむ論調も見受けられます。しかし、大切なことは疑心暗鬼に陥り、裏読みすることではありません。受け身の姿勢からは何も生まれません。
そもそもどんな意義があるのか、という本質的な問いを発することが大切です。本質を探求し、その意義を深く理解したうえで実践することです。自らが率先して行動することです。

ステークホルダーというカタカナ・ビジネス用語に抵抗があるのであれば、社中でも三方、六方、八方でもどんな言い方をしても構いません。
公益とは、特定の層だけが利益を得ることではありません。社会全体の利益です。それが一定期間で途絶えるのでなく、持続されることが大切です。社会的かつ持続的で最適な利益とは何なのか。そう問いつつ行動することです。

世界で注目されるドイツの哲学者のマルクス・ガブリエル氏は、倫理的価値と経済的価値は両立すると説き、倫理資本主義を唱えています。それは社会資本主義だとも述べています。英語ですと、ソーシャル・キャピタリズムです。ソーシャル・キャピタルは世界の経営学の第一線でも注目を浴びています。これを日本語で訳すと、「社会関係資本」です。つまり社会関係資本主義ともいえます。

社会関係資本の概念では信頼、規範、ネットワークの重要性を説いています。筆者のコラムで何度か紹介している、入山章栄氏の著書『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社刊、2019年)でもソーシャル・キャピタルを取り上げています。入山氏は世界で最も注目される経営理論の一つだ、と断言しています。
もう少しだけ深掘りします。社会関係資本でいう「社会」を構成する主体を分解します。そのうえで企業・組織の視点から各主体を表現すると、それは利害関係者のことです。

パブリック・リレーションズとは、「利害関係者との良好な関係構築」という概念です。良好な関係、信頼関係を築くための実践を担うのがパブリック・リレーションズです。信頼関係を築くということは、すなわちソーシャル・キャピタルをつくるということです。

■パブリック・リレーションズの真価

では、パブリック・リレーションズの真価とは何か。今から解き明かしましょう。

当社は2021年に企業ブランディングを次のように定義しました。

・わが社の魅力をみんなの心に焼き印すること

言葉を一つ一つ分解し、解説します。

・「わが社の魅力」は、企業経営の「舞台裏」にある
 「舞台裏」こそ、わが社の魅力の宝庫

・「みんな」とは利害関係者、つまり目の前にいる人々
 遠くの誰かではなく、一人一人の顔が見える人々

・「心に焼き印する」とは、共感を得ること
 「舞台裏」を見える化して、共有することで共感は芽生える
 共感を一つ一つ組み合わせることで、共感の輪は広がる
 その共感の輪を積み重ねることで、共感の総和は増大する

 
魅力のない企業は共感を得られません。共感の総和を増やせません。

もっといえば、表面的で一過性の魅力は共感を生み出し続けることはできません。

表面をきれいに着飾ることはもちろん必要です。ただ、もっと重要なことは中身、内面です。表面をいくら着飾っても、中身がなければ早晩底が知れてしまいます。本質が露わにされます。そうなれば、共感はあっという間に消え去るでしょう。
人々を熱狂させるほどの力はもちろん必要です。ただ、根っこ、根本、土台ができていないと、やがて時の経過とともに熱は冷めます。泡のように消えてなくなる共感だったことに気付かされるでしょう。

絶えることのない、確かな魅力を生み出し続けるには何が必要なのでしょうか。何がその根本、土台となり得るのでしょうか。
それは事業に懸ける情熱です。掲げたビジョンを実現したい、という情熱です。経営者の情熱であり、当事者意識を持って関わる人たちの情熱です。その情熱をまとった魅力を伝えることで共感は広がり、紡がれます。

さらに問いかけます。情熱の源泉は何でしょうか。とてつもない熱量を持ったエネルギーを生み出す原動力とは何なのでしょうか。

それはわが社の存在意義、在り方への揺るぎない自信です。わが社は何者なのか。何のために存在しているのか。この自らに発せられた問いかけへの答えに対する確信です。

■在り方への自信、ビジョン実現に懸ける情熱、情熱をまとった魅力

在り方への自信、ビジョン実現に懸ける情熱、情熱をまとった魅力。これらが一直線で結ばれることで、みんなが共感でつながります。つながった共感こそが企業価値です。企業ブランドです。企業価値は公益ともいえます。公益とは社会的かつ持続的で最適な利益です。
そして、在り方への揺るぎない自信を、世代を超えてつなぐことでしか企業は永続できません。つながるとは伝え続けることであり、つなぐとは語り継ぐことです。

時空を超えて、共感を縦横無尽に紡ぐことがパブリック・リレーションズの本質であり、役割です。
新しい資本主義を実現するためには、愚直に真摯にパブリック・リレーションズを実践するしかありません。これこそがパブリック・リレーションズの真価です。

自らが先頭に立ち、パブリック・リレーションズの真価を示したい、と年頭に誓いを立てています。

本年もよろしくお願い申し上げます。

前の記事へ 次の記事へ