MLB:第9回 危機と再生の物語

こんにちは、荒木洋二です。
前回は、MLBの価値が選手、球団、ファンの三者によって形成され、それぞれの間を五資本が循環していることを考えました。
しかし、関係は常に良好とは限りません。
不正が起きる。
利害が対立する。
判断を誤る。
ファンが失望する。
社会から厳しい批判を受ける。
150年の歴史を持つMLBも、こうした危機を何度も経験してきました。
それでも関係は完全には切れず、MLBは続いています。
なぜなのでしょうか。
今回は、危機そのものではなく、危機のあとに何が起きたのかを考えます。
1、危機は関係資本が試される瞬間
順調なとき、関係の強さはなかなか見えません。
球団が勝っている。
選手が活躍している。
観客が増えている。
メディアが好意的に報じている。
このようなときには、選手、球団、ファンの関係も安定して見えます。
しかし、危機が起きると状況は変わります。
信じていたものが揺らぐ。
期待が裏切られる。
怒りや失望が生まれる。
そのとき問われるのは、これまで築いてきた関係の厚みです。
関係資本とは、問題が起きない状態ではありません。
問題が起きたときに、関係を切らず、応答し、更新できる力なのです。
2、競技そのものへの信頼が揺らいだ
1919年、ワールドシリーズを巡る八百長疑惑、いわゆるブラックソックス事件が起きました。
野球にとって極めて深刻な問題でした。
なぜなら、観客が「勝敗そのものが操作されているかもしれない」と考えれば、競技を見る意味そのものが失われるからです。
これは一部の選手の不祥事だけではありません。
野球という制度への信頼が揺らいだ危機でした。
その後、球界は従来の統治構造を見直し、1920年に初代コミッショナーとしてケネソー・マウンテン・ランディスを迎えました。ランディスは翌年、事件に関係した8選手を永久追放しました。野球殿堂も、コミッショナー制度の成立を、ブラックソックス事件後に競技への信頼を回復するための対応として位置づけています。
重要なのは、誰を処分したかだけではありません。
危機を受けて、
「公正さを誰が守るのか」という制度そのものを組み替えた
ことです。
第2回で取り上げたスポーツマンシップという制度資本も、こうした歴史の中で強化されてきました。
危機への応答が、次の制度になったのです。
3、選手と球団の対立がファンを遠ざけた
もう一つ、異なる種類の危機があります。
1994年、選手会と球団側の労使対立からストライキが始まり、シーズンは途中で打ち切られました。ポストシーズンもワールドシリーズも中止となりました。
これは競技の不正ではありません。
選手と球団という二つの主体の利害対立です。
しかし、その影響を受けたのは二者だけではありませんでした。
ファンです。
楽しみにしていた試合を見ることができない。
応援していたチームのシーズンが途中で終わる。
積み重なっていた記録や物語も断ち切られる。
選手と球団の対立によって、三層構造のもう一つの主体であるファンとの関係まで傷つきました。
翌1995年に野球は再開しましたが、開幕時にもファンのブーイングが起き、観客数も前年以前の水準から落ち込みました。関係は再開と同時に元通りになったわけではありません。
ここに、関係資本の重要な性質が表れています。
制度を再開すれば、関係まで自動的に回復するわけではない。
関係には、時間が必要なのです。
4、再生とは「元に戻すこと」ではない
危機からの再生というと、問題が起こる前の状態へ戻すことを想像しがちです。
しかし、本当の再生は違います。
危機の前と全く同じ状態には戻れません。
起きた出来事は消せません。
失われた信頼も、なかったことにはできません。
できることは、その経験を次の判断へつなげることです。
何が起きたのか。
なぜ起きたのか。
誰がどのように判断したのか。
何を変えるのか。
何を守り続けるのか。
それに応答し、制度を変え、行動を積み重ねていく。
再生とは、
過去を消すことではなく、過去の意味を変えていくこと
なのです。
5、危機は物語資本になり得る
ここで、物語資本が重要になります。
物語というと、成功談や美しい話を連想するかもしれません。
しかし、物語資本は成功だけから生まれるものではありません。
失敗。
対立。
迷い。
批判。
