責任は、どこで宙に浮くのか:第2回 「いつもの手配」は、どこで制度の外に出るのか

責任は、どこで宙に浮くのか ――部活動バス事故から考える、主体と境界線

第2回 「いつもの手配」は、どこで制度の外に出るのか

前回は、部活動の遠征中に起きたバス事故をめぐり、これは「誰の事故なのか」という問いを置いた。

直接ハンドルを握っていたのは運転者である。
しかし、生徒たちは個人的な移動をしていたわけではない。
学校の部活動として、練習試合に向かっていた。

そこには、学校がある。
部活動がある。
顧問がいる。
バス会社がある。
運転者がいる。
保護者がいる。
地域交通の事情がある。
法制度がある。
過去から続いてきた慣行がある。

だからこそ、この事故は「運転者の事故」としてだけ受け止めることができない。
複数の主体が関わる中で、責任はどこで宙に浮いたのか。
そこに、この連載の問いがある。

今回は、その中でも「いつもの手配」という問題を考えたい。

本稿は、2026年5月22日時点で報道・公表されている内容をもとに、事故の背景にある主体、責任、慣行、制度境界について考えるものである。

刑事上、行政上、民事上の責任を断定するものではない。
また、学校、バス会社、運転者、関係者のいずれかを一方的に断罪するものでもない。

考えたいのは、誰が悪かったのかだけではない。
「いつものこと」として処理されてきた手配が、どこで制度の外に出てしまうのか、という問いである。

報道によれば、学校側は、貸切バスの運行を依頼した認識だったと説明している。
一方、バス会社側は、レンタカーと運転者紹介を依頼されたという趣旨の説明をしている。

この食い違いは、単なる言葉の違いではない。

「バスをお願いします」
「いつものようにお願いします」
「前回と同じ形でお願いします」

こうしたやり取りは、日常の現場では珍しくない。
相手との関係が続いていれば、細かな説明を省くこともある。
毎回、最初から契約条件を確認し直すのは、現場感覚としては面倒に感じられるかもしれない。

しかし、ここに危うさがある。

日常語としての「バスの手配」と、制度上の「貸切バスの運行」は同じではない。
日常語としての「運転手付きの車」と、制度上の「旅客運送」も同じではない。
関係者の間で何となく通じている言葉が、法律や制度の上でも同じ意味を持つとは限らない。

学校側が「貸切バスを頼んだ」と認識していたとしても、実際の契約書類や請求書、車両のナンバー、運転者の資格、保険、運送引受書がどうなっていたのかは、別の問題である。

事業者側が「レンタカーと運転者紹介だった」と説明していたとしても、その手配が会社の信用や顧客関係を背景に行われ、金銭のやり取りや請求が伴っていたのであれば、それがどのように評価されるのかは、やはり慎重に見なければならない。

ここで重要なのは、主観だけでは責任境界を確定できないということである。

「そのつもりだった」
「そう受け止めていた」
「いつもそうしていた」
「相手も分かっていると思っていた」

こうした言葉は、事故後の説明として出てくる。
けれども、安全を支える制度は、「つもり」だけでは動かない。

必要なのは、確認である。
書面である。
記録である。
誰が、何を、どの制度のもとで引き受けたのかを明らかにする手続きである。

報道では、今回の手配が一回限りの特殊な出来事ではなく、過去から一定の形で繰り返されていた可能性も指摘されている。

学校名義のレンタカー契約が複数回あったこと。
その一部で、事業者側の営業担当者が運転手として記載されていたとされること。
請求書に「貸し切りバス」と「レンタカー代・人件費」のような複数の記載パターンがあったとされること。
事故現場から、運転者への手当などとみられる金銭の入った封筒が見つかったとされること。

もちろん、これらの事実関係や法的評価は、今後の捜査や調査を待つ必要がある。
ここで断定してはならない。

しかし少なくとも、これらの報道が示しているのは、今回の事故が「その日だけの特別な手配」として片づけられない可能性である。

一回だけなら、例外と言えるかもしれない。
しかし、同じような形が繰り返されていたなら、それは慣行である。

慣行とは、現場を回すための知恵でもある。
いちいち確認しなくても進む。
誰に頼めばよいか分かっている。
過去に問題がなかったから、今回も同じでよいと考える。
関係者の負担を減らし、物事を円滑に進める力がある。

だから、慣行そのものを悪と見るべきではない。

学校現場は忙しい。
顧問は授業も部活動も生徒対応も抱えている。
遠征や練習試合の段取りには、時間も手間もかかる。
費用の問題もある。
保護者負担への配慮もある。
地域によっては公共交通機関が十分ではない場合もある。

