カスハラは、関係品質の問題である:第2回 社員はなぜ、加害者にもなってしまうのか

カスハラは、関係品質の問題である ――SRCFで読み解く「応答の履歴」と経営リスク
第2回 社員はなぜ、加害者にもなってしまうのか
カスハラとは、関係の揺らぎが可視化された経営リスクである。
本連載では、曽我昌子さんのセミナーを手がかりに、SRCFの視点から、関係品質、応答の履歴、サプライチェーン、ガバナンスの問題として読み解いていく。
カスタマーハラスメントという言葉は、多くの場合、BtoCの場面で語られます。
店舗の窓口。
コールセンター。
介護施設。
公共窓口。
サービス業の現場。
そこでは、顧客や利用者から従業員に対する暴言、威圧的な態度、過剰な要求、長時間の拘束などが問題になります。
もちろん、それは重要な問題です。
従業員の尊厳と安全を守ることは、企業や組織にとって欠かすことのできない責任です。
しかし、カスハラをBtoCの顧客対応だけの問題として捉えると、見落としてしまうものがあります。
それは、BtoBの取引関係の中にも、同じような構造が存在するということです。
大手企業と取引先。
元請けと下請け。
委託元と委託先。
購買部門とサプライヤー。
発注側と受注側。
そこにも、強い立場と弱い立場があります。
そこにも、断りにくい関係があります。
そこにも、無理な要求をのみ込まざるを得ない空気があります。
そして、その関係の中で、社員が加害者になることがあります。
ここでいう加害者とは、特別に悪意を持った人のことだけではありません。
相手を傷つけようと考えている人だけを指しているわけでもありません。
むしろ問題は、本人がそれを「通常の業務」だと思っている場合です。
価格を下げるよう求める。
短納期を迫る。
不可能に近い資料の提出を求める。
本来は自社が負うべき負担を、取引先に押し付ける。
社内行事への協賛を当然のように求める。
断れば、次の取引に影響するかもしれない空気をつくる。
こうした一つひとつは、発注側から見れば「仕事の調整」や「交渉」に見えているかもしれません。
しかし、受け手側から見ればどうでしょうか。
断れない。
言い返せない。
不合理だと思っても、関係を失うことが怖い。
担当者の機嫌を損ねれば、取引全体に影響する。
社内に持ち帰っても、「仕方ない」と言われる。
そのような状態が続けば、取引関係は対等なものではなくなります。
ここで起きているのは、単なる価格交渉ではありません。
関係の品質が低下しているのです。
日本の企業社会には、長く「下請け」という言葉で表されてきた構造があります。
もちろん、すべての取引関係が不健全だということではありません。
多くの企業が、取引先を大切なパートナーとして位置づけ、品質向上や技術開発、安定供給のために協力しています。
一方で、長年の取引慣行の中で、力の差が固定化してしまうこともあります。
発注側は、自分たちが強い立場にいることに気づきにくい。
受注側は、不満や違和感を口にしにくい。
現場の担当者同士のやり取りは、経営に見えにくい。
問題が起きても、記録されず、構造として捉えられない。
このとき、社員は個人として加害者になるのではありません。
組織の力を背負ったまま、相手に向き合ってしまうのです。
SRCFの視点で見れば、ここには複数の資本の揺らぎがあります。
まず、感情資本が毀損します。
取引先には、不安、不信、諦め、怒りが蓄積します。
発注側の社員にも、数字を達成しなければならない焦りや、社内からの圧力があるかもしれません。
次に、関係資本が劣化します。
本来は共に価値を生み出す相手であるはずの取引先が、単なるコスト削減の対象になる。
「仲間」ではなく、「言うことを聞かせる相手」になっていく。
さらに、制度資本が不全になります。
何を求めてよく、何を求めてはいけないのか。
どこからが正当な交渉で、どこからが不当な要求なのか。
取引先からの相談や違和感を受け止める仕組みがあるのか。
