第26回 ニュースルームとオウンドメディア(12)

こんにちは、荒木洋二です。
大企業が展開する広報は、ニュースルーム、オウンドメディア、SNSが主流の手段として定着しつつある、と筆者は見ています。これらをいかに組み合わせて情報を発信するのか、日夜試行錯誤しているようです。「情報」を扱っているという点で、前述の三つは共通しています。
本年7月8日から「ニュースルームとオウンドメディア」と題した連載を毎週お届けしてきました(先週9月23日は祝日のため休載)。今回が最終回です。
前回は、理解を深めてもらうため、架空のスタートアップ家電メーカーA社を例に挙げ、特にその顧客に焦点を当てたのです。ニュースルームにどんな記事(コンテンツ)を掲載しているかを、ステークホルダーごとに列挙しました。A社のニュースルームでは、ポジティブなエネルギーを身にまとった感情が蓄え続けられているのです。
最終回では、ニュースルームが組織にどんな変革をもたらすのかを明らかにしてみます。
◆限られた社員だけでは、顧客との関係は細くて弱くて脆い
前回からの続きで、まず顧客で例えます。企業と顧客のコミュニケーションは、ニュースルームの時代を迎えることで、リアルと紙媒体が主体だった頃では想像できなかった変化がもたらされるのです。
今までの顧客との心理的な関係、感情部分でのつながりを例えてみます。担当社員1人との接点であれば、一つの線でしか結ばれません。その線が太かったり細かったりの違いや、線が2、3本(社員2、3人)など多少の変化がある程度です。担当社員が退職することで、会社との関係が切れてしまうことも十分起こり得ます。細くて弱くて脆い関係といえます。
ところが、最近製品を購入した顧客Bがニュースルームを継続して訪れたとします。そこで、テキストや動画で構成された次のコンテンツ(記事)に出合い、時間をかけて一つずつ熟読し、視聴します。
・創業者の変革への熱い思い
・自分が購入した製品の開発秘話(開発に至るまでの挑戦、失敗談など)
・製造現場である工場での社員たちの息遣いが伝わる写真
・その製品におけるロイヤルカスタマー(優良顧客)へのインタビュー
・その製品に組み込まれている部品に対する部品メーカーのこだわり
・開発担当責任者と部品メーカー社長の対談(苦労話と将来展望)
・自社製品と関連が深い環境問題への取り組みを紹介したリポート
顧客Bの内面にはどんな変化がもたらされるでしょうか。
◆顧客の内面と行動の変化をシミュレーションする
顧客Bの内面の変化、そこからつながる行動の変化をシミュレーションしてみます。
・創業者の思いや、開発秘話でその情熱に触れることで、製品に対する誇り、技術者に対する畏敬の念が生まれる。
・社員が現場で熱心に仕事に向き合う姿やその声に触れ、社員への好意、会社に対する好感が育まれます。
・ロイヤルカスタマーのエピソードに深く共感することでユーザー・コミュニティへの参加を決めます。
・そのコミュニティで多種多様なエピソードに触れ、会社への帰属意識が芽生えます。
・製品の良さを親しい知人・友人に口コミで積極的に伝えます。
・何人かの部品メーカーの思いや、開発担当との対談を通して製品に対する愛着が深まります。
・環境負荷を軽減し、環境保全に真摯に取り組む姿を知ることで会社に対する信頼が強まります。
・SNSで社長のメッセージや企業の活動を自ら積極的にシェアし、拡散にも努めます。
・会社の新たな挑戦を知り、自らも何らかの形で参画し応援したいという思いに駆られます。
・新たな挑戦が実を結び、プロジェクトが成功することで会社との一体感が醸成されます。
◆ニュースルームの着実な運用がかつてない組織変革をもたらす
訪れる前までは、限られた社員との関係、あくまでも製品を通した関係に過ぎなかったのです。それが顧客B自身が自覚して、主体的に法人としての会社とつながりを持つに至るのです。しかも明らかにどんどん関係が深まり、強まっています。会社に対する愛着や好感、共感、そしてその先に会社との一体感が醸成されるまで変化は続く、ということです。
ここまでは、たった1人の顧客の変化を追ってみただけです。顧客の個々を見てみると、もともとの性格・価値観・ライフスタイルなど、備わっているものは異なります。抱える課題も同じものは一つとないでしょう。
それぞれが顧客Bと同様な道のりをたどることでどんな現象が生まれるでしょうか。それぞれが自分の身近な人たちを巻き込んで、それが合流することで小さくない影響を社会に及ぼすことができます。
顧客だけでなく、それ以前に経営者自身の心にもかつてない感情が生まれることは想像に難くありません。世代や立場が違う社員も同様でしょう。顧客体験に触れ、創業者の情熱を知った多数の部品メーカーにも変化がもたらされます。会社同士の関わりも間違いなく深化します。
そうして、太くて強い線があらゆる角度から幾重にも張り巡らされます。隙間がほとんど見えないくらいにです。側から見ても、誰が接しても、組織変革の確かなうねり、熱量を感じられるでしょう。
ニュースルームからあらゆるポジティブな感情が生まれるのです。それらは好意、愛着、畏敬、誇り、好感、信頼、共感、一体感などです。これらは企業における「感情資産」として形成、蓄積されていきます。
ニュースルームに蓄えられた数々のエモーショナルなエピソードが、組織変革の原動力、エネルギーの源泉となるのです。
