企業の基礎体力としてのリスクマネジメント 第3回

第3回 基礎体力は、日常のどこで育つのか
第2回では、企業の基礎体力を、筋力、持久力、柔軟性、バランス、敏捷性という五つの要素に分けて整理しました。
では、それらはどこで育つのでしょうか。
特別な研修や、危機が起きたときの訓練だけで身につくものではありません。
むしろ、日常の中で、
・どのような会話が行われているか
・小さな違和感がどう扱われているか
・情報がどこに集まり、どう共有されているか
そうした平時の積み重ねの中で、基礎体力は少しずつ形づくられていきます。
言い換えると、リスクマネジメントは、特別な場面でだけ機能する仕組みではなく、日常の現場にどう埋め込まれているかが問われるものです。
問題が表に出てから動く企業と、表に出る前から小さく整えられる企業の違いは、まさにこの点にあります。
まず重要なのは、違和感が違和感として扱われる空気があるかどうかです。
現場では、まだ明確な問題とは言えない段階で、
「何か気になる」
「少しおかしい気がする」
といった感覚が生まれることがあります。
しかし、その感覚は、数字や事実のように明確ではないため、組織の中では軽く扱われやすいものです。忙しさの中で後回しにされたり、気のせいとして流されたり、言い出しにくいまま消えていくことも少なくありません。
けれども、後になって大きな問題となる事象の中には、こうした小さな違和感の段階で、すでに始まっていたものが数多くあります。
だからこそ、基礎体力のある組織では、完成した報告だけではなく、未整理な気づきや小さな懸念も、ある程度受け止められる空気があります。
もちろん、すべての違和感が正しいとは限りません。見立てが外れることもあります。
それでも、違和感を口にできること、口にした内容がすぐに否定されず、一度は受け止められること。
この土壌があるかどうかで、敏捷性も柔軟性も大きく変わってきます。
次に問われるのは、そうした気づきや情報が、その場限りで終わらず、必要なところに届くかどうかです。
どれほど現場に感度があっても、情報が個人の中にとどまり、共有されず、蓄積されず、その場の会話だけで消えてしまえば、組織の力にはなりません。
逆に、小さな変化や違和感が、必要な人に届き、振り返ることができ、次の判断につながる形で残っていけば、それは企業の基礎体力として蓄積されていきます。
ここで大切なのは、大がかりな仕組みを最初から整えることではありません。
誰がどの情報を持っているのか。
どこに集めれば見失わないのか。
気になることがあったとき、誰に、どのように共有すればよいのか。
そうした基本的な流れが、日常の中である程度見えているだけでも、組織の状態は大きく変わります。
情報は、集めるだけでは足りません。必要なのは、つながることです。
現場の気づきが管理部門につながる。
顧客からの声が経営判断につながる。
一度起きた出来事が、次の備えにつながる。
この接続が弱い組織では、同じようなことが何度も繰り返されます。一方で、情報がつながる組織では、個別の出来事が経験として残り、少しずつ耐性が育っていきます。
そしてもう一つ、見落としてはならないのが、判断の軸が日常の言葉になっているかどうかです。
何かが起きたとき、組織は必ず何らかの判断を迫られます。
・何を優先するのか
・何を守るのか
・どこまで譲り、どこで踏みとどまるのか
このとき、判断の土台となる考え方が日頃から共有されていない組織は、その場の空気や立場の強い人の意見に引きずられやすくなります。
結果として、対応が場当たり的になり、社内でも社外でも不安を広げてしまうことがあります。
反対に、自分たちは何を大切にしているのか、どのような姿勢で向き合うのかが、日常の言葉としてある程度共有されている組織は、迷いながらでも、重心を失いにくくなります。
ここで言う判断の軸は、立派な理念文書の有無だけで決まるものではありません。
日頃の会話の中で、何を良しとし、何を避けるのかが少しずつ共有されているか。
管理職や経営層が、言葉と行動をある程度一致させているか。
現場がその姿勢を感じ取れているか。
そうした日常の積み重ねの方が、実際にははるかに大きく影響します。
基礎体力は、特別な日のために急いでつくるものではありません。
違和感を口にできる空気。
情報が集まり、つながり、残る流れ。
そして、判断の軸が日常の言葉になっている状態。
これらがそろっているとき、企業は問題が表に出る前の段階から、小さく整え、早く動き、大きく崩れにくい状態を保ちやすくなります。
リスクマネジメントとは、何かが起きたときの対応力だけを指すのではなく、平時にどのような状態を育てているかという問いでもあります。
次回は、この「基礎体力としてのリスクマネジメント」を、経営や実務の中でどのように位置づけ、どのように継続して整えていくのかを、最終回として束ねていきます。
本記事は、RMCAジャーナルの一環として掲載しています。
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