第5回 ステークホルダーとの直接的なコミュニケーション

こんにちは、荒木洋二です。
私たちは今、ステークホルダー資本主義の時代を生きています。金融資本主義はリーマン・ショックが終わりの始まりであり、コロナ禍のタイミングで実質上は終焉したといえます。
■世界経済フォーラムの宣言
2020年1月14日、世界経済フォーラムは、年次総会の場で「ステークホルダー資本主義:持続可能で団結力ある世界を築くための宣言」を発表したのです。年次総会のテーマは「ステークホルダーがつくる、持続可能で結束した世界」でした。
これからの企業は、全てのステークホルダーと正面から向き合い、直接的にコミュニケーションすることが最重要課題であることが宣言された、ということです。資本主義の分水嶺となる歴史的な場だった、と後世が語り継ぐでしょう。
この時代の確かな息吹を感知できない経営者や広報、ブランディング、マーケティングに従事するビジネスパーソンは、ふるいにかけられる運命にあることに気付くべきでしょう。ステークホルダーと直接的なコミュニケーションができる情報環境がすでに整っています。
■内側をありのまま伝える
トヨタはいち早く感知しているからこそ、報道関係者と同じタイミングであらゆるニュースをそれぞれのステークホルダーにニュースルームを通して直接発信しています。前述したとおり、各ステークホルダーの間に張り巡らされていた壁を取り払いました。
今まで、ほかのステークホルダーそれぞれからは見えなかった実態をガラス張りで見せています。公式YouTubeチャンネル『トヨタイムズ』の概要欄で、トヨタは次のように語っています。
「幸せを量産できる企業にどうしたらなっていけるのか? モビリティカンパニーに変革していくために何をしていったらいいのか? カーボンニュートラルの実現にどうやって貢献していくのか? トヨタイムズは、そんなトヨタの内側を”ありのまま”伝えるメディアです」(太字は筆者)。
全てのステークホルダーに等しく、トヨタの内側をありのまま伝えることができるのは、直接的なコミュニケーションを重視しているからにほかなりません。その姿勢の表れです。
■求められる持続可能な経営と持続可能な社会の実現
トヨタは、記者会見、投資家・アナリス向け説明会、決算説明会などをニュースルーム上でリアルタイムならびにアーカイブでの視聴を可能にしています。会社と労働組合がコミュニケーションする「労使懇談会」の模様も、『トヨタイムズ』で詳しくリポートしています。
それぞれのステークホルダーとどう関わっているのか、ふだんの姿を包み隠すことなく、堂々と晒しています。ステークホルダーからのどんな言葉や意見も正面から受け止めようとする、毅然とした真摯な姿勢が見て取れます。
近年、持続可能な経営と持続可能な社会の実現が叫ばれています。だからこそ、全てのステークホルダーに長期にわたって最適な利益を与える。そんな企業姿勢が求められています。その企業姿勢を示す場所がニュースルームです。
ステークホルダー資本主義の時代を生きている自覚と、心底からステークホルダーを大切にする心がなければ、企業の成長も存続もあり得ません。
■日本型経営の源流「三方よし」
実はこの姿勢は目新しいものでは決してありません。かつて日本企業が大切にしていた日本型経営とも合致します。インターネットの普及が日本企業に原点回帰を求めているとも捉えることができます。
近江商人の経営哲学である「三方よし」は経営者の中では知られている言葉です。
売り手よし 買い手よし 世間よし
これを「三方よし」といいます。近江という地域は、ほぼ現在の滋賀県に当たります。近江商人の流れをくむ大企業はいくつもあります。何社か挙げてみると、伊藤忠商事、丸紅、大丸、高島屋、西川産業、凸版印刷、ワコールなどです。
江戸時代に入り、全国規模の市場開拓、流通が広がってきました。北海道では水産物、東北では紅花・生糸、関東では醸造業でした。そして、近江では、蚊帳、衣料品、小間物、薬を製造していました。
このような状況で全国規模の市場を開拓していくなかで、近江商人の原点が築かれたのです。
■ステークホルダーと長期的視点を重視
近江商人の原点は二つあります。まず、「他国者意識」です。近江から全国に出掛けて販売するわけですから、近江以外の土地では自分たちは常に第三者です。よそ者です。そのため「他国者意識」が根付きました。
次に「家の永続」です。常に長期的視点を持っていたのが近江商人です。今でいう持続可能な経営のことです。
このような意識を持っていた近江商人は、売り手にもいいこと、買い手にもいいこと、そして世間にもいいこと、つまり社会全体にとってもいいことを常に意識して商売していたのです。そうしなければ、商売が成り立たなかったのです。
「売り手」とは企業のことです。「買い手」は顧客です。「世間」は地域社会であり、社会全体です。現代的表現では、ウィン・ウィン・ウィンの関係です。これが近江商人の「三方よし」です。
常に長期的視点で、常に他国者意識があったのです。ステークホルダーを重視しなければ、そして長期的視点を持たなければ、企業は成長も存続も望めないことが分かっていた、というわけです。