【ポッドキャスト #08】フジテレビ騒動を斬る(2)心理的安全性の視点から本質を探る
近年、企業社会で注目される心理的安全性。その安全性を阻む障壁は3段階にわたっています。
フジテレビなどのマスメディア業界にも、これら障壁が立ちはだかっていることを解き明かします。
広報の本質として、「ありのまま」「等身大」を伝える重要性にも触れています。
フジテレビ問題から見えてくるメディア業界全体に横たわる構造的問題と、その変革の必要性
荒木: 皆さん、おはようございます。
濱口: おはようございます。
荒木: 今週も、濱口さんと『広報オタ倶楽部』をお届けしたいと思います。よろしくお願いします。
濱口: 今週が待ち遠しかったですよ。先週の話に引き続き「フジテレビ問題」。
荒木: そうですね。「フジテレビ問題」は、いろいろな問題が複雑に絡み合っているからね。
濱口: 今回の問題は、一つじゃなかったですもんね。
荒木: 前回(#7)は、フジテレビというメディアに対してと、記者会見に集まった記者たち、この二つに絞って話をしました。今回は「マスメディア業界全体の構造はどうなっているのか」ということを見ていきたいと思います。
濱口: はい、お願いします。
荒木: ここ数年、はやりの言葉で「心理的安全性」というものがある。それについて、よく話されているけれど、濱口さんは聞いたことあるかな。
濱口: はい、ありますね。
荒木: 「心理的安全性」が注目を集めるようになったのは、アメリカのGoogleが(社内調査「プロジェクト・アリストテレス」で)「生産性が高いチームは心理的安全性が高い」という結果を発表したことがきっかけ。「決して、個人の能力が突出した人たちが集まったチームが強いわけじゃない」というようなこと。
日本でも、ここ6~7年(コロナ禍の前ぐらいから)、いろいろなところで「心理的安全性」について話すようになった。
濱口: 言っていますね。
荒木: そんな中で、「心理的安全性」に関して株式会社ZEN Tech代表取締役の石井遼介氏が書かれた『心理的安全性のつくりかた』(日本能率協会マネジメントセンター刊)を紹介するね。
(前述の通り)Googleの調査結果は、アメリカ人に対して調査した結果に基づいたものだった。でも、この本は慶應義塾大学の先生と組んで、日本のビジネスパーソン(6000人)に調査したところが面白い。調査内容は、「心理的安全性には何が必要なのか」とか「何が心理的安全性を阻むのか」というもの。その中でも特に面白かった話は、「心理的安全性を阻む3つの障壁」という話。その深い話に「なるほど」と納得した。
「広報=パブリックリレーションズ」だから、良好な関係を築くためには間違いなくコミュニケーションが必要。コミュニケーションという言葉は、「見る、聞く、考える、話す、伝える」ということ。このことは、今回の業界問題にもつながっていると思うし、マスメディアに限ったことではない。
濱口: なるほど。
荒木: (話がそれているので元に戻すと)メディア(テレビ)業界には、どんなプレイヤーがいるか見てみる。まずは、広告を出す「広告企業」(広告主)、いわゆるスポンサーがいる。そして、その間には必ず「広告代理店」が入っている。彼らは、「どの媒体に、どんな企画で、どんなタレントを使って、こんなことやりましょう」という提案をする。そこでOKが出たものが各媒体で広告枠として買われ、流れていく。
なので、コマーシャル(広告)の流れは、スポンサー企業がいて、代理店がいて、テレビがある。そして、最終的にはテレビ局が視聴者を見た上で、(大小さまざまある)芸能事務所のタレントを使って(番組などを作って)いく構造になっている。その構造の中でのパワーバランスがあって、それによって問題が起こっているのだと感じる。
濱口: そうですね。
荒木: テレビ局(報道・制作)の下には、制作会社がある。制作会社にも、大小さまざまあって、2次請け、3次請けもある。
濱口: うん。なるほど。
荒木: テレビ局は、数年に一度くらい捏造問題を起こす。(前述について)以前は、「少ない予算で番組を作らなきゃいけないから、捏造してしまった」と言われていた。そのことは、2次請け・3次請けの利益がどんどん削られ、相当過酷な状況を強いられたから起こっていること。
