#32 「不正会計と企業統治」第11回 再発防止策は、なぜ機能しないのか

このノートの考え方については、こちらにまとめています。
なぜ私は「社会設計ノート」を書いているのか

不正会計と企業統治 ―成長の論理と統治の論理は、なぜ衝突するのか

第11回 再発防止策は、なぜ機能しないのか

企業で不祥事が起きると、原因が調査され、再発防止策が示されます。

社内規程を見直す。

チェック体制を強化する。

取締役会の監督機能を高める。

内部通報制度を整える。

研修を増やす。

担当部署を新設する。

どれも必要な対応です。

問題が起きた以上、同じことを繰り返さないための仕組みをつくるのは当然でしょう。

それでも、企業不祥事はなくなりません。

過去に問題を経験し、再発防止策を講じた企業で、別の問題が起きることもあります。

なぜでしょうか。

再発防止策が足りなかったからなのでしょうか。

それとも、もっと別のところに問題があるのでしょうか。

問題が起きるたびに、制度が増えていく

不祥事が起きると、企業は制度を見直します。

これまで一人で確認していたものを二人で確認する。

承認する役職を増やす。

報告書を新しくつくる。

会議を増やす。

研修を義務化する。

こうして、組織には少しずつ新しい仕組みが加わっていきます。

もちろん、それによって防げる問題もあります。

しかし、制度を増やせば増やすほど、企業が健全になるとは限りません。

確認項目が増えすぎれば、確認すること自体が仕事になります。

報告書が増えれば、書類を提出することが目的になることもあります。

会議が増えれば、「会議で報告した」という事実によって、誰かが問題を引き受けたような感覚が生まれることもあります。

制度は必要です。

ただ、制度があることと、その制度が本来の目的を果たしていることは同じではありません。

制度は、過去に起きたことからつくられる

再発防止策には、もう一つ難しさがあります。

それは、基本的に「過去に起きた問題」からつくられるということです。

この手続きに問題があった。

だから確認手続きを増やす。

この部署で不正が起きた。

だから監督する部署をつくる。

情報が経営に届かなかった。

だから報告経路を増やす。

いずれも合理的です。

しかし、次に起きる問題が、前回とまったく同じ形で現れるとは限りません。

人も変わります。

市場も変わります。

事業も変わります。

競争環境も変わります。

新しい技術も登場します。

過去の失敗をもとにつくられた制度だけでは、まだ起きていない問題をすべて想定することはできません。

企業が本当に備えるべきなのは、「前と同じ問題」だけではないのです。

ルールがあっても、判断はなくならない

制度を整えると、私たちはどこかで安心します。

この手続きを守れば大丈夫。

この基準を満たしていれば問題ない。

この承認を取れば進めてよい。

しかし、経営の現場では、ルールだけでは決められないことが数多くあります。

売り上げ目標を達成できそうにない。

重要な顧客から強い要求を受けた。

納期が迫っている。

業績予想を下方修正すれば市場の評価が下がるかもしれない。

問題を公表すれば取引に影響するかもしれない。

こうした場面で問われるのは、最終的には人の判断です。

どこまで進むのか。

どこで止まるのか。

何を優先するのか。

誰に相談するのか。

何を公表するのか。

制度があっても、判断はなくなりません。

むしろ制度だけでは答えが出ない場面で、その企業の本当の姿が表れるのではないでしょうか。

「言える制度」と「言える組織」は違う

再発防止策として、内部通報制度や相談窓口が整備されることがあります。

これも、とても重要な仕組みです。

しかし、窓口があることと、社員が実際に声を上げられることは同じではありません。

言ったら評価が下がるのではないか。

面倒な人だと思われるのではないか。

上司との関係が悪くなるのではないか。

結局、何も変わらないのではないか。

そう感じていれば、制度があっても人は沈黙します。

必要なのは「言える場所」だけではありません。

言った人が不利益を受けない。

異論を言っても関係が壊れない。

小さな違和感でも受け止めてもらえる。

そして、経営側が本当に耳を傾ける。

そうした関係がなければ、制度は形だけになってしまいます。

第4回で、企業はどこまでを身内として引き受けるのかと問いかけました。

社内であっても同じなのかもしれません。

制度上は組織の一員であっても、その人の声が経営の判断に届かなければ、実質的には「外側」に置かれていることになります。

本当に変えるべきなのは、判断なのではないか

再発防止という言葉から、私たちは「同じ行為を繰り返さないこと」を考えます。

