カスハラは、関係品質の問題である:第3回 記録するとは、応答を可視化することである

カスハラは、関係品質の問題である ――SRCFで読み解く「応答の履歴」と経営リスク

第3回 記録するとは、応答を可視化することである

カスハラとは、関係の揺らぎが可視化された経営リスクである。
本連載では、曽我昌子さんのセミナーを手がかりに、SRCFの視点から、関係品質、応答の履歴、サプライチェーン、ガバナンスの問題として読み解いていく。


カスハラ対策では、「記録」が重要だと言われます。

いつ、誰から、どのような言動があったのか。
どの部署が受けたのか。
どの従業員が対応したのか。
どのような影響が出たのか。
その後、どのように対応したのか。

こうした事実を残すことは、もちろん必要です。

暴言や威圧的な言動、過剰な要求、長時間の拘束などがあった場合、記録がなければ組織として判断できません。
従業員を守ることも難しくなります。
同じような事案が繰り返されていても、記録がなければ「たまたま起きたこと」として処理されてしまいます。

だから、記録は大切です。

しかし、ここで一つ問いを立てたいと思います。

記録するとは、何を残すことなのでしょうか。

事実だけを残せばよいのでしょうか。
相談内容だけを残せばよいのでしょうか。
対応結果だけを残せば、十分なのでしょうか。

カスハラ相談を受けたとき、重要なのは、その場で話を聞いて終わりにしないことです。

相談した従業員は、出来事だけを伝えているわけではありません。
その背後には、恐怖、疲弊、不安、怒り、諦め、孤立感があります。

「自分は守られているのだろうか」
「この会社は分かってくれるのだろうか」
「また同じことが起きるのではないか」
「自分の対応が悪かったことにされるのではないか」

そのような感情が、相談の奥にあります。

だから、組織が記録すべきものは、出来事だけではありません。

その声を、どう受け止めたのか。
何に共感したのか。
どこに違和感を持ったのか。
何を確認する必要があると判断したのか。
どのような言葉で応答したのか。

そこまで残して初めて、記録は組織の資産になります。

ここでいう応答とは、単なる返事ではありません。

「分かりました」
「確認します」
「対応します」

それだけでは、応答とは言い切れません。

応答とは、相手の声を意味あるものとして受け取り、組織としてどのように向き合うのかを言葉にすることです。

共感したのであれば、共感したことを言葉にする。
不満や意見があるのであれば、それも言葉にする。
判断に迷うのであれば、何に迷っているのかを言葉にする。
すぐに結論が出せないのであれば、何を確認し、いつまでに返すのかを言葉にする。

そして、その応答を記録する。

この積み重ねが、関係品質を支えます。

前回、カスハラはBtoCの顧客対応だけでなく、BtoBの取引関係、サプライチェーン、元請けと下請け、委託元と委託先の関係にも起こり得ると整理しました。

そこでも同じことが言えます。

取引先から違和感が示されたとき。
委託先から現場の負担が伝えられたとき。
従業員から「この要求はおかしいのではないか」と声が上がったとき。

その声を聞いた組織は、どう応答したのでしょうか。

「昔からそうだから」
「この業界では普通だから」
「今さら変えられないから」
「取引先も分かっているはずだから」

こうして流してしまえば、その声は消えます。

声が消えると、違和感も消えたように見えます。
しかし、実際には消えていません。

不信として残ります。
諦めとして残ります。
関係の劣化として残ります。
やがて、退職、取引停止、炎上、訴訟、内部告発、品質低下といった形で表面化するかもしれません。

記録されなかった声は、組織の中で学習されません。
応答されなかった声は、関係の中に沈殿します。

だからこそ、記録とは、単なる証拠保全ではありません。

記録するとは、応答を可視化することです。

SRCFの視点で言えば、これは感情資本を関係資本へ変え、さらに制度資本へ残す行為です。

従業員の不安や疲弊を受け止める。
顧客の不満や違和感を受け止める。
取引先の苦しさや沈黙を受け止める。

それらは、最初は感情として現れます。

しかし、その感情を組織が言葉にし、応答し、記録すれば、関係資本になります。
さらに、それを方針、相談体制、対応基準、教育、改善へとつなげれば、制度資本になります。