信頼の喪失。
それらも、どのように向き合ったのかまで記録されれば、物語になります。
危機が起きた。
組織が判断した。
社会へ応答した。
制度を変えた。
行動を積み重ねた。
関係が少しずつ更新された。
その一連の履歴が、時間を経て物語資本になり、歴史資本へと蓄積されていきます。
危機そのものが資本になるのではありません。
危機への応答の履歴が資本になるのです。
6、五資本で読み替える危機と再生
SRCFの五資本で、危機と再生を読み替えると次のようになります。
・感情資本:失望、怒り、不安から、納得や信頼が再び生まれる
・関係資本:揺らいだ関係を切らず、更新する
・物語資本:危機と、それにどう向き合ったのかが語られる
・制度資本:危機から学び、ルールや判断の仕組みを変える
・歴史資本:危機への応答の履歴が、次の判断を支える
ここでも五資本は別々に存在していません。
危機によって感情資本が傷つきます。
関係資本が揺らぎます。
そこで応答し、制度を変える。
その過程が記録され、物語になる。
時間を経て歴史資本になる。
そして、その歴史が次の危機における判断を支えます。
MLBは、危機を経験しなかったから続いたのではありません。
危機を五資本の循環へ戻してきたから、続くことができたと捉えられます。
7、企業経営への示唆
企業にも危機は起きます。
製品事故。
不祥事。
経営判断の失敗。
顧客からの批判。
社員との対立。
取引先との関係悪化。
そのとき、多くの企業が最初に考えるのは、
「どう早く収束させるか」
ではないでしょうか。
もちろん、被害を止め、問題を是正することは必要です。
しかし、関係資本の視点では、それだけでは十分ではありません。
ステークホルダーは、その後を見ています。
何を判断したのか。
何を説明したのか。
誰の声を聞いたのか。
何を変えたのか。
同じ問題を繰り返さないために何をしたのか。
企業の社会的責任は、問題が起きないことだけではありません。
起きたことに、どう応答するかにも現れます。
8、ニュースルームは危機のあとにこそ問われる
ニュースルームは、企業にとって都合のよい情報だけを掲載する場所ではありません。
むしろ、企業が問われたときにこそ、その存在意義が表れます。
何が起きたのか。
企業はどう判断したのか。
何を変えたのか。
その後、何を実行したのか。
それらを記録し続ける。
危機発生時の一度の発表だけではなく、その後の行動まで履歴として残すことが重要です。
時間が経てば、企業は担当者も経営者も変わります。 ステークホルダーも変わります。
しかし、記録は残ります。
未来の社員が読む。
未来の顧客候補が読む。
未来の提携先・取引先候補が読む。
地域社会やメディアが過去の判断を確認する。
ニュースルームは、企業がどのように社会へ応答してきたのかを保存する制度資本です。
危機の記録もまた、企業の歴史資本になり得ます。
9、信頼は「忘れてもらうこと」では戻らない
危機が起きると、
「できるだけ早く忘れてほしい」
という心理が働くことがあります。
しかし、関係資本の視点では逆です。
忘れてもらうことで、信頼が回復するわけではありません。
何が起きたのかを残す。
何を判断したのかを残す。
その後の行動を残す。
そして、過去の判断と現在の姿を誰もが参照できるようにする。
その履歴の積み重ねによって、
「あのとき問題は起きた。しかし、その後こう変わった」
と語れるようになります。
そこまで来て初めて、危機は再生の物語へ変わります。
MLBの150年は、成功だけが積み重なった150年ではありません。
危機がありました。
対立がありました。
社会からの批判がありました。
それでも、制度を変え、記録し、語り継ぎ、関係を更新してきました。
だから危機もまた、MLBの歴史の一部になっています。
関係資本の強さとは、傷つかないことではありません。
傷ついた関係に応答し、再び関係をつくり直せることなのです。
次回は、「グローバル化とローカル文化」を読み解きます。
世界へ広がりながら、なぜ地域との結びつきを失わないのか。
グローバルなリーグでありながら、球団はそれぞれの都市や地域に深く根を張っています。
拡張することと、地域固有の関係を守ること。
一見すると相反する二つを、MLBがどのように両立させてきたのかを考えていきます。
