カスハラは、関係品質の問題である:第1回 カスハラは、なぜ「関係の揺らぎ」として起こるのか

カスハラは、関係品質の問題である ――SRCFで読み解く「応答の履歴」と経営リスク
第1回 カスハラは、なぜ「関係の揺らぎ」として起こるのか
カスハラとは、関係の揺らぎが可視化された経営リスクである。
本連載では、曽我昌子さんのセミナーを手がかりに、SRCFの視点から、関係品質、応答の履歴、サプライチェーン、ガバナンスの問題として読み解いていく。
カスタマーハラスメント、いわゆるカスハラという言葉を聞くと、多くの人はまず「理不尽な顧客対応」を思い浮かべるのではないでしょうか。
現場で暴言を浴びせられる。
過剰な要求を突きつけられる。
長時間拘束される。
従業員が疲弊し、心身に不調をきたす。
もちろん、これは深刻な問題です。
従業員を守ることは、企業にとって欠かすことのできない責任です。
しかし、先日開催したRMCAのセミナーで、講師の曽我昌子さんが示した視点は、そこにとどまりませんでした。
カスハラは、従業員が被害者になる問題である。
同時に、従業員が加害者になるリスクの問題でもある。
この視点は、カスハラを単なる顧客対応の問題から、経営の問題へと引き上げます。
なぜなら、従業員が加害者になるとき、そこにあるのは個人の性格だけではないからです。
組織の方針が曖昧である。
判断基準が共有されていない。
相談できる体制がない。
現場に任せきりになっている。
記録されず、経営に届かない。
そのような仕組みの不在が、従業員を追い込み、ときに顧客や取引先に対する不適切な応答を生んでしまう。
つまり、カスハラは「悪質な顧客」だけの問題ではありません。
また、「弱い現場」だけの問題でもありません。
顧客、従業員、上司、組織、取引先。
それぞれの関係が揺らいだときに、表面化する問題なのです。
曽我さんは、苦情を「顧客からのSOS」と捉え、カスハラを「従業員からのSOS」と捉えていました。
これは、とても重要な整理です。
苦情は、顧客が何らかの不安や不満を抱えた結果として表れます。
カスハラは、従業員が迷い、疲弊し、守られていないと感じた結果として表れることがあります。
もちろん、すべての苦情が正当であるわけではありません。
すべての要求に応えるべきだという話でもありません。
暴言や脅迫、過剰な要求に対しては、毅然とした対応が必要です。
しかし、それでもなお、表面に出てきた言動だけを見て、ただ処理するだけでは足りません。
その背後で何が揺らいでいるのか。
どの関係が壊れかけているのか。
どこで応答が失われたのか。
そこを見なければ、カスハラ対策は、単なる防御策になってしまいます。
SRCFの視点で見れば、カスハラは感情資本、関係資本、制度資本が同時に揺らいだ状態として読むことができます。
顧客の側には、不安、不信、怒り、諦めがある。
従業員の側には、恐怖、疲労、迷い、孤立がある。
組織の側には、判断基準の曖昧さ、記録の不足、エスカレーションの不全がある。
これらが重なると、関係の品質は低下していきます。
関係品質とは、単に「仲がよい」ということではありません。
日々の応答を通じて、「この会社なら大丈夫」と思える関係の質です。
問い合わせにどう応えるのか。
苦情をどう受け止めるのか。
従業員の相談にどう向き合うのか。
取引先からの違和感にどう耳を傾けるのか。
現場の迷いをどう経営に届けるのか。
こうした一つひとつの応答が、関係品質をつくります。
逆に言えば、応答が失われると、関係は少しずつ揺らぎます。
顧客は、自分の声が届いていないと感じる。
従業員は、自分は守られていないと感じる。
取引先は、対等な相手として扱われていないと感じる。
管理職は、判断を一人で抱え込む。
経営は、現場で何が起きているのかを知らない。
この状態が続けば、いずれどこかで関係は破綻します。
その破綻が、カスハラという形で見えることがあるのです。
だから、カスハラ対策の本質は、問題のある人を見つけて排除することではありません。
もちろん、悪質な行為には明確な境界線を示す必要があります。
従業員を守るために、対応を打ち切る判断が必要な場合もあります。
企業として、方針を示すことも欠かせません。
しかし、それだけでは十分ではありません。
重要なのは、関係が揺らいだときに、それを現場任せにしないことです。
組織として受け止めることです。
言葉にすることです。
記録することです。
次の判断に生かすことです。
企業の責任とは、すべての声に応えることではありません。
しかし、届いた声をなかったことにせず、どう受け止め、どう応答するかを決めることから始まります。
応答とは、単なる対応ではありません。
相手の声を、意味あるものとして受け取り、組織としてどう向き合うのかを言葉にすることです。
その応答が積み重なると、関係品質になります。
その応答が記録されると、制度になります。
その応答が学習されると、企業文化になります。
カスハラは、関係の揺らぎが可視化された経営リスクです。
だからこそ、カスハラ対策は、現場の防御策にとどめてはいけません。
それは、企業がステークホルダーとの関係をどのように受け止め、どのように応答し、どのように信頼を積み重ねていくのかを問うテーマです。
次回は、この視点をBtoCの顧客対応からさらに広げます。
大手企業と取引先、元請けと下請け、委託元と委託先。
そこで働く社員は、なぜ加害者にもなってしまうのか。
カスハラを、サプライチェーンの関係品質という視点から考えていきます。