テレビ局は上場企業だから力を持っている。けれど、その下で番組を制作する(テレビ局の社員ではなく)制作会社のスタッフたちは、結構ヘビーな仕事をしている。その人たちには「人権があるのか」というくらいに、パワハラやセクハラなども含め、いろいろな問題が横たわっている。この構造全体の問題を解決しないと、今回の事案は解決しないんじゃないかと思う。
濱口: そうですね。
荒木: 場面、場面によって力関係は変わる。例えば、売れていないタレントなのか、あるいは、めちゃくちゃ大きな芸能事務所(例えば、現STARTO ENTERTAINMENTなど)なのかで、持っている力によるパワーバランスがあると思う。その業界の歪んだ構造を根本から変えないと、第2、第3のフジテレビ問題(案件や被害の度合いについては同じとは限らない)が今後も起こっていく可能性がある。だから、業界全体が変わっていかなきゃいけない。
濱口: 全くそう思いますね。
心理的安全性を阻む3つの障壁とは
荒木: そこで、なぜ、心理的安全性の話をしたのか、ということについて話を進めるね。まず、「心理的安全性を阻む3つの障壁」の一つは、「個人の行動やスキル」。個人がどう行動するのか、コミュニケーションスキルがどうなのか、それによって変わるってくる。伝え方が下手だったり、相手の心理が読めなかったり、そういう個人の問題を、まずは改善していく(各自の)努力が必要。その上に乗っかってくるのが組織風土(文化)。
濱口: なるほど。
荒木: 今回(の案件)でいうと、「フジテレビの企業風土」ということ。「フジテレビの天皇」と呼ばれる日枝久氏が「全部のことを決めているんじゃないか」といわれている。
今回の事案で、辞任を発表した港浩一社長については、「とてもじゃないけど社長の器じゃない」とか「プロデューサーでは、良かった」などの話もあった。
そのように、そこの組織文化に左右される。だから、いくら個人が行動しようと思っても、会社の雰囲気や風土に押しつぶされてしまう。
濱口: そうですね。
荒木: 個々のスキルの話でも、パワハラやセクハラが常態化していれば、なかなか個人では変えきれるものではない。
そこで組織風土を変えたとして、その上に乗っかってくることには、環境あるいは業界全体の構造問題がある。この3つの障壁が、常に心理的安全性を脅かしている。
われわれが気持ちよく、心穏やか(悪意によって不用意に心が傷つけられない、安全な状態)にいることに対して、常に3つの障壁が邪魔をして、脅かしている。私は、この話を「分かるな~」と、深々と感じた。
濱口: そうですね・・・、深いですね。
荒木: テレビ業界は確かに、制作会社(下請け)が苦しんでいる。広告代理店も(今はだいぶ変わってきたけど)横暴なところもあった。
濱口: まだまだ残っているところはありますね・・・。
荒木: その(業界全体の)構造自体が、個人の人権に対して無頓着であったり、いびつな力関係や感情を生み出していたりする。そうすると、勘違いをした人が表れ、人を傷つけることが起こるだろう。だからこそ、業界全体の構造が良くならないと怖さを感じる。
フジテレビは突出して、「過去の栄光にすがっている」とか「『楽しくなければテレビじゃない』と乗りが良すぎて他のテレビ局と違う」というような意見もある。でも、(どの局も)似通った構造はあるから、そこが変わっていかないと今回のようなことは、また起こりかねない。
濱口: 全くそうですね。
荒木: 私が別件で(知人と話していて)思ったことは、女性のアナウンサーに限らず、女性の記者たち(新聞・雑誌など)も、やっぱりセクハラに遭うことが多いということ。昔の話で言えば「女を使って、ネタつかんでこい」というようなことが、何年かに一度は明るみに出る。そういった問題は、テレビ局の女性スタッフだけでなく、女性記者にとっても同じく起こっている。
それは(男性の私が言うのも変だけど)、男性のゆがんだ優越的地位を乱用する欲望とか支配欲のようなところが、渦巻いている。それによって、社内で傷つく人がいるわけだから、全く良好な関係じゃない。