しかし、本当に変えなければならないのは、行為の手前にある判断なのではないでしょうか。

以前なら、

「今期だけなら大丈夫だろう」

と考えていたところで立ち止まる。

以前なら、

「この程度なら経営に上げなくてもよい」

と考えていた問題を報告する。

以前なら、

「業績への影響が大きいから、まだ公表しない」

と判断していた場面で、別の選択肢を考える。

以前なら聞かなかった現場の声を聞く。

そうした変化があって初めて、再発防止策は生きた仕組みになるのだと思います。

制度を変えることはできます。

しかし、制度をつくっただけでは、判断は変わりません。

判断を変えるためには、その企業が何を大切にしているのかまで問い直す必要があります。

目標が変わらなければ、行動も戻っていく

企業には目標があります。

成長する。

利益を上げる。

市場シェアを伸ばす。

株主の期待に応える。

新しい事業を成功させる。

目標を持つこと自体に問題はありません。

企業が存続するためには、成果も必要です。

しかし、不祥事の背景に強い業績への圧力があったにもかかわらず、その圧力そのものが変わらなければどうでしょうか。

チェック体制を増やした。

研修も行った。

通報制度も整えた。

けれども、

「何としてでも目標を達成しろ」

というメッセージが以前と同じように組織を支配している。

そうであれば、社員は新しい制度と古い期待の間に置かれます。

制度は「守れ」と言う。

経営は「結果を出せ」と言う。

その二つが衝突したとき、現場はどちらを選ぶでしょうか。

ここに、再発防止策だけでは解決できない問題があります。

経営者の言葉より、経営者の判断を見る

経営者が、

「コンプライアンスを最優先します」

と語ることがあります。

その言葉自体は大切です。

しかし、社員が見ているのは言葉だけではありません。

目標未達の社員に、経営者がどう接するのか。

問題を早く報告した人をどう扱うのか。

業績に悪影響があっても、不都合な事実を公表するのか。

重要な取引を失う可能性があっても、守るべき線を守るのか。

そうした日々の判断を、社員は見ています。

制度よりも強く組織を動かすものがあるとすれば、経営者自身の判断なのかもしれません。

経営者が何を選び、何を諦め、どこで立ち止まるのか。

その積み重ねが、

「この会社では、本当は何を優先すべきなのか」

を社員に伝えていきます。

再発防止とは、制度を増やすことではない

再発防止策は必要です。

仕組みも必要です。

規則も、監査も、通報制度も必要です。

それらを否定する理由はありません。

ただ、それだけでは足りない。

制度を増やすことが再発防止なのではなく、

同じような場面に立ったとき、以前とは違う判断ができる組織になること。

それが、本当の意味での再発防止ではないでしょうか。

そのためには、

小さな違和感を拾うこと。

異論を言えること。

判断の理由を残すこと。

相手の問いに応じること。

誤ったときに、判断を改めること。

そして何より、

結果を出すことと、守るべきものが衝突したとき、何を選ぶのかを組織として考え続けること。

ここまでの連載で考えてきたことは、すべてこの問いにつながっています。

制度が試されるのは、守ることが難しいとき

制度は、平時には守ることができます。

業績が好調で、時間に余裕があり、判断に迷いがないときであれば、ルールに従うことはそれほど難しくありません。

本当に制度が試されるのは、

業績が厳しいとき。

時間がないとき。

大きな取引を失いそうなとき。

市場から結果を求められているとき。

守ることで、何かを諦めなければならないときです。

その瞬間に、それでも守れるのか。

あるいは、少しだけ例外を認めるのか。

企業統治の強さは、制度の数ではなく、こうした場面でどのような判断ができるかによって表れるのかもしれません。

そして、この問いは、この連載を始めたときから考えてきた一つの大きな問いへ戻っていきます。

企業には、成長が必要です。

しかし、成長を求める力が強くなりすぎれば、統治する力と衝突することがあります。

では、成長の論理と統治の論理は、本当に対立するものなのでしょうか。

それとも、両方があって初めて、企業は持続的に成長できるのでしょうか。

次回、最終回。

「成長の論理と統治の論理は、両立できるのか」

この連載を始めた問いに、もう一度戻って考えてみたいと思います。

評論としてではなく、私自身の迷いと判断の過程として、ここに残していこうと思います。

#00 なぜ、この記録を始めるのか

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