地域の事業者にも事情がある。
人口減少、自家用車の普及、人手不足、車両維持費、観光需要の変動。
地域交通を支える会社ほど、継続的な顧客からの相談を簡単には断りにくい。

「何とかしてあげたい」
「いつもの学校だから」
「前もこの形でやったから」
「費用を抑えられるなら、その方がよい」

こうした思いは、現場の善意や関係性から生まれることもある。
しかし、善意が制度の代わりになるわけではない。

むしろ、善意で処理されるほど、責任の輪郭は曖昧になる。

正式な貸切バスの運行であれば、事業者、車両、運転者、行程、運賃、保険、緊急連絡先などが確認される。
運転者の資格や健康状態、運行管理、点呼、記録も、安全の仕組みの中に置かれる。

一方で、レンタカーと運転者紹介のような形になると、責任の線は一気に見えにくくなる。

車両を借りたのは誰なのか。
運転者を選んだのは誰なのか。
運転者は誰の管理下にあったのか。
事故時の責任や保険はどうなるのか。
学校は何を確認したのか。
事業者はどこまで関与したのか。
営業担当者の個人判断だったのか。
会社としての行為だったのか。

制度の上では区別されるべきことが、慣行の中では混ざってしまう。

そこに、今回の事故が突きつけている問題がある。

「いつもの手配」は、便利である。
しかし、便利さは確認を省く理由にもなる。

「いつもの相手」は、安心である。
しかし、安心は疑う力を弱めることがある。

「前も問題なかった」は、心強い。
しかし、過去に事故がなかったことは、今回も安全であることの証明にはならない。

事故が起きて初めて、私たちは書面を確認する。
請求書の項目を見る。
契約の名義を見る。
運転者の資格を問う。
車両のナンバーを見る。
保険の範囲を確認する。
誰が何を頼み、誰が何を引き受けたのかを調べる。

けれども、本来それは、事故の後に確認するものではない。
出発前に確認されていなければならない。

ここで問われているのは、学校現場の事務処理能力だけではない。
バス会社の内部統制だけでもない。
顧問個人の注意力だけでもない。

学校教育活動としての移動を、どのように制度の中に置くのか。
地域事業者との継続的な関係を、どのように安全確認の仕組みと結びつけるのか。
口約束や慣行に頼りがちな現場で、どこに記録を残すのか。
誰が最終的に「この形では出発できない」と言えるのか。

その設計が問われている。

責任は、事故後に突然発生するものではない。
出発前の依頼の仕方に、すでに責任はある。
見積もりの取り方に、責任はある。
請求書の確認に、責任はある。
車両と運転者の確認に、責任はある。
保険と緊急連絡先の確認に、責任はある。
過去の慣行を点検することにも、責任はある。

しかし、それらが「いつものこと」として流れていくと、責任は見えなくなる。

誰も責任を負っていないのではない。
むしろ、それぞれに小さな責任があった。
ただ、その小さな責任が、ひとつの安全確認として結びつかなかった。

そこに、責任が宙に浮く瞬間がある。

慣行は、現場を助ける。
しかし、慣行が制度を薄めたとき、危険は見えにくくなる。

信頼は、関係を支える。
しかし、信頼が確認を不要にしたとき、安全は弱くなる。

善意は、人を動かす。
しかし、善意が手続きを代替したとき、責任の境界線は曖昧になる。

今回の事故を考えるうえで、私たちはこの点を見落としてはならない。

「いつもの手配」は、悪意ではない。
けれども、悪意がなくても、制度の外に出ることはある。
制度の外に出たとき、最初に失われるのは、責任の明確さである。
そして、責任の明確さが失われたとき、安全を止める力も弱くなる。

では、どうすればよいのか。

慣行をすべて否定することではない。
現場の関係性を壊すことでもない。
地域の事業者に過度な負担を押しつけることでもない。
顧問だけに責任を背負わせることでもない。

必要なのは、慣行を記録に戻すことである。
口約束を、確認に戻すことである。
信頼を、手続きと両立させることである。
善意を、制度の中で生かすことである。

「いつものことだから大丈夫」ではなく、
「いつものことだからこそ、確認する」。

この姿勢がなければ、責任はまた、主体と主体の「あいだ」に落ちてしまう。

次回は、学校教育活動としての移動を、誰が設計するのかを考えたい。

スクールバス、貸切バス、レンタカー、公共交通機関、保護者送迎。
学校の外に出る活動には、多様な移動手段がある。

それを、顧問個人の段取りとして見るのか。
学校組織の安全設計として見るのか。
地域交通と教育活動の接点として見るのか。

部活動の移動は、単なる移動ではない。
学校教育活動の一部である。

だからこそ、その安全は、誰かの慣れや善意だけに委ねてはならない。

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