ここに、カスハラ対策の本質があります。

カスハラ対策は、強い言葉を使う顧客を排除するためだけのものではありません。
従業員に我慢させないためだけのものでもありません。

届いた声を、組織としてどう受け止めるのか。
何を境界線として示すのか。
誰が判断するのか。
何を記録し、何を次に生かすのか。

その仕組みをつくることです。

そして、この仕組みがなければ、現場は孤立します。

相談を受けた上司が、一人で抱え込む。
担当者が、自分の判断で謝り続ける。
管理職が、顧客と従業員の間で板挟みになる。
経営は、現場で何が起きているのかを知らない。
同じ問題が、別の部署で繰り返される。

この状態では、カスハラ対策は機能しません。

方針を出すだけでは足りません。
相談窓口を設けるだけでも足りません。
マニュアルをつくるだけでも足りません。

必要なのは、応答が記録され、共有され、次の判断に生かされることです。

たとえば、相談があったとします。

まず、何が起きたのかを確認する。
次に、相談者が何を感じ、何に困っているのかを受け止める。
そのうえで、組織として何を確認するのかを伝える。
どの段階で上司や専門部署に引き継ぐのかを示す。
必要であれば、顧客や取引先に境界線を伝える。
その結果を相談者に戻す。
さらに、同じことが起きないように改善へつなげる。

ここまでが応答です。

そして、その一連の過程が記録されていなければ、組織は同じ失敗を繰り返します。

「そのとき、誰が何を判断したのか」
「なぜ、その対応を選んだのか」
「相談者には、どのような言葉で返したのか」
「その後、何を変えたのか」

ここが残っていなければ、次の担当者は学べません。
次の管理職も判断できません。
経営も、現場の実態を把握できません。

記録とは、過去を保存するためだけのものではありません。

次の応答をよくするためのものです。
次の判断を支えるためのものです。
次の関係を壊さないためのものです。

この意味で、記録は企業の責任と深く関わっています。

応答は英語で response です。
責任を意味する responsibility ともつながる言葉です。

企業の社会的責任とは、遠くにある大きな理念だけではありません。
目の前に届いた声に、どう応答するのか。
その応答を、どう言葉にし、どう記録し、どう次の判断へつなげるのか。

そこから始まるのではないでしょうか。

すべての声に応えることはできません。
すべての要求を受け入れる必要もありません。
不当な要求には、明確に境界線を示すべきです。

しかし、届いた声をなかったことにしてよいわけではありません。

受け止める。
確認する。
判断する。
伝える。
記録する。
学習する。

この循環がなければ、関係品質は高まりません。

逆に、この循環がある組織では、声は単なるクレームではなくなります。
従業員の相談は、単なるトラブル報告ではなくなります。
取引先の違和感は、単なる不満ではなくなります。

それらは、組織が自らの関係を見直すための重要な手がかりになります。

応答を可視化すること。
応答の履歴を残すこと。
応答の履歴から、次の判断をつくること。

これは、これからの企業にとって重要な仕組みになるはずです。

ニュースルームを、判断の履歴を残す装置と捉えるならば、組織の内側には、応答の履歴を残す仕組みも必要になります。

それは必ずしも、すべてを社外に公開するという意味ではありません。
社内限定で共有する情報もあるでしょう。
役職や部署によって、共有範囲を分けるべき情報もあるでしょう。
個人情報や機微情報を守る配慮も欠かせません。

それでも、組織が声にどう応答したのかを残すことには、大きな意味があります。

なぜなら、応答の履歴は、組織の関係品質そのものだからです。

どの声を聞いたのか。
どの声を聞かなかったのか。
どの声に共感したのか。
どの声に境界線を示したのか。
どの声をきっかけに、何を変えたのか。

その履歴が、企業の信頼をつくります。

カスハラ対策における記録とは、単なる管理業務ではありません。
それは、関係の揺らぎに対する組織の応答を残す行為です。

そして、その応答が積み重なったとき、組織は少しずつ変わっていきます。

現場の苦労が見える。
管理職の迷いが共有される。
経営が判断できる。
従業員が守られていると感じる。
顧客や取引先との境界線が明確になる。

その先に、関係品質の向上があります。

次回は、この連載の最終回として、カスハラ対策を経営リスク管理として捉え直します。

方針、相談体制、対応実務、記録、分析、改善教育。
それらは、単なる法令対応ではありません。
関係品質を守る制度資本です。

そして、企業統治において問われるのは、数字だけではありません。
どの声に、どのように応答し、どのような判断をしたのか。

次回は、関係品質を経営リスク管理として読み解いていきます。

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