濱口: 女性側でも、それ(前述の行い)が嫌で苦しんでいる人もいれば、そこを利用して、のし上がっていく人もいますよね。それは、どちらも(優越的な地位を乱用する男性も、そこを利用する女性も)実力じゃないですよ。
荒木: 良好な関係って、お互いのいびつな私利私欲を中心に動くことではない。だから、根本から変わらないと(良好な関係を築くことは)難しいと思う。
濱口: このことは、すごく大きなテーマですよ。例えば、「フジテレビ1社(だけ)が変わる」とします。(1社だけであっても)関わっている企業も人も多いので大変だと思います。それが、業界全体となると・・・。
荒木: スポンサー企業・広告代理店・テレビ局・マスメディア・芸能事務所の今後の方向性として私が思うことは、「全てにおいて接待禁止」になるのではないかということ。
公のパーティー(賀詞交歓会や記念パーティーなど)はあるだろうけど、いわゆる「個別の接待は禁止」もしくは「必ず記録を取る」という方向に進むのではないかと思う。例えば、番組の打ち上げなどは、「一次会だけを会社の食堂で開催」とかね。そのぐらいまでオープンにしないと無くならないから、徹底していく可能性があると思う。
濱口: そうですね・・・。(個別の接待を)禁止しても「それは文化だ」「テレビ局は、そういうものだ」というように思っている人が多くいるじゃないですか。
荒木: 今回の事案でここまで来た(大ごとになった)から、相当監視などを徹底すると思う。今までは、口では(多少、注意を払って)言っていても、みんな平気でやっていたこと。
今回の事案後、TBSラジオは、(フリーアナウンサーの)生島ヒロシ氏がパーソナリティーを務める番組から、(重大なコンプライアンス違反を確認したとして)降板を決めている。降板した『生島ヒロシのおはよう定食/一直線』は、放送7000回直前だった。
あるいは、朝日放送テレビ(大阪市)は、取締役が交際費を不正に申請(同社員同士の会食だったが、社外関係者の参加を偽り申請)していたことが判明し、辞任ということもあった。それは、同社が社内調査に乗り出したことで判明した。
結果的にそういった動きが起きている。さっき濱口さんが言ったように、「また、どうせ」となるから、「全部禁止」というところまで徹底しないと信頼されない。
マスメディア業界全体で接待禁止への潮流が生まれるのか
荒木: 私が以前目にしたパナソニックの接待に関する記事内容(『日経ビジネス』2016年11月)に驚いた。それは、パナソニックが「一切の接待を禁止している」ということ(2004年、「クリーン調達宣言」により、調達部門の社員は原則として接待を受けることを禁止)。会社が定める行事を除き、購入先からの会食やゴルフ・旅行などの接待(会費制もしくは会社負担も同様に)を受けないと徹底している。
周りは、「それじゃあ何もできない」という意見もあるかもしれない。けれど、パナソニックは、「それでいい」と徹底している。だから、これからはそういう方向に向かう可能性があると思う。
職場に女性が増えてくると、それぐらい徹底しないと周りは信頼してくれない。過剰反応が悪い場合もあるけれど、いい意味で捉えれば、「自分の身に起こるかもしれない」との思いが身を律することになる。ルールを課さない限りは、同じようなことが起こるから、希望的観測も含めてそういう(接待禁止の)方向にいった方がいいと思っている。
今回、これだけ騒がれたのだから思い切って、業界全体の方向を転換する覚悟、そして(言いかたは悪いけど)決めていくチャンスだと思う。
濱口: それはもう、間違いなくそうです。
荒木: そうしないと結局、同じような問題が大なり小なり起こってくる。そういう意味では、オープンにして、「やましいことはない」ということが必要。
広報は「ありのまま=等身大」だから。セクハラやパワハラまがいなことが横行していたら、ニュースルームでいい記事を発信していても意味がない。たとえ「格好いいインタビュー記事が載っていても、実態は違うじゃん」となる。
