感情は、どのように組織の判断になるのか:第2回 感情に応答しても、要求を受け入れる必要はない

感情は、どのように組織の判断になるのか
第2回 感情に応答しても、要求を受け入れる必要はない
「あなたが不安を感じていることは分かりました」
そう伝えると、相手の要求まで受け入れなければならないのでしょうか。
「大切に扱われなかったと感じたのですね」と応答すれば、会社側の非を認めたことになるのでしょうか。
苦情や強い要望に対応する現場では、こうした迷いが生まれます。
相手の感情を受け止めた途端、こちらが譲歩したように見えるのではないか。
謝意や共感を示せば、責任を認めたことになるのではないか。
その不安から、感情には触れず、事実や規則だけを説明しようとすることがあります。
しかし、感情への応答と、要求への回答は同じものではありません。
感情、事実、要求を分ける
相手が強く訴えているとき、その言葉の中には複数のものが混ざっています。
一つは、相手が経験したと考えている事実です。
もう一つは、その経験によって生まれた感情です。
そして、その感情や事実をもとに、会社に求めている要求があります。
例えば、
「担当者から説明がなかった。軽く扱われた。責任者を出して、代金を全額返してほしい」
という訴えがあったとします。
この言葉には、
「説明がなかった」という事実に関する主張、
「軽く扱われた」という感情や受け止め方、
「責任者との面談と全額返金」という要求が含まれています。
これらを一つの塊として受け止めると、会社は「全て認めるか、全て否定するか」という二者択一に陥ります。
けれども、分けて考えれば、異なる応答ができます。
感情については、
「十分な説明を受けられず、大切に扱われなかったと感じていらっしゃるのですね」
と応答できます。
事実については、
「当時の説明内容と対応の経緯を確認します」
と伝えられます。
要求については、
「返金の可否については、事実を確認したうえで会社として判断します」
と答えられます。
感情に応答すること、事実を確認すること、要求について判断することは、それぞれ別の行為です。
感情を受け止めることは、責任を認めることではない
相手が感じた不安や失望は、その人にとって実際に生じたものです。
組織がその感情を受け止めるために、相手の主張を全て事実と認定する必要はありません。
「そのように感じたのですね」という応答は、
「あなたがそう感じたことを、私は聞いています」
という意思表示です。
会社側の過失を認めることでも、法的責任を確定することでもありません。
感情に触れないまま規則や契約だけを説明すると、相手は「自分が何に傷ついたのかを理解してもらえていない」と感じるかもしれません。
すると、要求の内容よりも、理解されていないという感覚を訴えるために、言葉がさらに強くなることがあります。
一方、感情を受け止めたことを理由に、相手の要求をそのまま受け入れれば、判断基準が揺らぎます。
相手の感情には応答する。
事実は確認する。
要求は組織として判断する。
この順序を保つことが、対話を続けながら境界線を守ることにつながります。
「公正」は、どちらか一方のためのものではない
榎本澄雄氏は、講演の中で、クレーム対応において大切なこととして「公正」「うそをつかない」「積極的な姿勢を見せる」の三つを挙げていました。
講演後のやり取りでも、榎本氏は「公正」を実務でよく意識していると教えてくれました。
公正とは、相手の要求をできる限り受け入れることではありません。
会社の都合を優先し、規則を一方的に押し付けることでもありません。
相手の話を聞き、必要な事実を確認し、あらかじめ定めた基準に基づいて判断し、その理由を説明する。
同じような状況では、相手によって対応を変えない。
対応できることと、できないことを明らかにする。
私は、こうした過程が公正さを支えるのだと考えます。
公正であるためには、顧客や相談者の尊厳だけでなく、対応する社員の尊厳や安全も守られなければなりません。
相手の要求を断れば、関係を壊すことになる。
そう考えて、社員に対応を続けさせることが、公正とは限りません。
脅迫や人格否定、長時間の拘束などが続く場合には、対話を終了し、担当者を交代させ、必要に応じて警察や専門家へつなぐ判断も必要です。
相手に向き合うことと、限界なく応じ続けることは違います。
「No」を、対立だけで伝えない
榎本氏の講演では、「Noを言わずにNoを伝える」という考え方も紹介されました。
単に、
「できません」
「規則ですから」
「これ以上は対応しません」
と伝えれば、相手との対立が強まることがあります。
そこで、WHATやHOWから始まる開放的な質問を使い、相手にも解決策を考えてもらいます。
例えば、
「どのようにすれば、双方にとって公正な解決に近づけるでしょうか」
「私たちにできる範囲で、何を優先することが最も大切でしょうか」
と問いかけます。
これは、会社が判断を相手に丸投げすることではありません。
できないことを曖昧にしたまま、相手を誘導することでもありません。
会社の限界を保ちながら、対話の中に相手の判断や選択を戻す試みです。
説明して従わせるのではなく、問いかけによって、相手にも考えてもらう。
「説得しない」という言葉には、そのような意味も含まれているのだと思います。
境界線を、現場担当者だけに決めさせない
ただし、どこまで応じ、どこから断るのかを、現場担当者が一人で決めることには限界があります。
相手の感情を受け止めながら話を聞く人が、返金や補償の判断まで担う。
対応を続けるか、終了するかを、その場で一人で決める。
さらに、その判断の責任まで引き受ける。
これでは、現場担当者に過度な負担が集中します。
感情への応答は、現場で行われます。
けれども、要求に対する最終的な判断は、組織が引き受けなければなりません。
そのためには、
誰が相手との対話を担うのか。
誰が事実と応答の経過を記録するのか。
誰が会社としての判断を下すのか。
それぞれの役割を分ける必要があります。
榎本氏の講演で示された「3人の法則」は、この問題を考える重要な手掛かりになります。
次回は、なぜ「聞く人」「記録する人」「決める人」を分ける必要があるのかを考えていきます。
関連情報
榎本澄雄氏の『元刑事の「説得しない」交渉術』では、感情の言語化だけでなく、事実の要約、開放的な質問、沈黙、復唱など、対話を続けるための具体的な技術が紹介されています。
相手の要求を受け入れる方法ではなく、感情が高ぶった場面でも公正さを保ち、双方が考えられる状態をつくるための方法として捉えると、苦情対応以外のさまざまな対話にも応用できます。
顧客対応を担う広報担当者や相談窓口の担当者だけでなく、社員や取引先との難しい対話に向き合う経営者、管理職にも示唆のある内容です。
関連ページ
元刑事の「説得しない」交渉術
https://www.kibiinc.co/store/products/als
出典表記
本稿は、榎本澄雄氏によるRMCAオープンセミナー「元刑事の『説得しない』交渉術」および、同氏から提供を受けた講演資料をもとに、筆者の考察を加えて執筆しています。