その境界線が曖昧なままでは、現場の担当者は自分の判断だけで動くことになります。
そして、歴史資本も歪みます。
「昔からそうだった」
「この業界では普通だ」
「取引とはそういうものだ」
という言葉が、不健全な関係を温存する物語になってしまう。
このように見ると、社員が加害者になる背景には、個人の資質だけではなく、組織の構造があります。
もちろん、個人の言動が問われないという意味ではありません。
威圧的な態度や不当な要求は、個人としても慎まなければなりません。
しかし、それを個人の問題だけに閉じると、同じことは繰り返されます。
なぜ、その要求が当然のように出されたのか。
なぜ、相手が断れない関係になっていたのか。
なぜ、違和感が社内に戻らなかったのか。
なぜ、取引先との関係品質を確認する仕組みがなかったのか。
そこまで見なければ、カスハラ対策は表面的な注意喚起で終わってしまいます。
前回、カスハラを「関係の揺らぎ」として捉えました。
その揺らぎは、顧客と企業の間だけで起きるものではありません。
企業と従業員の間にも起きます。
上司と部下の間にも起きます。
委託元と委託先の間にも起きます。
発注側と受注側の間にも起きます。
つまり、カスハラは、ステークホルダー関係の問題なのです。
ここで問われるのは、企業が取引先をどのような存在として見ているかです。
単なる外部業者なのか。
価格を下げる相手なのか。
無理を聞いてもらう相手なのか。
それとも、価値を共に生み出す仲間なのか。
この見方の違いが、日々の言葉や要求に表れます。
取引先を仲間として見ていれば、要求の出し方は変わります。
無理を求める場合でも、その理由を説明し、相手の事情を聞き、負担を分かち合う余地を探すはずです。
一方で、相手を弱い立場の業者としてしか見ていなければ、要求は一方的になります。
相手の沈黙を同意と受け取り、我慢を協力と誤解するようになります。
これは、関係品質の問題です。
関係品質とは、気持ちのよい関係という意味だけではありません。
互いの立場を理解し、必要な境界線を持ち、違和感を言葉にできる関係の質です。
そして、その関係品質を守るためには、組織の仕組みが必要です。
取引先に対して、何をしてはいけないのか。
無理な要求が発生しそうなとき、誰に相談するのか。
取引先からの違和感や苦情を、どのように受け止めるのか。
購買や営業の現場で起きている関係の揺らぎを、経営はどう把握するのか。
これらを曖昧にしたままでは、社員はいつの間にか加害者になってしまうかもしれません。
被害者も加害者も出さない。
この言葉は、カスハラ対策において非常に重要です。
従業員を被害者にしないこと。
同時に、従業員を加害者にもさせないこと。
そのためには、顧客対応だけでなく、サプライチェーン上の関係も見直す必要があります。
企業は、社外のステークホルダーに対して、どのような言葉で向き合っているのか。
どのような要求をしているのか。
その要求は、相手の尊厳や事業継続を脅かしていないか。
相手の声や違和感は、社内に戻ってきているのか。
そこを見直すことが、カスハラ対策であり、関係品質の再設計でもあります。
カスハラは、特定の現場だけで起きる特殊な問題ではありません。
関係の非対称性があるところには、どこでも起こり得ます。
だからこそ、企業は問われます。
自社の社員は、守られているか。
同時に、自社の社員は、誰かを追い詰めていないか。
自社の取引は、相手を仲間として扱っているか。
それとも、沈黙を利用する関係になっていないか。
この問いに向き合うことが、関係品質を高める第一歩です。
次回は、カスハラ対策の中核にある「記録」について考えます。
記録するとは、何を残すことなのか。
相談内容だけを残せばよいのでしょうか。
それとも、組織がその声をどう受け止め、どう応答したのかまで残す必要があるのでしょうか。
次回は、記録することを「応答を可視化すること」として読み解いていきます。