だから、制作会社の人たちがマスメディア(各社運営)のニュースルームのインタビュー記事に出て、「私たちはフットワークの良さを生かしてやっています」とか「良好な関係で信頼されています」という(ことを堂々と話せる)関係になっていかないといけない。
ところで、話はNetflixに変わるけれど、同社は、スタッフに対しても役者に対しても正当に扱っている(地上波などと比較してかなり高額な費用を払っている)。日本の映画や地上波テレビでは考えられないこと。
そこを考えると、小さな会社で働いている人も、正しく能力を評価されて、適正な利益を分配される方向に変わっていく必要がある。そして、そういう現場で働いているならば、堂々とニュースルームで発言できるはず。
濱口: そうですね。
荒木: それは、「等身大の姿をいつでも見せられますか」ということ。見せていない企業は危険だと思っていいのではないかと感じる。
濱口: 今回のフジテレビの事案では、外部の記者から、やり玉に挙げられていますしね。それで結局、内部から崩れていきますもんね。
荒木: (フジテレビの)社員向けの説明会では、社員が涙ながらに訴える場面があったようだ。日枝氏を含めた経営陣の総退陣を求めたり、「方針を外に示してほしい」と訴えたり、そういった社員の切実な声が上がったにもかかわらず、社員の声は聞かない。なのに、株主に言われたら記者会見は開く。
濱口: とんでもない話ですね。
荒木: ウェブサイトでの情報も少ない。私は、質疑応答は全部載せるべきだと思う。
濱口: そうですよね。
荒木: それぐらい情報を開示していかないといけないと思っている。マスメディアだからこそ、襟を正してちゃんとオープンな姿勢で発信していく必要がある。
トヨタ自動車は、佐藤恒治氏の代表就任時の記者発表内容は、動画でいつでも視聴できるし、記者との質疑応答もほぼ全部テキストで載せている。
「いつでも、その時に何が起こったのかを隠さずに見せていく」ということを考えると、今回の説明会についても(10時間の内容全てを載せる必要はないけれど)「どんな質問があって、どう答えたのか」ということは、オープンしていかないと、ウェブサイトを見ていても「大事なことを隠しているな」と見えてしまう。
濱口: そうですね。そこを隠すから、記者たちが(質のいい記者も悪い記者も含めて)いろいろな質問をせざるを得なかったところが一部あるようにも思います。
荒木: そうだね。だから、これからはウェブサイトに企業の姿勢が表れると思う。いくら隠そうと思っても、どんな企業なのかが見えてくるんじゃないかな。企業のウェブサイトをしっかり見ていると、その会社の姿勢が透けて見える。
濱口: そうですね。(就労先で)パワハラやセクハラに遭った従業員たちが、Xなどで(SNSを通じて)訴えている投稿を見ることがあります。それで、BANされちゃう(アカウントが使用できなくなる状態)という話もよく聞きます。だから、テレビ局もそういう「いたちごっこ」をいつまでもやっていても仕方がないと思います。
荒木: そうだね。「ブラック企業は生き残れない」というぐらいに、ならないといけない。
濱口: そうですね。
荒木: 同じ人間なんだから価値は変わらない。(人間の価値に)上とか下とか、「自分さえよければ」という考えは止めないと良くないね。
濱口: それ(前述の思考)はフジテレビの中にあったかもしれないですね。だから、会社の中に権力争いがあって、いろいろな情報発信に対して不平等さが出てしまった。
荒木: 「隠したい何かがあるんだろうな」と思わせる記者会見だったし、ウェブサイトを見ても、「全部を話したくないんだろうな」と感じる内容だった。
濱口: 10時間も(記者会見を)やっておいて。
荒木: その辺りのことを踏まえて、(フジテレビ騒動は、全2回扱ったので)次回は別の話をしたいと思っています。
濱口: そうですね、次回はカラッとしたネタにしたいですね。
荒木: また違った「オタク」ぶりを発揮するネタで話ができればと思います。今日はここまでということで、ありがとうございました。
濱口: はい、ありがとうございます。来週はカラッとした荒木さんの「オタク」ぶりを楽しみにしています。
荒木: じゃあ皆さん、朝早いですが行ってらっしゃい。
濱口: 行ってらっしゃい。