SRCF理論:第5回 感情資本はどこで生まれるのか

こんにちは、荒木洋二です。
SRCF(ステークホルダー関係資本フレームワーク)とは、企業とステークホルダーの間に形成される「関係」を資本として捉え、感情・物語・制度・歴史といった無形要素の動的循環を可視化する理論フレームワークです。
企業と社会を長期で読み解くための、新しい「レンズ」です。
Ⅰ.導入|なぜ「正しい発信」では人は動かないのか
1.正しい説明だけでは、関係が動かない現象
企業は日々、説明しています。
何を目指すのか。なぜその判断をしたのか。どのような価値を提供したいのか。
説明の量は、明らかに増えました。
ニュースルーム、SNS、オウンドメディア。
発信の手段も、言葉の洗練度も、以前より整っています。
それでも、関係が動かないことがあります。
・丁寧に説明している
・筋も通っている
・しかし、反応が薄い
・信頼が深まらない
・行動が生まれない
ここで起きているのは、情報不足ではありません。
感情が動いていないのです。
2.納得しても、行動にはつながらない理由
人は、理解したから動く。
そう考えたくなります。
しかし現実には、納得しても動かないことがある。
説明を受け入れても、心が動いていないことがある。
逆に、論理だけでは割り切れない何かに触れた瞬間、人が動き出すこともあります。
応援したくなる。
放っておけなくなる。
許せなくなる。
黙っていられなくなる。
そこにあるのは、理解だけではありません。
感情です。
感情は、行動の前にある。
少なくとも、そう捉えなければ見えない現象が、企業と社会のあいだには増えています。
Ⅱ.感情を「ノイズ」として扱うことの限界
3.感情を切り捨てると、何が見えなくなるのか
感情は、厄介です。
数値のように整いません。
前例のように再利用もできません。
人によって揺れ方も違います。
だから組織はしばしば、感情を脇に置こうとします。
議論を乱すもの。
判断を鈍らせるもの。
できれば持ち込まない方がいいものとして。
しかし、感情を切り捨てると、見えなくなるものがあります。
・小さな違和感
・言葉にならない反発
・沈黙の奥にある諦め
・表面には出ない怒り
・誰にも共有されない痛み
こうしたものは、見えにくいだけで、存在しないわけではありません。
むしろ、それらが見えないまま積み上がるとき、組織の関係は静かに壊れていきます。
4.きれいな戦略の裏で、置き去りにされるもの
戦略や方針が、きれいに整理されている組織があります。
言葉は明快で、説明も整っている。
外から見れば、何の問題もないように見える。
それでも、内側では別のことが起きている場合があります。
納得していないが、黙っている。
傷ついているが、口にしない。
違和感はあるが、言葉にしても無駄だと思っている。
感情が「ノイズ」として扱われる組織では、こうしたものが表に出にくくなります。
すると組織は、一見すると安定します。
しかしその安定は、感情が消えたからではありません。
感情が切断されたのです。
ここに、感情資本を考える必要があります。
Ⅲ.SRCFにおける感情資本
5.感情資本とは何か
ここで、感情資本という言葉を定義します。
感情資本とは、組織や人との関係の中で生まれ、蓄積し、行動を方向づける感情の力です。
その場で生まれて消える気分のことではありません。
繰り返し経験され、意味づけられ、記憶として残るものです。
嬉しかったこと。
悔しかったこと。
納得できなかったこと。
救われたと感じたこと。
そうした感情が、次の判断や行動の前提になります。
6.なぜ感情は資本になるのか
資本とは、価値を生み出す能力です。
感情は、選択に影響します。
・続けるか、離れるか
・応援するか、距離を置くか
・任せるか、疑うか
こうした判断は、論理だけで決まっているわけではありません。
一度積み重なった感情は、簡単には消えません。
むしろ、時間とともに解釈され直され、強まることがあります。
その結果、関係の方向が決まる。
だからこそ、感情は資本になります。
7.感情は「反応」ではなく「蓄積」である
感情は、その場の反応として捉えられがちです。
盛り上がった。
落ち込んだ。
怒った。
しかし、それだけで終わるものではありません。
そのとき何が起きたのか。
なぜそう感じたのか。
その後、どう扱われたのか。
これらが重なることで、感情は「残るもの」になります。
そして、その残り方が、組織や人との関係の質を決めていきます。
Ⅳ.感情資本はどこで生まれるのか
8.意味が感情に変わる瞬間
出来事だけで、感情が生まれるわけではありません。
その出来事が、自分にとって何を意味するのか。
それが立ち上がったときに、感情が生まれます。
同じ出来事でも、ある人にとっては前向きなものになり、別の人にとっては受け入れがたいものになる。
違いは、事実ではなく、意味です。
そしてその意味は、物語によって形づくられます。
9.共感だけではない。違和感・怒り・痛みも起点になる
感情資本というと、共感や好意といったものを思い浮かべがちです。
しかし実際には、それだけではありません。
違和感。
怒り。
悔しさ。
痛み。
こうした感情が、関係の起点になることがあります。
納得できない。
見過ごせない。
自分ごととして引き受けざるを得ない。
その感覚が、行動につながる。
むしろ、強い関与は、こうした感情から始まることも少なくありません。
10.感情は、経験と関係の中で増幅する
感情は、一人の中で完結しません。
誰かと共有される。
言葉にされる。
何度も思い返される。
その過程で、感情は形を変えながら、強まっていきます。
個人の感情が、関係の中で繰り返されるとき、それは組織の空気になります。
空気は見えません。
しかし確実に、行動を制約し、方向づけます。
ここに、感情資本の蓄積があります。
Ⅴ.感情資本がある組織/ない組織
11.感情が共有される組織
感情が共有される組織では、喜びも違和感も、そのまま放置されません。
なぜそう感じたのか。
何が起きているのか。
それが言葉にされ、意味づけられます。
その結果、感情は単なる反応ではなく、次の判断の材料になります。
こうした組織では、信頼や誇りが、時間とともに積み上がっていきます。
12.感情が切断される組織
一方で、感情が扱われない組織もあります。
違和感は流される。
怒りは抑え込まれる。
沈黙は見過ごされる。
表面上は問題がないように見えるかもしれません。
しかし内側では、
・諦め
・無関心
・距離
が蓄積していきます。
感情がないのではありません。
つながらなくなっているのです。
この状態では、関係は続きません。
Ⅵ.感情資本と五資本の循環
13.物語が感情を生み、感情が関係を深める
第4回で見たように、物語は意味を生みます。
その意味が感情に変わる。
感情が生まれると、人はただ理解するだけでは終わりません。
気にかかる。
放っておけなくなる。
もう一度関わろうとする。
そこではじめて、関係が動き始めます。
感情は、関係を深める起点です。
共感であれ、違和感であれ、怒りであれ、痛みであれ、感情が触れたとき、人と組織のあいだにある距離は変わります。
そして関係が続くと、制度として定着し、やがて歴史として残る。
その歴史が、再び物語となり、次の感情と関係を生んでいきます。
この循環の中で、感情は単なる通過点ではありません。
五資本の循環を前に進める駆動力なのです。
Ⅶ.結び
人は、理解したから動くのではありません。
意味が感情に変わったとき、初めて動き出します。
SRCFというレンズで見ると、感情は扱いづらいものではなく、関係を動かすための基盤です。
次回は、その関係がなぜ壊れ、なぜ続くのか。「関係資本」へと進みます。
